第32話
「落ち着いたかな」
彼女の言葉に顔を上げる。
どれくらいこうしていたのだろう。
彼女の顔が目の前にあった。
自分の顔が赤くなっていくのが分かる。
あわてて距離をとる。
「あら、どうしたの?」
彼女は幼い子をあやすかのような声で語りかけてくる。
「なんでもない」
なんでもないわけがない。
自分がここまで人に対して無防備になれるとは思ってなかった。
「他人事(ひとごと)」
最近考えていたキーワード。
今回の裏切りによってさらにそれが明確に。
残酷な事実で僕に襲いかかったのに、僕はその癒しを他人に求めている。
「とりあえず、何があったのか聞かせて」
「え?」
「はじめ君がそんな風になる出来事って気になるし」
彼女は横を向いて一点を見つめながら、
「今回そうなったのは私の一言が原因かもしれないから」
ぽつりとそう言った。
説明が終わる。彼女は黙って聞いていた。
いつもなら横やりを入れてくるところだが、
さすがに彼女は空気というのが読めるのだろう。
逆に僕の言うことに丁寧にあいづちを打ってくれた。
「じゃあ」
口を開く。
「やっちゃおう」
突然彼女がつぶやいたのと、その言葉が何を指すのか分からず彼女の顔を見る。
「何を?」
「一条君への逆襲」
「逆襲」という単語は聞いたことがない。唯一思い当たるのは映画のタイトルぐらいだ。
「もういいよ」
逆襲という言葉は壮大な復讐劇を想像させる。
そこまでの感情はもうないし、あれと今後そこまで関わりたくもない。
「もちろん。はじめ君が言えばそれでいいかもしれない。けど」
彼女は右手拳を縦に振り上げ、わなわなと震えている。
「私が許せない!」
感情的になっている。それが目に見えて分かった。
ゲームの中でも怒りに任せた描写はいくつかあった。
友への裏切り。
恋人への裏切り。
そして、敵味方の裏切り。
それらのイベントの後には、
必ず壮大な展開が待っている。
僕は彼女の目を見つめながらそんなことを思い出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます