第5話 Case2.麻薬取り引き撲滅作戦at採用試験

シュウはセントホリック通りから少し外れた裏路地にあるマジックバー "トリッキー" に来ていた。メリーより「今夜の八時に行くように」と仰せ使って、目的も分からぬままに訪れていた。店内に入ると、カウンターの一箇所に人々がたむろし、何かに熱中している様子だった。

「お嬢さん?クラッカーはお好きですか?このクラッカーに紙ナプキンをかけて、1・2・3…ハイ!」髪をオールバックにした細身のバーテンダーは、かけ声の後、右手の親指と中指を弾いて、"パチン" と音を鳴らした。

「いやーん、口の中に何かが…クラッカー?」声をかけられた客の女が口の中の違和感に気付き驚嘆していると、バーテンダーは紙ナプキンをハラリとひるがえした。そこにはあったはずのクラッカーが消えていた。

「これぞ、ニコラステリー(ニコラスのミステリー)」バーテンダーは決め台詞を吐いて両手の平を天井に向けた。

「や…やっぱり彼はニコラスだったのか?」シュウは探偵社で紹介されたニコラスに対して、かつての憧れだったマジシャン、ニコラス・フリードマンの姿を見つけた。ニコラスはテレビショーで活躍していた時代は、長髪を後ろで束ね、前髪を目を覆うほどに垂れ下げて、身体付きも、もう少しふくよかとしていた。その為に、シュウ自身、かつての憧れと、探偵ニコラスとが結びつかずにいた。しかしマジックショーの後の決め台詞を聞いて確信したのだった。

「おい!アンタ、ニコラス・フリードマンだ…」

「シーッ。お客様、どうか落ち着いて静かにお座りになって下さい」シュウの台詞を遮ってニコラスは手の平を下に仰ぐようにして振った。するとシュウの意思とは関係なく、椅子に腰を降ろした。

「な…アンタもやっぱり?」

「皆様、ちょっと失礼しますね」ニコラスは先程まで自身のマジックに熱狂していた客たちに声をかけると、シュウの前に来て、シェイカーにラム酒、コアントロー、搾ったレモン果汁に氷を2ブロック入れると、カシャカシャとシェイクし始めた。そして三角グラスをコースターの上に置いてシュウの前に差し出した。そしてニコラスはシェイカーの中身をゆっくりとグラスに注いで口を開いた。

「X・Y・Zでございます。シュウ様」ニコラスは不敵に微笑んだ。

「X・Y・Z?何か意味があると言うのかい?」シュウはニコラスの微笑をいぶかしんだ。

「とりあえず一口どうぞ」ニコラスの一言に、シュウは怪訝そうにしつつも、カクテルを口に運んだ。するとニコラスはまた、指を鳴らした。

「ん?何だ?」シュウの口の中に違和感が走った。

「シュウ様のお口の中身はオリーブの実とカクテルX・Y・Zです。X・Y・Zは今際いまわきわ、つまりは後がない。オリーブの花言葉は知恵です。今回の依頼は後がない状況を、如何いかにして知恵で乗り切るかが試されますよ。新人探偵シュウ様」ニコラスの言葉を聞いたシュウはゴクリと喉を鳴らした。

「依頼は私ども探偵社のお得意様でもある麻薬取締官からのものです。明後日の深夜二時にハービス港にて大掛かりな麻薬取り引きがございますようで。我々はそれを未然に防ぎ、その場で証拠を押さえる事が任務となります。シュウさん?これを私と二人だけで遂行する訳ですが、さぁ、どうしましょうか?」ニコラスは先程までの柔和な表情を一変させ、鋭い目つきをシュウに向けてきた。

「大掛かりとはどの程度だい。カバンやアタッシュケースに10とかかい?」

「そんな小規模ではありません。10フィートコンテナ、一台分。末端価格にして一億ドルの取り引きです」ニコラスは一切表情を崩す事なく、淡々と話した。

「い…一億ドル?そんな大量の麻薬をどうやって押収しようってんだい?」対照的にシュウは目を見開いて、こめかみから一筋の汗を流した。

「シュウさん。我々は普通の人間ではない事をお忘れなく」ニコラスの言葉に、シュウはやっと正気を取り戻した。

「先っきから見ていたが、アンタの能力はサイコキネシスかい?」サイコキネシスとは物体移動能力である。シュウが言うように、ニコラスはサイコキネシスを使って物体移動マジックを展開していたのである。

「じゃあアンタの能力で、コンテナの中身ごとどこかへ移動すれば良いじゃないか」シュウは手の平を上に掲げて首を横に振った。

「フッ、安直な。それでは証拠を掴んだ事にはなりません。これでは代表が予言した通りですね。もちろん能力など使わずに、あなたの性格を見越した上での予言でしょうがね」ニコラスは呆れたように目を瞑り首を振った。

「じゃあどうしろってんだい?俺にそんな作戦は立てれない」シュウは捨て台詞を吐くように語気を強めた。

「今回の依頼のリーダーはあなたです。これは言わば代表からのあなたに対する最終試験なのです。我々は仕事をこなす上で能力の高さはもちろんですが、綿密な作戦を立て、様々なトラブルにも対応出来るだけの対応力が求められるのです。それがなければ生命の保証は出来ませんからね」シリアスに話すニコラスを見て、シュウは改めてこの仕事に対する難しさを知った気がした。

