第7話 いとしいあの娘は宇宙の彼方

 思春期に、良くある妄想。

 好きなとのバーチャルデート。


 他愛もない事を喋りながら、ゆっくり歩調で街を歩く。

 ちゃんとその娘に合わせて、歩幅を小さく、速すぎないように。


 手は、触れるか触れないかくらいの、微妙な位置を保つ。

 ちょっとした拍子に触れたら、やっぱラッキー!


 俺より頭一個分ちっちゃいアイツの、上目遣いが可愛い。 

 思わずにやけそうになるのを、俺は必死に堪えて、ちょっとよそ行きの顔をする。


 今の俺、どんな風にアイツに見えてんのかな。


 そんでもって、ちょっと洒落た感じのカフェか何かに入る。

 女の子が好きそうな、スイーツとか何とかあるような店。


 窓際のテラス席か何かに、向かい合わせに座っちゃってさ。

 俺は、何か格好付きそうなメニュー頼んで、アイツは多分、パフェとかケーキとか選んじゃって。


 向かい合ってはにかんだ、アイツの笑顔がスゲェ可愛くてさ。


 頼んだやつが運ばれてきて、アイツは嬉しそうにフォークを差し込む。 

 フォークの先にちっちゃく刺したケーキを口に運んで、満足そうににっこり笑う。


 美味しいね!


 幸せそうに、アイツが云う。

 俺は、その笑顔を見ているだけで、幸せな気分になる。


 ケーキを夢中でパクつくアイツ。


 俺はアイツの頬っぺたに、白いクリームがくっついてるのに気付く。

 そう、気付いちゃう!


 俺は人差し指で、アイツの頬っぺたのクリームをちょこんとさらう。


 クリーム、ついてたぞ



 うわ~っ! いいな、こういうの!



 そしてアイツは、ちょっと恥ずかしそうに俺を見る。

 綺麗な長いワインレッドの髪を、小さく揺らして。



 俺とラオンの、妄想初デート。



        ♡



「おーいソモル! 昼休み終わりだぞ~っ!」



 聞き慣れた呑気な声が、俺の意識を宙ぶらりんになった夢の端っこから無理矢理ひっぺがした。

 気分良く真昼の夢を見ていた俺は、半分開いた瞼の下から声の主を思いっきり不機嫌に睨み付けてやった。


 何て事してくれたんだっ! あんないい夢、滅多に見れねぇんだぞっ!


「さ~あ、仕事だ仕事!」


 空気を読めない声の主は、そんな俺の抗議の視線なんて一切気にしてない様子。 

 無駄にゴツい体を、鼻歌混じりに揺らしている。


 こいつはオリンク。

 この集積所で働く、俺のいっこ上の仕事仲間。

 歳の割りに筋肉質のオリンクは、ほとんど化け物といっていい程の怪力の持ち主だ。

 そして、お決まりのように良く食う。

 脳ミソに流れる筈だった栄養素が全部筋肉に使われちまってんじゃねぇかってくらい、考えるのが得意じゃない。

 この一年で、お前は植物かってくらいバカみたいに背も伸びやがって、見た目からもいよいよ怪力キャラ全開だ。


 俺はというと、同年代の身長と比べると、小柄な方だと思う。多分……。

 けど、成長期真っ只中。まだまだこれから伸び盛りだ。


 うん、絶対伸びる!


