第6話 3日間
「警備隊さーん!」
「警備隊さーん! 大変だよー!」
複数の聞き慣れた声に、俺は荷物の陰から覗き見た。
叫びながら走って来たのは、俺の悪ガキ仲間のキジム、ゴロー、ユンカス、そしてターサだった。
アイツら……。
全身を強ばらせてた緊張感が、一気にほぐれた。
きっとターサの策略だ。
ステーションでの警備の厳しさを予想して、周囲の目を引き付けるために来てくれたんだろう。
その思惑通り、警備隊を含めそこに居る全員の意識は完全にアイツらの方へ注がれていた。
「見たんだよ、俺たち!」
息急き切るように話し出したターサに続いて、三人も次々にわざと大袈裟に騒ぎ立てる。
「そうそう、俺たち見たんだよっ! あの凶悪な指名手配犯に脅かされて歩いてる、ラオン姫をっ!」
おいっ! 凶悪は余計だろっ! それに誰が脅した!
俺は心の中で舌打ちしたけど、アイツらの勢いは止まらない。次々にあらぬ事を捲し立てる。
……完全に面白がってる。アイツらの証言に、散ってた警備隊までわらわら集まってくる始末だし。おいおい、逆に人集めてどうすんだよっ!
「ナイフをこう、カッと姫に突きつけてさあ」
「違うぜ、あれは間違いなくライフルだった!」
「何だって! 犯人の少年はライフルを所持しているのかっ!」
……やめてくれ。もうそれ以上、話を盛り上げるな。万一捕まって誤解が解けなかった日には、間違いなく俺は牢獄行きだ。
「街の方だよ」
「ほら、早く行かないと逃げちゃうよ!」
今しかない!
「走れ、ラオン」
ラオンは身を屈めたまま、貨物船までの3メートルを一気に駆け抜けた。
誰も見てない。
ラオンが無事船体の下に隠れたのを確かめると、俺も一気に後に続いた。滑り込むように、ラオンの隠れる船体の下に潜る。
やった! 上手くいった!
地べたを伝って、
俺とラオンは船体の下から這い出ると、貨物船の様子を確かめた。
周囲に乗員は居ない。まだ荷物の積込口は開いてる。
しめた!
俺たちは踏み台に駆け上がると、そのまま宇宙貨物船の積込口の中に飛び込んだ。
♡
そんなわけで、指名手配となった俺はジュピターの姫と一緒に無謀な冒険に出る事になった。
まあその3日後には、あっさり捕まっちまうんだけど。
たった3日間の逃避行。
仲間の悪ガキにかくまってもらったり、地下道を渡って逃げたり。真っ暗な地下道で、ランプ落として慌てたり。そのピンチの時に、ジュピター人が暗闇でも眼が利くって事を知った。ランプの灯りが消えてなんにも見えない地下道で、爛々と光るラオンの眼に驚いた俺は、悲鳴を上げて尻餅までついちまった。ホント、情けねぇ。
なんだかんだで宇宙ステーションにたどり着いた俺たちは、宇宙貨物船に忍び込んでマーズを脱出。その忍び込んだ貨物船が家畜運搬船だったもんだから、暴れる豚にしっちゃかめっちゃかにされながらも、なんとか俺たちはタイタンって衛星に到着。そこからどうしたもんかと考えあぐねていた俺たちの眼に飛び込んできたのは、カジノの景品の二人乗り小型宇宙船だった。
さすがに無理だからやめろという俺の言葉も聞かず、小型宇宙船を狙って意気揚々とカジノに入ったラオンは、案の定子供だからという理由で店員に止めらる。そして運の悪い事にラオンの顔写真&俺の手配書は、すでにこの星にも知れ渡っていた。
タイタンでの警官隊との追いかけっこ。他の星への脱出を試みたところで、俺たちは捕まった。
この間、宇宙誤差があるものの約3日間。
今考えると、3日間も良く逃げ切ったなって思う。
捕まった後、ラオンがきちんと事情を説明して弁解してくれたおかげで俺はお咎めなし。ラオンも宇宙警備隊に保護されて、ジュピターへ帰っていった。
「凄く楽しかった! また絶対、ソモルに会いに来る。だってソモルは、僕の一番大切な友達だから」
