第15話 欲望のブレーキは……

「だからね、今……、すっごく嬉しいんだよ」



 ……ラオン、暗くしてからのその一言、反則だろ……。


 ドクドクドクドク


 仰向けになった俺の心臓が、寝床から跳ね上がる勢いで速さを増していく。


 俺、自分を抑えつけようって、努力してんだぜ。お前の事、傷つけないように。


 けど……。

 その会いたかった、嬉しかったって、どっちの意味だ?


 友達として、なのか? それとも……。



 ヤバイ、ヤバイぜ、俺……。期待、し始めてる……。夜の魔力に、呑まれちまう……。


 やべぇ……俺……。



 好きって……云っちまっていいのか、ラオン……?


 お前の事好きな気持ちが、暴走してる。


 喉がカラカラだ。心臓の鼓動が速過ぎて、唾を呑み込むのも上手くいかない。

 吐き出しかけた言葉が、俺の乾いた舌の上で暴れてる。



「……ラオン、俺は……」


 ようやく洩らした俺の掠れた声に、心地好いリズムのラオンの寝息が重なった。


 ラオンは、すでに寝ていた。



 ……そうだよな、そういうオチだ……。そんな、うまい事いく筈ねえよな。


 俺は、盛り上がるだけ盛り上がってそのまま行き場をなくした期待を静めるすべを、一人虚しく夜の中で模索した。



 ――ずーっとね、ソモルに会いたかったの、もう一度


 ――だからね、今……、すっごく嬉しいんだよ


 俺の鼓動の中に疼くような余韻を残したまま、ラオンの声が絡みついて離れない。眼を瞑って落ち着こうとすればする程、気分がどんどん高揚していく。

 カフェイン取りすぎちまった夜みたいに、頭もキンキンに冴えていく。

 俺だけが、眠りから完全においてけぼり食らっちまってた。


 ラオンの奏でる優しいリズムの寝息だけが、俺の悶々とした夜の空間に聞こえていた。その寝息を聞いてるうちに、不意にラオンの寝顔が見たいという欲求が俺の中にもたげ上がった。


 11歳の頃の、ラオンの寝顔を思い出す。

 あの頃よりもほんの少し大人びて綺麗になった、ラオンの寝顔を見てみたい。


 思春期男子としての、健康な欲求。

 寝顔、見るだけ。せめて、そんくらいなら許される筈。


 俺はなるべく、気配と音を殺して起き上がった。

 無意識に鼻息が荒くなってる事に気づき、一旦息を止める。


 手のひらに、べったり汗を握っていた。別に、やましい事しようとしてるわけじゃねぇだろっ!

 ……寝顔、ちらっと見るだけじゃん! 好きなの寝顔見てみたいとか、男としてフツーだろ!


 云いわけでも、正当化でもねぇぞ、これは……。



 ひとしきり自分に云いわけしてから、ベッドの上で眠るラオンを覗き込む。


 暗がりの中に、仄かに浮かび上がる白い素肌。枕に少し乱れて広がる、長い髪。

 閉じた瞼を、綺麗な長い睫毛が飾っている。


 ラオンは、俺の葛藤など何も知らずに眠っていた。ぷっくりとした唇から、静かな寝息をこぼしながら。

 眼を閉じたその様子が、別のシーンを連想させる。


 いわゆる、キスの……瞬間、とか……。



 俺は、ごくりと唾を呑み込んだ。脇の下まで、汗でびっしょりになっていた。


 ドクドクドクドク


 心臓の鼓動に合わせて、欲望が俺を内側から操るように支配していく。



 ほんのちょっと、ちょっとだけ、触れてみたい。

 その柔らかそうな頬っぺたに、指先だけでも触れてみたい。


 けど……。


 今触れてみたら、ブレーキって……何処まで利くんだ?



 どうかしちまったみたいに、ラオンの寝顔から眼が離せなくなっていた。

 俺が、俺でなくなっていくみたいに……。

 俺の意識と体が、欲望に乗っ取られていく感じ……。


 ラオンに、触れたい。けど触れちまったら、きっともう止まらない。

 触れてお前の感触を知っちまったら、きっと俺……、止まらなくなる。


 止まらなくなって、そして……。



 俺はきっと、お前にキスしちまう。


 これって間違いなく、いけない欲望だよな。

 眠ってる女の子に手ぇ出しちまうなんて、すげぇ卑怯だ。だからそうなっちまわないように、一緒に寝ようって云い出したラオンを説得して、わざわざ別々に寝たんじゃんか。それなのに手ぇ出しちまったら、本末転倒だろ。


 判ってるんだ……、判ってるくせに……止められねえ……。



 俺の眼は吸い寄せられるように、ラオンの唇に釘付けられていた。

 触れたその先に続くのは、ほぼ必然的な衝動。


 衝動を止められる自信なんてない。卑怯な事だって、頭では判ってる。


 なのに……。



 俺の指先が、ふわり宙を舞う。

 罪の意識に震え、ためらうように、それでもゆっくりと、ラオンの頬に伸びていく。



 後寸分で触れるという瞬間、ラオンがぴくんと動いた。


 やましい程やまし過ぎる俺は、弾かれたように触れようとしていた指を遠ざけた。



 まるで俺の欲望を見透かしたみたいに、ラオンは何か聞き取れない寝言を呟きながら、寝返りを打ってそのまま俺に背を向けた。


 あれだけ高まった欲望が急に萎えて、俺はなんだかフラれたような気分になった。


 俺って、結局ただの馬鹿か……?



 ……さっさと、寝よ。


 やっぱ俺、完全にラオンの指先で転がされてんのかもな……。




                 to be continue 


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