第6話 Case3.大事件From浮気調査①

「シュウ、良くぞ不完全な作戦を決行してこっちの手をわずらわせてくれたわね。それで顔を出すんだから、余程よっぽどの厚顔振りだわね」メリーは回転椅子に脚を組んで座り、シュウをはすに睨みつけた。

(チェッ、ニコラスの野郎、話しが違うじゃねぇか?)シュウは心の内を悟られぬように項垂うなだれて聞いていた。

「違わないわ。初めて立てた作戦にしては充分だったわよ。特に自分たちの生命を守る為に敵の武器を掌握した手腕は称賛に値するわ」メリーは先程までの険しい表情を崩して微笑した。

「えっ?あぁ、こいつか」シュウは左胸のバッジを掴んだ。

「良い?シュウ。このバッジは私たちチームで行動する者にとっては無くてはならない道具アイテムなの。ミッションをこなす上で声を出せない事も少なくないわ。だからアンタはもっと心の開閉を覚えなさい」メリーの妖艶な指先がペンを回していた。

「こ…心の開閉?」シュウは左胸のバッジを見た。

「そう。敵には心を悟られぬように閉じる。仲間には心を開いて常に共鳴リンクさせておく。まぁ慣れたら簡単よ」

「心をリンク…か」

「話しは変わるけど、アンタを正式採用するに当たって、基本的な相棒バディはグレゴリーとお願いするわ。そこで早速だけど、これが新しい依頼よ」メリーはデスクの上に資料を無造作に置いた。

「なっ…浮気調査?」資料を手にしたシュウは、一枚目を見て思わず声を上げた。

探偵社ウチも慈善事業をしてる訳じゃないの。こう言った依頼も大事な収入源なの」メリーは苦笑した。

この何気ない依頼が、シュウを一段階上へと引き上げる事件に発展するとは、この時の誰もが知る由もなかった。


「これからよろしく頼むぜ、あ・い・ぼ・う」グレゴリーはシュウと共に依頼主のキャシー・ノーマンの元に向かっていた。

「初めてアンタに会った時に言っていたのはこう言う事だったのか。しかし何だって俺と組むと分かってたんだい?」シュウはグレゴリーの強さを認めていたからこそ、かえって自分が足手まといになるのではと危惧きぐしていた。

「俺は初めてシュウと戦った時、お前さんの可能性をビリビリ感じちまったんだ。早くお前さんと一緒に戦いてぇって代表ボスに頼んだのさ」グレゴリーはワクワクした様子で空を見上げた。

「それはどうも…でも今回は暴れる機会はなさそうだな」シュウは人差し指でこめかみをいた。

「そうだな。サッサと終わらせて新しい案件に取りかかろうぜ」グレゴリーはシュウの背中を叩いた。

ノーマン家はヨハネ通りの72番地にあった。この周辺は高級住宅地になっており、ノーマン家も周りの屋敷と見劣りしない豪邸であった。

「ヘプター探偵社のシュウと、こっちはグレゴリーです。大体の話しは聞いていますが詳細を聞かせて下さい」二人は応接間に通され、キャシー・ノーマンと向かい合わせていた。

「夫のスミスは財務官僚をしているのですが、スミスの部下であるリンダ・テイラーと夜な夜な密会しているわ。きっと浮気に決まってる。だから証拠を掴んで欲しいのよ。謝礼ははずませてもらうわ。とりあえずこれは手付け金よ」キャシーは高級家具であろう応接卓の上に、五千ドル置いた。

(て…手付けで五千?)

