第33話

「特訓ね!」


彼女は意気込んでいる。


「特訓」この言葉は、格闘漫画の描写にたくさん使われている。彼女の意味するものが何を指すのか、その時の僕には分からなかった。


「公園行くよ!」


図書館を出て、右に曲がった大通り。そこをはさんで向かい側に大きな公園があった。


彼女に言われるままに僕らはやってきた。


「じゃあ、早速」


彼女が構える。


左手と左足を一歩分だけ前に出し、右手と右足はその場に置いたまま。拳は何かやわらかいものを握りしめるようにポーズをとっている。


テレビで見たボクシングの映像。


勝利者インタビューでチャンピオンがカメラのフラッシュを浴びる時のポーズにそっくりだ。


「来て」


一言言うと、彼女の周りに別の空気が宿るのが分かる。


彼女の前に立つ。


「距離を取って。大切なのは自分の距離を知ること」

「自分の距離。って何ですか」


彼女の勢いに負けて初めて口にできた唯一の言葉。勉強ができない生徒が先生に向かって質問する。そんな気持ちだった。


「大砲。つまり右手が届く距離」


大砲=右手。この方程式も分からない。


「大砲って」

「とりあえず、距離。そして同じ構え」


これ以上の質問には答えない。とりあえず「拳で語ろう」彼女の目にはその意思が感じられた。むしろ、それしか感じられなかった。


言われた通り、構えをとる。


「はじめ君。右利きだよね。なら、左手が前」


鏡をイメージして構えをとったが、先生の鋭い指摘にあわてて構えを直す。


「こんな感じかな」


ヒュッ!


目の前が突然暗くなる。と同時に風がやってきた。


「これが大砲」


言葉が出ない。


僕の視界を遮っていたのが彼女の右手だとようやく理解できた。


「さぁ、やってみて」


実力差を見せつけられた今、たんたんと進む展開にあらがうこともできず。


ただただ、彼女の言うことに従ったのだった。

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