第7話 Case3.大事件From浮気調査②

「な…何だってんだよ。まさか、リンダがったってのか?」シュウはスミス・ノーマンの無惨に変わり果てた姿を前に、タクシーの車中から見たリンダ・テイラーらしき女性を思い起こしていた。

「やっぱりシュウの見たのは見間違いじゃなかったって事か。つまり俺たちが着く前にスミスを殺害して、逃げる途中だったと言う事か」グレゴリーの推理を聞いて、シュウは違和感を覚えた。

「しかしこれだけ大量の血を流してるんだ。もしリンダが犯人なら、リンダ自身も大量の返り血を浴びてるはずだ。でもリンダは返り血なんか浴びてなかったし、服装も変わってなかった」一体スミスを殺害したのは誰なのか?そしてリンダはどこへ行ったと言うのか?

「あの…私たちの部屋の前で何をなさってるんですか?」二人の後ろから女性の声がした。振り返るとそこには小柄でメガネをかけたグレーのスーツを着た若い女性が立っていた。

「アンタ、リンダ・テイラーさんだろ?俺たちはアンタとスミスさんの浮気を疑うスミスさんの奥さんから依頼された探偵だ」シュウはリンダに名刺を差し出した。

「う…浮気だなんてありえません。それよりスミスさんはどうしたんですか?室内にいないんですか?」リンダは浮気を明確に否定した。そして部屋の中に入ろうと試みた。

「止めておいた方が良い。スミスさんは中で亡くなっている。凄い惨状だし、見ない方が良い」シュウの言葉を聞き、リンダは両手で口の辺りを覆った。

「そんな…もう手が回ったって言うの?」リンダは一人言をつぶやくように言葉を発した。

「手が回ったってどう言う事だい?リンダ、犯人に心当たりがあるのか?」シュウの問いかけにリンダは手を覆ったまま強く首を横に振った。

「心当たりと言うか、実行犯は分かりません。ただスミスさんは、私たちが所属する財務省会計局内での不正調査をしていたんです。それも上層部うえからの指示ではなく、独自に秘密裏に行なっていました。私はそのお手伝いをさせていただいていたんです」話す内にリンダは、その声を段々と涙声に変化させていった。その姿を見て、シュウとグレゴリーは顔を見合わせてテレパシー会話をした。二人の見解はリンダの言っている事に嘘はなく、犯行を指示した人物が財務省会計局内にいるだろう事で一致した。

「分かったよ、リンダ。それで調査ではどのくらいまで分かっていたんだい?」

「そう…パソコン!パソコンはどうなっていましたか?」必死に叫ぶリンダの声に、シュウは惨状となっている殺害現場の部屋内に入った。スミスが倒れている直ぐ横にベッドが二台置かれ、その横に小さなビジネスデスクが設置してあった。そしてデスクの上に、モニターもキーもボロボロに破壊されたノートパソコンが置かれていた。シュウはノートパソコンを取り、部屋を出た。

「リンダ、駄目だった。パソコンはこの通り無茶苦茶に破壊されている」パソコンを見せられたリンダは、パソコンの周りを見て回った。

「USBは?USBメモリーはなかったですか?」

「残念だが恐らく犯人が持ち去っただろう。修理業者に頼んだところで内部メモリーの復元も難しいだろう。そこでどうだろう?このノートパソコンを俺たちに託してくれないか?」重要な証拠物件である。もはや犯人に繋がる手がかりはこのノートパソコンしかないだろう。

「あの…あなた方に直せると言うんですか?」リンダにとっては尊敬する上司の形見である。怪しい二人の探偵を訝しんだ。

「分からないが探偵社ウチにはプロフェッショナルがいる。任せてくれないか」シュウの言葉に、リンダは黙ってうなずいた。

「それから今からスミスさんの家に一緒に行ってくれないか?スミスさんの訃報の報告と、アンタたちの疑いを晴らしておきたい」言葉を聞いたリンダは、一瞬固まったが、直ぐにキャシーの気持ちを推し量って承諾してくれた。

「さぁ、警察が来る前に、さっさとここを離れよう。変に巻き込まれでもしたら厄介だからな」こうして三人はメープルホテルを出て、ノーマン邸に向かった。

スミスの訃報を聞いたキャシーは取り乱し、リンダを罵倒した。リンダはただただ謝罪を繰り返し、やがて落ち着きを取り戻したキャシーは、リンダの人柄に触れる事でリンダを信用して、現実を受け留め始めた。

「スミス、あなた…」

「キャシーさん、辛いだろうけど元気を出して下さい。犯人は必ず俺たちで突き止めますから」シュウはキャシーの背中を優しくさすってやった。

「ところでリンダ。君はこれからどうする気だい?君は事件当時、出かけていたから巻き込まれずに済んだが、奴らまた君の生命を狙ってくるかも知れないぜ」シュウの言葉にリンダは身震いさせた。

