第17話 バスに揺られて遠くまで、二人でデートに行きませんか?

 商店街の手前の停留所から、俺とラオンはバスに乗った。

 休日の朝のバスはがら空きで、俺とラオンと合わせても乗客は五人程。

 俺たちは、真ん中の席に並んで座った。

 窓側の席は、ラオンにゆずる。ラオンにたくさん、マーズの風景を見せてやりたいから。


 俺の働く集積所の裏を通り、砂漠に面して続く道をバスは走っていく。

 見渡す限りの砂漠。その彼方に見える、雲を被かぶったオリンポス山。真上には、マーズの赤みがかった午前の空。ラオンは嬉しそうに、過ぎていく風景を眺めていた。


 こうして無邪気にはしゃいでんの見てると、ラオンがジュピターの姫だって事、思わず忘れちまう。俺の隣で嬉しそうに笑うラオンは、リアルに普通の13歳の女の子だから。

 初めて会ったあの頃からそうだ。ラオンは、『姫』だとかそういう事を、俺に一切意識させない。そしてラオンの純粋さは、俺にいろんな『モノ』をくれた。


 だから俺、ラオンの事、好きになってた……。



 俺たちを乗せて、バスは首都ファインへ向けて走っていく。

 好きな女の子と並んで座って、バスに揺られる。

 何処にでもありふれた、良くある風景。けど、俺にとっては、嘘みたいで夢みたいな出来事。


 ラオンが隣に居る。ほんの数センチの距離で、傍に。

 そんだけで、すんげぇ幸せなんだ、俺……。


 ラオンの束ねた髪が、窓から吹き込む風を受けて、ふわりと俺の首や頬をくすぐる。

 その度に俺は、なんとも云えない心地になっていた。


 髪にくすぐられる皮膚よりも、体の内側の方がずっとくすぐったい感じ。ラオンの髪、すげえいい匂いするし……。

 なんだか堪らなくて、ラオンが好きだって気持ちではち切れそうになる。


 両想い同士のデートだったらきっと、こんな時抱き締めたりとかしちゃうんだろうな。

 俺とラオンはただの友達だから、そんな事できねえけど……。

 『友達』って言葉を呪文のように自分に無理くり云い聞かせ、俺は触れたい衝動をぐっと堪える。


 ラオンの横顔と、その先に続くマーズの赤っぽい空。

 何処にも辿り着けなくたっていいから、このままラオンとバスに揺られながら、ずっと二人で並んで居たい。そうすれば、ずーっとお前の事、独り占めにできる。


 そんな事考えてたら、胸がきゅっと苦しくなった。

 ラオンの横顔を見詰めながら、俺は唇を噛み締めた。


 ラオン、お前はなんにも知らずにはしゃいでるけどさ、俺はお前の事……、本気ですんげぇ好きなんだぜ。友達なんかじゃ、もうねえよ。

 ホントの気持ち、全部云っちまいたいけど、お前の事困らせるだけなの判ってるから、俺、云わねえよ。


 お前の事本気で好きだから、俺、云わねえ……。


「ソモル、見て!」


 ラオンはなんか興味を惹かれるものでも見つけたらしく、窓の外を指差した。同時に、少し揺れたバスの動きに、俺とラオンの肩と腕がピタリと密着した。


 もろに感じた、ラオンの感触。

 華奢なのに、柔らかな二の腕。俺の心臓が跳ね上がる。


 そんな一瞬のハプニングにも、単純な俺はすげえ浮かれちまう。

 またバス、派手に揺れねえかな。あわよくば……。


 寸前のセンチメンタルな気分もすっかりぶっ飛んで、あれこれたくらみ想像してるうちに、バスは目的のファインの街に到着していた。



         ♡



「うわっ、すげえ人! なんだこりゃ!」


 ラオンと二人バスから降りてすぐに、その人の多さに思わず圧倒された。

 まだ午前の早い時間だってのに、街のあちこち人、人、人。

 前にターサと来た時、こんな混んでなかったぞ! おまけに通りの端っこには、屋台まで並んでる。何かの祭りかよ。


 予定してなかった人の多さに、俺ちょっと出端でばなを挫かれた気分になった。

 俺、人ごみってあんま得意じゃねえ。

 せっかくラオンと、ゆっくり街デートとかあれこれ計画立ててたのにさあ。



「わあ、凄い! お店いっぱいあるね~!」


 テンション下がり気味の俺とはリバーシブルのシャツの裏表くらい対照的に、ラオンはあちこちキョロキョロしながら眼を輝かせていた。

 ラオンが喜んでるなら、多少の人ごみくらい、まあ我慢するか。


 ふと、沿道の派手な垂れ幕が眼に入った。


 ――マーズ王 生誕祭――


 そういや、明日だっけ。ラオン、云ってたよな。

 マーズの王城は、確かここ首都ファインの中心部にある。

 だから、この混雑か……。行き先の選択、失敗したかも……。


「わあ、ソモル! あれ見て、面白~い」


 ラオンの指差す方では、大道芸人が輪っかとかボールを使ったパフォーマンスの真っ最中だった。この手の芸はありがちで、俺も何度か見た事がある。

 そんなどうって事ないパフォーマンスを、ラオンは夢中で見物していた。

 そういう何気ない様子も可愛くていとおしくて、いちいち俺の心の敏感な部分をくすぐってくる。


 恋ってものを、これでもかって程目一杯に噛み締めながら、俺は不意にいらない事まで思い出していた。

 そういえばラオンって、マーズ王の誕生祭に出席する為にこの星に来たんだよな。

 今はラオンだけこっそりフライングで来ちまってるけど、明日には来賓客として、ジュピターの姫に戻っちまうんだった。


 俺は急に、その現実に引き戻された。


 今俺の隣で笑ってるラオンは、ただの13歳の女の子。けど明日にはもう、ジュピターの姫様。

 髪が触れる程傍に居たのに、明日には、絶対に届かない場所に帰っちまう。


 どんだけ好きでも、届かない場所に。


 ほんの一日。一日だけ……。俺とラオンの、時間。

 限られた時間だって気づいちまうと、やっぱすげえ苦しいな……。

 それに続く時間が、次にいつ来るって保証もなんにもない。


 これが、俺とラオンの、最後の時間かもしれないんだ……。


 ラオンはジュピターの姫だから、成長していくラオンの姿を眼にする機会は、きっといくらでもある。けどそれは間接的なものであって、俺とラオンが繋がってるわけじゃない。

 俺のこの気持ちと同じ、一方通行なもの。


 遠い場所でどんどん綺麗になっていくラオンを、ただ見詰め続ける事しか、俺にはできねえんだ……。画面越しだったり、写真越しだったりの、体温も感触もない、ラオンを……。


 俺が、この宇宙で一番、大好きな……。



 ラオンの笑い声がした。

 今俺の傍に居る、あったかくて柔らかい生身のラオン。


 一瞬、一瞬の、ラオン。


 今俺と同じ時間の中に居るラオンを、しっかり直にこの眼に焼きつけて、記憶に刻みつけるんだ。

 絶対、一生忘れないように。


 今……、今日一日だけは、俺だけのラオン。

 今日だけは、絶対誰にも渡さねえ。



 流れる人ごみの間を、俺とラオンは並んで歩いた。

 ゆっくり、ラオンの歩幅に合わせて。


 ラオンを、絶対に見失わないように。

 俺は人ごみに紛れて、ラオンの小さくて柔らかい手を、ぎゅっと握り締めた。




               to be continue








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