男の雄叫び、支離滅裂

「裁判官が入廷します。皆さまご起立願います」三々五々立ち上がる。

「一同、礼」深々と頭を下げたのは被告だけで、あとは適当だった。

「まずは、人定質問を行います。最初に、貴方の氏名を答えてください」裁判長が丁寧に言った。

柚川ゆがわ清四きよしです」手元の紙を確認して、裁判官は、

「次に、本籍を答えてください」と言った。その後、住所、生年月日と続いた。

「最後に、職業を教えてください」

「無職です」細々とした声だった。

「それでは、罪状を検察官、お願いします」そう言うと、

「柚川清四は八月九日、自宅のアパートで、娘である十一歳の久高灯里あかりを殺害したものである」とだけ答えた検察官が着席した。

「もしも、貴方が答えたくない、そんな質問があれば、黙ることができるので、覚えておいてください。それでは検察官、冒頭陳述を」

「はい。柚川被告と離婚した久高里香さんとの間に久高灯里さんが生まれました。約十一年前です。そして、灯里ちゃんが三歳になる頃から虐待が始まりました。

 そんな彼女を守る為に、里香さんは、灯里ちゃんが五歳のときに離婚しました。ですが、灯里ちゃんは親目を盗んで柚川被告の元へ行ってしまいます。もちろん被告の暴力は続き、遂にはエスカレートした暴力で、柚川被告は灯里ちゃんを包丁で滅多刺しにしました」

「では、弁護人からの冒頭陳述を、お願いします」

「検察官のおっしゃる通りです」

「被告も、それでいいですか」

「…」黙っている。

「それでは、検察官、立証をお願いします」

「分かりました。まずは、暴行開始の年月について。貴方は八年前に灯里ちゃんを殴り始めましたか?」

「…」黙秘を続けた。

「次に、被告の元に灯里ちゃんが通うようになったのは四年前、彼女が小学校二年生のときですか?」

「…はい、その通りです」今度は応えた。はっきりと。

「灯里ちゃん殺害に使用した包丁ですが、そこから灯里ちゃんの指紋が検出されました。検察としては、灯里ちゃんが料理に使用した包丁だと考えていますが、そうですか?」

「…」三度目の沈黙。

「了解しました。これで、立証を終わります」

「それでは、弁護人からの立証をお願いします」

「私はまず、柚川被告の元妻である久高里香さんの尋問を行います。では、久高さん、どうぞ」中央の台に、彼女が上がった。

「こんにちは。私は明応大学で准教授をしている、久高里香です。柚川被告とは以前、婚姻関係を結んでいました」

「では、久高さんにお尋ねします。検察の見解に、異論はありますか」

「少しあります」

「…では、どう言った点ですか」原稿にはこんなやり取りはないのか、弁護人は動揺を隠せない。

「灯里は、私の知る限りでは、暴行は受けてません。被告と離婚するまでは、必ず」

「それでは、久高さん。柚川被告が何故灯里ちゃんを殺害したと思いますか」

「…子どもに八つ当たりしてしまうぐらい、ストレスが溜まっていたのではないでしょうか」その声に自信はなさそうだった。

「…では最後にしてもいいですか」狼狽うろたえている弁護人が、無理矢理尋問を終わらせようとした。

「はい」

「何か裁判官に訴えたいことがあれば、おっしゃってください」

「もし仮に、被告に真っ当な理由があったとしても犯罪は犯罪です。世論と被告の双方が納得できる判決をお願いします」


「それでは、柚川被告、証言台へ」足早に登壇した。

「では柚川被告、罪状は認めている、それでいいですか」

「…俺は、灯里を殺してはいません」

「…どういうことですか」無い髪をかきむしりながら、弁護人は質問した。

「俺が殺したのは、間違いなく久高里香です」

「被告、何を言ってるんですか。久高さんは、ついさっき登壇してましたよ」

「いや、あれは久高灯里、俺の一人娘だ」

「…すみません。久高さん、貴女の名前をもう一度教えてくれませんか」

「久高里香です」

「そうですよ柚川さん。彼女が久高里香さんです。貴方が殺したのが久高灯里ちゃんです」

「ふざけんな!俺はちゃんと里香を殺したぞ!記憶ははっきりしてんだ!どいつもこいつも俺を騙すな!お前も嘘つきだ!」弁護人に殴りかかろうとした被告を、警察官が間一髪で止めた。

「被告を落ち着かせてください」裁判長が、柚川被告を外に出すよう、指示した。

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