「ねぇシュウさん。報酬は私が出すわ。だからお願い。リンダを守ってやってちょうだい」キャシーは財布を取り出し口を挟んだ。

「キャシーさん、お金は最後で良い。手付け金はもらってるんだ。リンダ、どうだろう。ここは奥さんの好意に甘えて、我々をボディガードとして雇わないか?」

「分かりました。よろしくお願いします。奥さんもありがとう」こうしてシュウたちはリンダのボディガードと事件の捜査を同時に行なう事になった。


二人は一旦リンダを連れて、ヘプター探偵社の事務所に戻った。そしてリンダを応接室で待たせている間に、事の顛末てんまつをメリーに報告する事にした。

「そう、それは大変な事になったわね。ここまで予想外に事が大きくなったんだったら、二人だけでは大変でしょう。ニコラスとケリーを応接で付けるわ」さすがのメリーも想像を遥かに越えた展開に、その表情は深刻なものであった。

「ちょっと待ってくれ!犯人は直ぐに見つかるさ。ただブライアンに少し力を貸してもらえると助かる」シュウはメリーの好意を断わってグレゴリーと二人で案件に取り組む事を望んだ。

「待って、ブライアンの力って、坊やに何をさせるつもり?」メリーにはシュウの真意が分からなかった。

「こいつさ。こいつをブライアンにサイコメトリーしてもらう。俺がやったって良いんだが、恐らく俺の能力じゃ、そう深いところまでは読み込めないと思う」シュウはスミス殺害現場から持ってきたノートパソコンを見せた。

「それが犯人たちの黒幕へ繋がるキーパーソンになるって訳ね。分かったわ」シュウの考えを理解したメリーは、両手を組んで念じた。間もなくしてブライアンが入室してきた。

「何すかー、代表あねごー。ってお前、シュリをたぶらかした新入りじゃん?シュリは俺の女なんだからなぁ!」ブライアンは何を勘違いしているのか、入ってくるなりシュウにからみだした。

「何の事だ?俺は別に誑かしてなんか…」

「シュリからキャンディをもらったろ?シュリからキャンディをもらえるのは俺だけだ!」

「坊や!良い加減にしなさい。ここはプロの仕事場よ。アンタに是非やってもらいたい事があるの。シュウ?パソコンを」ブライアンを叱咤した後、メリーはシュウに目配せした。

「良いか?こいつはある人物が殺害された現場に残されていた遺留品だ。こいつから犯人に繋がる情報を読み取って欲しい。お前のはシュリから聞いて良く分かっている。頼めるか?」シュウはブライアンのシュリに対する想いを汲み取って、少し持ち上げた言い方をした。

「シュ…シュリが?えっ…あぁ、分かったよ。やってやろうじゃん。ちょっと待ってろよ」ブライアンはシュウからノートパソコンを受け取ると、部屋を出て広間の大テーブルでサイコメトリーを始めた。

「アンタやるじゃない。ブライアンを上手く乗せるなんて。これで良い情報が仕入れられると良いんだけど」メリーは涼しい目でシュウを見た。

「それじゃあ俺もブライアンのサイコメトリーに付き合うよ。少しでも多くの情報が欲しいからな」そう言うとシュウも部屋を出た。

「何か彼ったら考えがあるようね。良い相棒を手に入れたようね、グレゴリー」グレゴリーはニンマリと笑った。


「さぁどうだ?犯人の残像は読めたか?」ノートパソコンに向き合うブライアンにシュウは声をかけた。

「シュウさん?だったよな。こいつはエライ事になるかもだぜ。実行犯は背の高い筋肉質の黒人だ。こいつは黒幕自体が名前すら知らないから、身元は分からない。そこで肝心なのはその黒幕さ。結構な有名人だよ。財務省事務次官のモーガン・シンプソンさ」幼いと言ってもおかしくない若さを持ったブライアンは、大人顔負けの雰囲気をかもし出して話した。

「事務次官って…財務省官僚のトップじゃないか!って事は、スミスは職場の遥か上の上司に楯突こうとしてたってのか?」政治に余り関心がないシュウも、さすがにブライアンの発言には面食らった。

「それで済めば良いけどね。実はモーガンは黒人に犯行を指示する時に、自身の身の保身ってよりも、何かにおびえた感じで指示してるんだ。と言う事はだよ、まだその上があるって事なんじゃないかな?すまないけど、俺のサイコメトリーでは、ここまでが限界だよ」ブライアンは他人事のように涼しい顔で話した。

「事務次官の上って事は…?」シュウが想像していた事は、ヘプター探偵社の存在自体をも揺るがし、ヘプター探偵社の存在意義をも浮き彫りにする事となっていった。

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