第8話

教室は静かだった。いつもの橘はじめの登校時間が早いのもあるが、全力疾走で教室までたどり着いたので、他の生徒は誰もいなかった。


花瓶を割るきっかけを作った僕に、

「お、おはよう」

女子生徒は挨拶を返してくれる。

よし、撃破・・・じゃなかった

「すみません!」

あわてて頭を下げながら、手を差し出す。

彼女は確か「相沢」さん。入学式に新入生代表の挨拶で見かけた。

メガネに三つ編みという、今どきでは珍しいスタイル。小声の挨拶ではあったが、一生懸命話す彼女は記憶に残っていた。

花瓶のかけらを集めながら話しかける。

「あ、危ないよ。手が切れちゃうから」

彼女は立ち上がると掃除用ロッカーからほうきとちりとりを持ってきた。

「ありがとう!」

彼女は慣れた手つきでかけらをちりとりに入れていく。僕は乾いた雑巾で床を拭き取り床は一気に元通りになった。

「本当にごめんなさい。僕がいきなり扉を開けたから」

「こっちも突然開いたからビックリしちゃってごめんなさい」

お互いに謝ってひと段落。彼女の視線が窓際に移る。

そこには白いシクラメンの花がさみしそうに横たわっていた。

「花瓶がないとお花がかわいそう」

「そうだね」



沈黙。



花瓶を割ってしまったのは彼女。でもきっかけを作ったのは、僕だ。

花瓶は学校の備品。それを割ったとあれば担任の先生に伝えなければいけない。

この間、英語の授業中に僕が眠ってしまった担任の「山下先生」に。


「山下正(やましたただし)」名前の物語る通り、曲がったことが嫌いで大学時代は柔道部。体格が良く、身長は180cnを超える。体育教師にもなれたのに、洋画にハマって猛勉強し英語教師になった変わり者。半端が嫌いな先生で怒るとおそらく怖い。


彼女にもそれが分かっているのだろう。

謝りにいくという選択肢は頭にあるのにお互いに切り出せずにいる。


こんな時どうすれば?

頭の中に選択肢が浮かぶ。



▷罪をなすりつける

 逃げる



違う!

思い出せ!

3つ目の、

翔子から習った「笑顔」「挨拶」に続く、3つ目の言葉を!



友達作りの説明が終わって、得意げに腕を組んでいる翔子。

「その2つができれば友達ができるんですね!」

彼女の、説明は説得力があり僕はすでに友達ができた気分になっていた。

「チッチッチ」

腕を組みながら彼女は右手の人差し指を顔の前で揺らしている。

「笑顔とあいさつはきっかけでしかないよ」

「そう、なんですか?」

「そ。人は他にもたくさんいるのに、わざわざはじめ君を友達にする理由。メリットがないじゃない」

「確かに」

「だ・か・ら、その人のためになる事をする。


つまり、


▷友達のために立ち向かう!

 罪をなすりつける

 逃げる



頭の中に新たな選択肢が浮かぶ!


「相沢さん、僕謝ってくるよ!」


橘はじめは職員室へ向かったのだった。

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