あの夏の空の下で。(藍のモノローグ)
【ぜったい
――文字を書くたびに、きゅっ、きゅっ、と軽快な音がする。学級便りの裏に注意書きをマジックで書いた。私はマジックの匂いが苦手だ。勉強机にマジックが裏移りしなかったか、用紙をめくって確認してみる。デスクマットには可愛いキャラクター、ガナーピーと相棒のモントレー。
……良かった、そこには裏移りしてないや。
ガナーピーは世界一有名なビーグル犬だ、漫画のキャラクターで、お供の黄色い鳥モントレーとのコンビが私の大のお気に入りだ。部屋の外に出てドアに先程の紙を貼る。ルームプレートの下がいいな。木製のルームプレートには(あいのへや)と書かれている。これもお気に入りのガナーピーが描かれている。文字は一文字ずつ選んで工作の授業で手作りしたんだ。私は不器用だから恵一君にからかわれたっけ。
*******
『藍、お前こんなの作るのに、どんだけ時間掛かってんだよ。文字も曲がってるし……どれ俺に貸せよ』
そう言って一緒に作業を手伝ってくれた
胸の奥が早鐘のように高鳴る。駄目だ。最近の私は恵一君の前だとこうなってしまう……。制服の胸に手を当てて、すうっと大きく深呼吸する。良かった!! 胸のドキドキも収まったみたい。
『ほら! 出来たぜ、ばっちりだろ! 早く片付けて給食の用意しようぜ。今日は俺とお前が当番だからよ』
そう言って差し出してくれたネームプレート、ガナーピーとモントレーが、ちょこんと揺れている。
『……ありがとう恵一君。私、ぶきっちょだから助かるよ!!』
『こんなの朝飯前だぜ。まあお前のセンスの無さは今に始まったことじゃないけど。この間も図画で描いた絵、俺は恐竜の親子だと思ったくらいだから……』
『もうっ、あれはガナーピーとモントレーを描いたの、恐竜なんてヒドいよ!!』
拗ねた振りをしながら頬が緩むのを必死で我慢する。最近、恵一君は私とあまり遊んでくれない。昔は恵一君と
……そうだ、お友達の
*******
ふうっ! 気持ちを落ち着けなきゃ……。
私の部屋からは隣の恵一君の部屋は見えない位置だ。幼馴染みで隣同士っていうと、親友で少女漫画好きの志保ちゃんは目を輝かせて。
『藍ちゃん、紙コップで糸電話とか恵一君とするの、胸キュンだぁ!!』
って言うんだ。面白い子なんだよ、志保ちゃんは。
本当に恵一君と糸電話でお話出来たらいいのにな……。何から話そう、藍の背が伸びたこと? 恵一君は私より背が高くてよくからかわれるんだ。藍、お前ちっこいよな!! と私の頭に手をかざして軽くポンポン叩くから、
私はクローゼットの引き出しを開け、ピンクのポーチを取り出した。同色で揃えたピンクの携帯ゲーム機、お誕生日に買って貰ったんだ。学校に持っていくのは禁止だから、普段はしまい込んである。結構、外側が傷付いちゃったな…… そうだ! これを貼ろう。私は壁に掛かったランドセルからプロフィール帳を出し、志保ちゃんと交換したデコシールを何枚か見繕った。
「こうかな?」
ピンクの上蓋にシールを配置する、やっぱり私、センスないかも……。恵一君の言葉が蘇る。
『お前、どんだけ不器用なの?』
えきしょう? の傷付かないシールは恵一君が貼ってくれたんだ。
「よし!出来たぁ、カワイイかも……」
慎重にカメラを塞がないようにシールを貼った。嬉しくなってクルクルとまわして眺めてみる。
「よいしょ、ここでいいかな?」
勉強机の上を片付けてゲーム機を置いた。電源ボタンを押してタッチペンでメニューを選ぶ。しばらく時計マークがくるくるしてカメラが開いた。
「暗いときのカメラを選んで…… んしょ、内側のカメラか」
長い髪の女の子が上の画面に写った、私は自分の顔が好きくない。もうちょっと日焼けしてたら元気に見えるのに、そう恵一君みたいに。お母さんが言っていたな、私の肌が白いのは生まれつきだって……。
「あ、あー、元気ですか?」
前髪を整えながら試し撮りしてみる。目のどアップ。唇のアップ。
ピースサイン。そして長い髪を耳に掛ける。よし、大丈夫だ!!
「今日は恵一君に朝、おはようって言って貰いました……。
あと帰りの会が終わって 愛しさはの詞の飛行船のことを話せました。
以上です」
たわいのない、だけど私にとっては貴重な会話。あいさつを交わしただけ、流行っている歌の歌詞とか。恵一君はすぐ忘れちゃうかもしれない。でも私は嬉しくて何度も心の中で繰り返したくなる。
あうぅ、私何を撮ってるのだろう。こんなの恵一君に見られたら恥ずかしくて死んじゃうよ。思わず脇にあるガナーピーの大きなぬいぐるみで赤い顔を隠した。
後で消しておこう……。
気を取り直して本題に入る。
「恵一君、好きです、ずっと前から、知らなかったと思うけど……」
声がどんどん小さくなってしまう……。駄目だ。動画の
何度もやり直ししてみる、でも結果は思わしくない。何で駄目なのかな……? そうか! 私は緊張して気持ちをちゃんと言葉に出来ていないんだ。
何だか演技掛かっちゃってお芝居みたくなってるんだ。ふっ、と気持ちが軽くなった。その時、操作ボタンに手が当たって別の動画が再生された……。
「藍、早く来いよ!!」
恵一君の声だ。これはいつ撮った動画だったかな?
「待ってよ、恵一君!!」
この声は私だ。両手で持ちながら撮影してるので画面が揺れて見にくい。ガサゴソ音も入ってしまっている。
「こっち、こっち!!」
声の方向にカメラが向いた。私の大好きな男の子、
「ほら見ろよ、スゲーだろ!!」
私は息を呑んだ。いつものお稲荷さんの神社。後ろには大きなお山。そして、その向こうには……。
真っ青な夏の空に、真っ白に湧き上がる入道雲。
『わあっ、わたあめみたい……』
『そうだろ藍、あんだけ食えたらイイよな!!』
『恵一君、あのわたあめの下まで連れて行ってくれる!!』
『おう、いつだっていいぜ、藍!!』
そこで動画は終わった……。
私の胸の奥、いつもの苦しさじゃない。ドキドキするけど嬉しい気持ち。そんな温かい物がこみ上げてきた。
「恵一君……」
そうだ、私はまだあのわたあめの下まで連れていって貰っていない。
「……また夏が来る」
自分の素直な気持ちをこの動画に残さなきゃ……。私は椅子の上で背筋を伸ばし、もう一度大きく深呼吸した。
大好きな恵一君にきっと伝わるはずだ、私のこの気持ち……。そして想いを込めて撮影ボタンを押した。
「ちゃんと写ってるかな?」
撮影中のランプが光っているかゲーム機を確認する。
「えっと、これは誰にも見せないつもりで、お父さんやお母さんにも内緒です……」
ちょっと照れるけど頑張って続けた。もう迷わない。
「もちろん恵一君にも内緒だよ。これは告白の練習。動画のラブレターなんだから……」
本当は内緒なんて嘘だ。一番見て貰いたい人がいる。顔を上げて最高の笑顔を見せたい。
画面の向こう、大好きな男の子にいつか届くように。
あの夏の空の下で、完。
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