第14話 ……これは、下心じゃねえっ!
「もう、いいよ」
扉の向こうから小さく聞こえたラオンの声に、俺は宙でなぞっていた指をぴたりと止めた。
無駄に高揚した気持ちを落ち着かせる為、一呼吸置いてから遠慮がちに扉を開く。
自分が暮らす小屋の開け慣れた扉なのに、バカみたいに緊張しながら。
橙色の薄明かりの小屋の中、さっきと同じようにベッドに腰かけたラオンが居た。俺が貸した、真新しいグレーのTシャツと紺のスエットを着て。
俺サイズのTシャツとスエットが、ラオンのちっちゃさをこれでもかってくらいに際立たせてた。それがなんか堪らなく可愛くって、俺の体温がまた上昇した。
俺ももうすぐ15歳にしてはちっせえ方だけど、ラオンはそれに輪をかけてちっちゃいから。
ベッドに腰かけたラオンの横には、さっきまで着ていた服が丁寧にたたんで置いてあった。
何となく、それからは眼を逸らす。
ラオンと、ひとつ屋根の下で、二人っきり。
今のこの情況が、またまた俺の意識をいけない程に直撃した。
やべぇ、またドキドキしてきた。
しかもこの暗めの照明が、いい感じの雰囲気を作り出してしまってるし……。
下心とか、そんなんじゃねえ……! そんなんじゃねえけど……。
ドギマギしながら落とした俺の目線が、うっすらと柔らかな線を描くラオンの胸元に思わず止まっていた。
無理矢理、視線をひっぺがす。
嫌という程意識しちまって、心臓が喉元まではね上がった。
スケベッ! 俺のスケベッ!
黙ったままちょっと挙動不審になっている俺を、ラオンは不思議そうに見詰めていた。その仕草も、ますます俺をドキドキさせる。
落ち着け! 落ち着け俺っ! 忘れろっ! 二人っきりとかそういうの、一旦全部忘れろっ!
平常心、平常心。
「……あ~、俺床で寝るから、ラオン、ベッドで寝ろ」
いろんな事を誤魔化すように、俺は自分の頭をわしゃわしゃと掻きながら云った。
「ソモルも、ベッドで一緒に寝よう」
ラオンの口から飛び出した言葉に、俺の思考は一瞬、真っ白になった。
うぉぉぉぉぉいっ! 何云い出してんだっ! ラオンンンンン!
「んなのっ、無理に決まってんだろっ!」
「なんで?」
それを訊くかっ!?
ラオンの眼は、全く事情を判ってない眼だった。
ラオン! お前、無防備過ぎだろ!
俺がどんだけ心の中で悶絶してるか、こいつ間違いなく自覚がねえ!
ラオンとしては、単に俺を床で寝かすのは気が引ける。ただそんだけの理由で、云い出してる事だと思う。
けどなあ、ちったあ判れよ! 年頃男子の事情をさあっ!
好きな娘と同じベッドで一晩とか、俺を悶え殺す気かっ!
「なら、僕が床で寝る」
一年半前と同じパターン。そう来たか。けど、今回は折れねえ。なにがなんでも、折れるわけにはいかねえ。
「お前が床なら、俺は外で寝るっ!」
「えーっ!」
これで、どーだっ!
ラオンはしぶしぶ、一人でベッドに寝る事を承諾した。俺は、勝った!
こいつってば、本当なんも考えてねえ。あの頃からそうだ。
あん時だって、お前と二人で同じベッドに寝るって行為がどんだけ俺をドキドキさせたか、全く気づいてねえんだ。
あの頃は、まだギリギリセーフだったんだよ。けど、今はもう無理なんだって。
……そんな事したら、俺、なんの保証もできねえよ。
眠ってるお前に、こっそり……キスとか……間違いなくしちまう自信があるし……。
俺は木製の床に毛布を敷いて、今夜の寝床をこしらえた。ラオンはベッドの毛布に足を突っ込んで、黙ったまま俺の動きを見ていた。
「電気、消すぞ」
「うん」
ラオンが、結んでいた長い髪をほどく。その仕草が妙に女の子を感じさせて、俺の脈拍はまだ飽き足らんとばかりに速度を上げた。
俺は手を伸ばし、低い天井からぶら下がった電球を切った。カチッという乾いた音が合図のように、狭い小屋の中は真っ暗になった。この丘に一本だけの外灯の光が、かろじて僅かに窓から入り込む。指に残る電球の熱の余韻が消える頃には、すっかり暗さに眼が慣れてくる。
「なんだか、このまま眠っちゃうの、もったいないね」
俺が横になろうとした時、囁くようにラオンが零した。
「えっ」
そんな意味じゃないと判りながらも、ラオンの言葉の意図に淡い期待がもたげてしまう。
惚れた男の、哀しい性。
「だって、ソモルとまだ話し足りないもん」
荒い夜の粒子の中に、俺とラオンの形がほんのりと浮かび上がっていた。
「明日は、朝っぱらから出かけんだろ? そん時、いくらでも話せるじゃん」
俺は云いながら、即席でこしらえた寝床にわざと荒っぽく横になった。
「ん」
短い、ラオンの返答。
二人っきりの俺たちは、夜の粒子に呑まれていく。
「ずーっとね、ソモルに会いたかったの、もう一度……」
数秒の無言の後、思わせ振りにラオンが呟いた。
to be continue
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