別れ際、アイツはにこっと笑って俺に云った。この3日間で、一番最高の笑顔で。
結局ラオンを、宇宙の果てに連れてってやれなかった。
けどアイツは笑ってた。嬉しそうに。
そして、俺もアイツも、互いの日常へと戻った。
……その筈だった。
けど、俺の方は違ってた。
元通りの日常。
もうそんなもんは、左右くまなく見渡したって、何処にもなかった。
全部、変わっちまった。
アイツが、全て変えちまった。
ラオンと別れてから、俺はその事に気づいた。
何もかも、変わっちまったんだよ。
俺自身が……。
平凡な色をしていた俺の目の前の景色を、見た事もないくらい鮮やかな色に、アイツは塗り変えちまったんだ。
もう今まで見ていた色合いに、満足できない程に。
ラオンの居ない日常に、満足なんてできない程に。
ラオンと別れて一週間くらいは、ほとんど重症な程にラオンの事ばっか考えてた。
ほぼ毎晩、夢にまで出てくる始末で。
飯食ってても、アイツの笑った顔ばっか思い出す。
何でなのか、判んなかった。
判んねぇけど、何かチクチクした。
デケェ声上げたくなるくらい、体の中心がぐるぐるしてた。
何か判んねぇ……、判んねぇけど、会いたくてたまんねぇし……。
本当、俺……わけ判んねぇ……。
「何だあ、思春期少年! ずいぶん情緒不安定だな。好きな
運び屋のオッサンが、分厚い手で俺の頭をぐちゃぐちゃに撫で繰り回しながら、云った。
……好きな、娘。
云われて初めて、俺は気づいた。
四六時中、ラオンの事が頭から磁石みたいに離れない理由を。
俺が、アイツの事を……。
そう気づいて意識した途端、顔が熱くなった。
重い荷物持ち上げた時みたいに、体に火がついたように汗が吹き出す。
自分自身に、嘘はつけない。
確信した。
……俺、バカじゃねぇの!
よりによって、何て相手、好きになってんだよ!
別れ際、一番最後に見た、ラオンの顔を思い出す。
「また、会いに来る」
そう云いながら、スゲェ可愛い笑顔を見せてたラオン。
ラオン。
この宇宙の全てを司る、巨大惑星ジュピターの姫。
偶然というものがなければ、俺みたいな戦災孤児の労働少年が、一生口をきく事もないような存在。
宇宙の巨大な三角形の、一番頂点に居るような存在。
よりにもよって、惨めな片思い決定事項みたいな相手に……。
痛えなぁ、全くさ……。
自分の気持ちを確信してほぼ同時に、それが0%に近い程に叶わぬものだと思い知らされる。
切ねぇなあ、俺……。
だって……、だってさ。
「また、会いに来る」
アイツはそう云って笑ったけど、もう会えない可能性の方が遥かに高い事くらい、俺にだって判る。
この気持ちがくすぶったまま、終わるかもしれない事も……。
そんな気持ちを抱えたまま、一年半。
俺の想いはどんどん濃くなって、時折くすぶる気持ちがボッと燃え上がって胸を焦がした。
俺は高ぶった気持ちを振り払うように、大袈裟に空を見上げる。
砂だらけのマーズの空は、相変わらず赤みがかったくすんだ色をしていた。
ああ、この空から、ラオン降って来ねぇかなぁ……。
「こらぁソモル! 何バカ百面相してんだ! 仕事終わんねぇだろっ!」
センチメンタルに浸っていたら、親方から怒号を浴びせられる羽目になった。
はいはい。
まずは、目の前の敵を片付けねぇとな。
俺は、ふ~っと肺の中の息をほぼ吐き切ると、太陽系のあらゆる星からこの集積所に運び込まれた荷物の仕分けに取りかかった。
俺、ソモル。
14歳と11ヶ月。
周りの奴らが、はしゃぎながら話してた事。
俺には絶対、関係ないと思っていた事。
それを今、まざまざと甘酸っぱく噛み締める。
恋をするって、こういう事か……。
to be continue
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