第11話

「橘がやったのか?」

ドキっ!

「はい」

「どうやって割ったんだ?」


頭の中に「?」が浮かぶ。

山下先生は組んでいた腕をほどき、身を乗り出して話し始めた。


「先生もクラスのみんなが仲良くしているか気になってな。まだ数日だから、よくは分からんが橘は1人でいるイメージが強くてな」

少しずつ頭の「?」がとれていく。

山下は頭をかきながら言葉を続ける。

「だから、もし仮に花瓶を割った人間が別にいて」


ギクっ!


「謝ってこいとか言われてないかと思ってな」


なかなか鋭い!

ジャスティスの審判の目が僕を貫く。

橘はじめは麻痺状態だ。


「どうなんだ?」



沈黙



「僕がやりました。花瓶も水を変えようと思ったら落としちゃって」


言えた。ジャスティスアイに耐えきった!


「そうか。わかった」

「それで、先生」

「なんだ?」

「お花がかわいそうなので、新しい花瓶をもらえませんか?」

「おお。分かった。職員室のがあるから持っていけ」

「ありがとうございます!」


先生に教えてもらい、代わりの花瓶を受け取る。

「それでは失礼します!」

「あ、あと花瓶を割った罰で放課後の中庭掃除1週間な」

その声が聞こえるか聞こえないかの距離で、

「はーい!」

橘はじめは大きく返事をして職員室を出た。


「お花がかわいそう。女の子みたいな表現だったな」


橘はじめの後ろ姿が見えなくなってから、山下はそっとつぶやいた。



教室に帰ってくると、朝礼前なのでほとんどの生徒が出席していた。

後から来た僕に気づいたが、視線を送って僕の姿を確認すると、みんなは再び友達とのおしゃべりに夢中になる。

相沢さんは、、いた!

女子3人で楽しそうに会話している。

友達がいない男子中学生に、女子3人の中に混じる勇気はさすがにない。


とりあえず、花瓶を入れ替えよう!


花瓶があった場所に目を向けると、相沢さんが必死で探してきたのだろう。


汚れたペットボトルに少し水を入れて、花瓶の代用に使われている。


ただ、花の重量でペットボトルは傾き、白いシクラメンは元気なく頭を垂れている。


急いで水飲み場へ行き、花瓶に水を注ぐ。


再び教室に戻ってくると、

「橘どうした?」

山下先生が朝礼を始めるところだった。

「花瓶に水を入れてて」

「分かった。やって早く座れよ」

「はい」

注意されながら、ペットボトルから花瓶に花を入れ替える。


「ミッション終了」


小声でささやきながら席に戻る。



視線を感じ、前方の席へ視線を移す。相沢さんがこちらを見ていた。口がゆっくり動いている。


「あ・り・が・と・う」


口パクではあるがそう見えた。


なんだろう。少し胸が温かくなった気がした。

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