第17話

日曜日

橘はじめは図書館にいた。

再会の約束をしたわけでもない。

次に会えるかどうかも分からない。

でも、彼の足は自然と図書館に向いていた。

この一週間の変化を翔子に伝えるために。



「おっ!。いたいた」



図書室に響く女性の声。待ち望んだ声だったがそれを悟られたくなくて、読んでいる本に目を向ける。


「一週間ぶりだね。どう、ちゃんと言ったことやってる?」

「あ、お久しぶりです」


今気づいたかのように、彼女に視線を向ける。

座っている僕に対して、上から見下ろすようにかがんでこちらをまっすぐ見つめている。シャンプーの匂いだろうか。柑橘系の匂いが僕の鼻腔をくすぐる。


「どうだったの?。この一週間。ほら、休憩室いこ!」

彼女に手を引かれながら休憩室に移動する。

この間と同様、休憩室はガラガラだった。

朝に満タンにするのだろう。給水用の青いタンクの水が満タンのまま置かれている。

「座って!」

「はい」


彼女は楽しそうだ。先に座り、僕が座ってしゃべるのを今か今かと待っている。

「えーっと。言われた通りの」あ、彼女が口を開けて話し出す。

「この間言ったテーマは覚えてる?」

「はい。笑顔、あいさつ、立ち向かう」

「えらいえらい」

幼稚園児を扱うような物言いに、少し恥ずかしくなった。

「じゃあ、続けて!」


話を続けていく。


母に笑顔の練習を目撃された話。

登校の道中であいさつをしないために走った話。

相沢さんと出会って花瓶を割った話。

そこからのジャスティスとの会話。

中庭掃除での出来事。


ちゃんと聞いているのだろうか。

彼女はときどき目をつむりながら、うんうんとうなづいている。

聞いているというより、言われている情景を頭の中で想像している。

そんな印象さえ感じられた。



「以上です」



しんと静まり返っている休憩室。彼女は、最後まで黙っていた。「大丈夫なのか」自分の中で不安が生まれる。あいさつの際に、人に話したくなくて、走ってしまったことを彼女は怒っているのではないか。そんな疑問が十字架となって僕にのしかかる。

「えーっと」

沈黙に耐えられず再びこちから口を開く。が、言葉が続かない。


「すごい!」


部屋中に響く声で彼女は大声をあげた。


「すごいよ。話を聞いててワクワクした。知らない人に言われたことを実践したのかなって。実践してなかったらからかってやろうぐらいに思ってたんだけど」


彼女はさらに間を置いて、


「すごい!。橘はじめくん、君はすごいよ!」


感嘆の声をあげたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る