 それに日頃の労働で鍛えてる分、バカ力のオリンクには敵わねぇけど、力には自信がある。

 ケンカなら、絶対負けねえ。


 オリンク以外になら。


 寝台代わりのコンテナの上で、俺は大あくびをしながら伸びをした。

 砂混じりの乾いた風が、俺の髪をざらざらと撫で回す。この風がくせ者で、毎日仕事終わりには頭から爪先まで全身細かい砂まみれになる。


 ここは、マーズ。

 砂だらけの、小さな惑星。


 そして、太陽系を行き交う物資の流通地点。太陽系屈指の、商いの盛んな星。

 だから流れ者の荒れた連中も多いけど、活気に溢れた賑やかな惑星だ。


 様々な星の人間が往来する分、混血人種も多い。

 詳しく訊いた事ねぇけど、オリンクもマーズとどっかの星のハーフらしい。もしかするとそれが、突然変異みたいな怪力の原因なのかもしんねえ……。


 そして俺も、このマーズで生まれたわけじゃない。

 俺が生まれたのは、ルニアという小さな小さな星。この太陽系から遥か遠く離れた処にある、辺境の星。


 まだ俺がうんとっせえガキの頃、そのルニア星全土で内戦が勃発した、らしい。

 その時俺は、他の数人の子供と避難船に乗せられて、このマーズへ辿り着いた。そういう経緯いきさつらしい。

 全部、後から聞かされた話だけど。


 このマーズに辿り着いてからは、何だかんだ色々あった。

 思い出したくもない事も、もちろん色々……。

 けど、そん時から一緒の仲間連中と、何とかどうにか生きてきた。


 もうすぐ15歳になる俺の誕生日も、本当の生まれた日じゃない。

 一緒にこの星に辿り着いた、仲間たちと決めた誕生日。

 だからこの日が来れば、皆一緒にひとつずつ歳を重ねる。大人になっても、ずっと。

 俺たちを結ぶ、大切な日。


 俺も連中も、親の顔すら覚えてねえ。

 けどいつか、ルニアって星に帰ってみたい。やっぱ、自分の生まれた処だからさ。


 宇宙渡航にかかる費用は、その星までの距離に比例する。マーズからルニアまでは、恐ろしく遠い。

 俺、勉強した事ねぇから正確な額は判んねえけど、とんでもない費用なのは確実。

 目的までの道のりは、まだまだ長い。


「しゃ~ねえなあ、仕事すっか!」


 前は、人に云えないような悪さばっかしてたけど、俺、今はこうして真面目にやってる。


 可愛いラオンの、夢の余韻。

 名残惜しいけど、妄想の続きは仕事が終わってからゆっくりと……。

 願わくば、今夜続きが見れるといいな。


 ここは、太陽系の各星々から到着した荷物が運び込まれる、集積所。他の集積所と比べるとわりとこじんまりしてる方で、従業員もわりと少なめ。

 砂漠に近いサンタルファンという街にある、ただひとつの集積所。

 午前中は、各星々から到着した荷物の仕分けが中心。午後のメインは、その荷物の配達だ。

 大物は、運び屋のおっさんたちがトラックでまとめて運ぶ。俺とオリンクがまかなうのは、主に個人商業や個人宅への荷物だ。


 互いの受け持ちルート分を、手際良く台車に積んでいく。乗せきれなかった荷物が残る。

 今日は、三往復くらいかな。

 アクシデントやイレギュラーがなければ、時間内で充分に終わる分量だ。


 さっさと終わらせて、今宵、夢の続きを……。


 夢や妄想でしか会えないんだから、せめてそんくらい許されたって、いいじゃん。

 けどやっぱ、本物のラオンに会いてえなぁ……。


 ラオンと最後に会ったのは、俺が13歳の頃。もう、一年半も前。

 さすがに、心が飢えてくる。


 俺は、荷物を乗せた台車を勢い良く走らせた。

 こんだけ文明が進んだ現在なのに、このマーズは本当レトロな星だ。


 重い台車を押しながら、俺の意識の中心に張り付いて離れない、ラオンの事を想う。


 これが俗に云う、初恋ってヤツ……。


 初恋が13歳の時って、多分世間一般じゃ遅い方なんだろうな。

 けど、人を好きになる余裕なんて、俺にはずっとなかったからなあ……。

 女の子の話に盛り上がる連中を、横目で見ながら小バカにしてた。


 ……お~っと! 余計な事考えてっから、配達先一軒通り過ぎるとこだった。


 慌てて台車を急停止。

 一軒目は個人宅。通販好きなオバチャンの

 だいたい平均して週に3日は必ず、このオバチャン家に荷物届けてる気がする。

 全く……。どんだけ買ってんだか。


 届け先、間違いないか伝票で再確認。

 恋にうつつを抜かして、配達ドジったらシャレになんねぇ。

 うん、確かに通販マニアのオバチャン家で間違いなし!


 荷物の発送先に、俺は思わず眼が止まってしまう。


 ジュピター。

 ラオンの惑星……。


 俺は呆けたように、その印刷されたジュピターという文字から、視線を動かせなくなった。

 ドックンドックンと、血流が速くなる。 


 おい俺、何ジュピターって文字だけで、興奮してんだっ! 危ねぇヤツみてぇじゃん!


 ジュピター。

 太陽系で一番、巨大な惑星。宇宙全土を司る程の勢力の惑星。


 そして俺が好きになってしまったは、そのジュピターの姫君、ラオン……。

 身分違いはなはだしいうえに、物理的にも酷い遠距離……。


 ラオン、お前……遠過ぎんだよ……。


 俺は、バカみたいに荷物とにらめっこしたまま、このぐるぐるとした気持ちを抑えるすべを、延々と模索していた。




                  to be continue


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