「分かった。安直であった事は認めるよ。じゃあもう少し取り引きに関する情報をくれないか?その上で真剣に作戦を立てさせてもらうよ」こうしてニコラスとの密談をしたシュウは、一つの作戦を思いついた。

「フッ、なるほど。少し回りくどい方法ですが、良いでしょう。それに乗ります。さぁ、これで乾杯を」ニコラスは二人分のスクリュードライバーを作ってシュウへ渡した。

「なるほど。マフィアたちを掻き回してやろうって事だな」シュウは微笑を浮かべてニコラスのグラスに自分のグラスを当てた。


二日後、二人の探偵の姿はハービス港にあった。現場では中身が確認されたコンテナが10tフォークリフトにより貨物列車の架台に乗せられていた。

「ニコラス。ボスらしき人物の横にいる長身の白人。それからアフロヘアーの黒人。それからデブのフードパーカーの男もそうだ。それとその横の長髪髭野郎もそうだ。これをぶち込んでやってくれ」暗視スコープ機能付きの双眼鏡でマフィアたちのやり取りを監視しながらシュウはニコラスに指示を出し、プラスチックの小袋を差し出した。

「OKですよ、リーダー。この後は面白くなりそうで何よりです」指示を受けたニコラスはマフィアたちに手の平を向けて念じた。


やがてコンテナを乗せた貨物列車の先頭の操舵車両に、麻薬受け取り側のマフィア組織たちが乗り込み、列車は出発した。ゆっくりと発進する列車の最後尾に二人はしがみつくように乗り込み、列車は最終目的地のコランドーレ操車場に向けて走り出した。ハービス港からコランドーレ操車場までは37マイル5ヤードほどあり、途中の停車駅をスルーしたとしても、約一時間を要する。しかし発車してから20マイルを過ぎたモンテーニュ駅を手前に、列車はゆっくりとスピードを落とした。

「ヘィ、カーリー?何故スピードを落とすんだ?」ボスのマグワイヤーは運転士を務めるカーリーを罵倒するように言い放った。

「す…すみません。分からないのですが、全く制御が効かないのです。クソッ!」カーリーはブレーキレバーを解除している事を確認して、目一杯に出力を上げるも、裏腹に列車はモンテーニュ駅に停車した。

「そこまでだ、マグワイヤー。周辺は捜査官たちによって包囲されている。大人しく投降するんだ」コリンズ麻薬捜査官はマフィアたちに銃を向けて、制圧を試みた。

「おい!お前たち!」マグワイヤーの目配せと指示により、カーリーら部下たちは、銃や機関銃を取り出し、捜査官たちに放った。部下たちが放った銃は火を吹き、弾丸は捜査官たちの身体に突き刺さった。

「うわぁ…って、えっ?なんだこれ?ピ…ピスタチオ?」マフィアが放った弾丸は、何故かピスタチオに変わっていた。

「そこまでだ。マグワイヤー、投降しろ!」マフィアたちはなす術なく捜査官たちの手により逮捕された。

「シット!一体何だって弾丸がピスタチオになってんだ!」マグワイヤーは最期の悪足掻わるあがきをしながら叫んだ。

「どうやら上手くいったようで何よりです」逮捕劇が繰り広げられる現場に、細身で長身のスーツをまとった男と、リーゼントヘアのブラウンの革ジャン姿の若者が後方より姿を見せた。

「これはこれはニコラスさん。見事な手腕でした。お陰さまで麻薬密売グループを一掃出来ましたよ。ところでそちらのお若い方は?」コリンズ捜査官はニコラスの隣に立つ初めて見る若者を見て、捜査官らしい口調で質問した。

「これはご紹介が遅れました。彼は新しく当探偵社に加入したシュウさんです。今回の作戦も、彼が立てたものです」ニコラスは手に持っていた "ピスタチオ" のラベルが貼られたプラスチックの小袋をコリンズに渡した。

「こ…これは?弾丸?いつの間にすり替えられたので?」コリンズはすっかり重くなったピスタチオの袋をまじまじと見つめた。

「それはマジシャンに言う台詞ではございませんよ、コリンズ捜査官」ニコラスはメガネのテンプル部分を持って睨みつけた。

「おぉっと、そうでしたな。それは失礼しました。ん?ちょっと失礼」コリンズは上着の内ポケットから携帯電話を取り出した。

「こちらコリンズ。これはどうも、今回もご協力ありがとうございました。えぇ、あぁそうですか。分かりました、もう間もなく応援部隊がそちらに到着するはずです。それでは失礼します」コリンズは電話を切った後、満面の表情で二人の探偵に向き直った。

「ニコラスさんの指示通りにハービス港でも奴等の取り引き組織を一掃出来そうです。またまたグレゴリーさんが大活躍してくれたようです」

「オイ!ニコラス、どう言う事だい?今回は俺たち二人だけだったはずじゃあ?」シュウは聞いていた話しと違った事に不信感を覚えた。

「シュウさん?あなたの立てた作戦は確かに面白かった。しかしこれは子供のおあそびでもマジックショーでもなく、仕事なのです。片方だけを検挙したところで、それでは仕事八割と言ったところ。代表もそこのところが分かっていて、今回は手を差し伸べたのでしょう。でもまぁ、初のリーダーとしての仕事の割りには良く出来たと思います。代表も及第点を出す事でしょう」ニコラスは中指でメガネのブリッジ部分を押し上げると、手を後ろに組んできびすを返した。

「オイ、待ってくれよニコラス!」シュウはニコラスの背中を追いながら、探偵業の難しさと面白さを感じていた。

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