「分かりました。任せておいて下さい、奥さん」思わぬ高額を受け取った二人は財務省へ向かった。

「チョロいもんだなぁ、シュウ。証拠だなんて簡単だろ?」グレゴリーは満面の笑みでシュウの肩を掴んだ。

「そうだな。今夜旦那のスミスがリンダと一緒に出てくれば、そいつを附けてホテルにでも入ったところで、こいつを使って念写しよう」シュウは自分のスマートフォンをヒラヒラと仰いだ。

「さすがはシュウだぜ。万能のお前さんと組んでたら、この手の依頼は俺も楽が出来るってもんだ。ガハハハ」グレゴリーは大きな身体を揺らして笑った。


財務省が入るビルに着いた二人は、入口付近で張り込む事にした。やがて空が赤みを帯びてきた頃、グレゴリーは心配してシュウに声をかけた。

「なぁシュウよ。このビルは裏口もあるんだろ?もしそっちから出られたら、見逃しちまうんじゃねぇか?」グレゴリーの言う事は至極もっともだった。しかしシュウもただボーッと張り込んでいたのではなかった。

「大丈夫だよ、グレゴリー。初めに鷹の目を使ってスミスとリンダが同じ34階のオフィスに一緒にいる事は確認している。それからここ以外の3つの通用口には結界を張っておいたから、誰かが通るたびに鷹の目で確認している。二人はまだこのビルからは出てはいないよ」シュウは真剣な目つきでビルの出入り口に目を凝らしたまま答えた。

「スゲーぜ。さすがはシュウだ」そうこうする内に日も暮れて、辺りは街灯に頼らなければ何も見えない闇へと変貌させていった。そして九時を少し回った頃、二人は正面から堂々と出てきた。

「奴らに間違いなさそうだな」グレゴリーは二人の写真と見比べて確認した。

「ヨシッ、行くか」二人の探偵は並んで歩くスミスとリンダを、後方20m空けて尾行を開始した。大通りに出たスミスはタクシーを止めた。

「おい、ヤバいぜシュウ。俺たちもタクシーを…」

「イヤッ、良い。シュリに習った遣り方がある」シュウは目を閉じて夢想し始めた。

「ブルックスタウンのビジネスホテルだ」目を開いたシュウは、驚いたように口走った。「ヨシッ、じゃあ急ごう」グレゴリーはタクシーを止めようとした。

「待てっ、おかしくないか?普通は情事にふけるんだったら、モーテルか高級官僚なら一流ホテルにでも行くんじゃないのか?何だってビジネスホテルなんかに…何かおかしい」シュウは自身の未来予知をいぶかしんだ。

「そんな事はどうだって良いだろ?俺たちはきちんと証拠を掴んでキャシーに届けるだけだぜ。ヨシッ、タクシーが止まったぜ。シュウ、急ぐんだ」二人はタクシーに乗り込み、ブルックスタウンに入った。途中、リンダと思わしき女性が辺りを気にしながら反対方向へ歩いていった。

「今のリンダじゃなかったか?何だって一人で逆方向に行ってんだ?」

「ん?見間違いじゃねぇのか?二人は今ごろホテルの一室でシッポリと絡まり合ってるだろうぜ」やがてタクシーは目的のメープルホテルの前で止まった。受け付けでスミス・ノーマンかリンダ・テイラーの名でチェックインがないか確認したが、どうやら偽名を使っているらしかった。

「どうする?やはり鷹の目かい?」

「あぁ、仕方ない」シュウは目を閉じて意識を飛ばした。

「うわぁ!な…何だ?」シュウは目を見開いて額から脂汗あぶらあせにじませた。

「どうしたってんだ?シュウ」グレゴリーもシュウの叫び声に驚いた。

「惨状だ!グレゴリー、もう一度中に入るぞ」シュウは再びホテルの受け付けを呼んだ。

「1103号室で殺人事件が起こった。直ぐに鍵を開けてくれ」直ぐにはシュウの言葉を信じなかったホテルスタッフだったが、余りのシュウの真剣な訴えに折れ、二人の探偵を連れ立って1103号室をノックした。しかし当然応答はなく、クラークはカードキーを差し込んだ。

「お客様、失礼しま…う…うわぁ!」クラークはその場で尻もちをついてしまった。クラークをまたいで室内を見たシュウとグレゴリーの目には、大量の血の池に浮かぶスミス・ノーマンの無惨な姿が飛び込んできた。二人は無言のままお互いの顔を見合わせていた。

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