第25話 アピウス街道 温泉街道

「それではフランさん、次の街へ行く準備も整いましたので、宿代とギルドクエストの精算をお願いします」


 約3週間ちょっと『珊瑚の街』にこもり、『深海に至る海の森』ダンジョンを攻略しつづけた。3日程前に目的のアイテム『珊瑚の指輪』を採ることができ、それをギルド受付嬢のフランさんに渡した。あとは2日間、ゆっくり休養していたのだ。


「あの、次は、どの街に……?」


『珊瑚の指輪』を渡してからというものの、フランさんの様子がどうもおかしい。今までNPCだと思って彼女に接していたが、彼女もやはり一人の命・魂ある獣人だなと感じる。『珊瑚の指輪』―― それは『ギルド受付嬢フラン』を仲間にするためのアイテムで、 Trackトラック・ Starスター・ Onlineオンラインにおける隠し要素の一つだった。

 彼女のステータスはトラスタ内でも中々強く、序盤で手に入れられれば多くのダンジョンを効率よく周回できる。もっとも『珊瑚の指輪』を渡してからすぐに仲間になるわけではなく、他にいくつかの条件があるのだが。彼女に渡していた賄賂もといお土産もその一つだ。


「んー、アピウス街道を真っ直ぐ『商業都市プリア』かな。そっから途中、湖を渡ってアピウス街道の後半を抜けて、王都に行く予定だ」


「それでしたら、少々お待ち下さい」


 そう言ってフランは机の引き出しから何かの封書を取り出した。あらかじめ準備しておいたのだろうか?


「商業都市にあるベリンジャー商会へ、私から紹介状です。あの商会は日用品・嗜好品の他、馬車一式も取り扱っています。この紹介状を渡せば色々優遇してくださるはずです」


 驚いた。フランにはそんな伝があったのか。それにしてもこの封書に押されている蝋は、どこかの紋章か?ギルド支部のものだろうか。


「ありがとう。ありがたく頂くよ。むこうに着いたら手紙でも書くよ。ギルド宛にしていればフランの所へ届くんだろう?」


「え、あ、はい。お待ちしております」


 しっぽがぶんぶんしている。やっぱ犬と同じで狼も嬉しいとしっぽをふるのだろうか?いや、フランは狼の獣人であって狼ではないか。んー、いまいち獣人とはなんなのか分からない。ラノベでも買って読むか。トラスタのことだし、どうせ本屋で売ってるだろう。




 ギルドを後にした俺達は、とりあえず徒歩で『商業都市プリア』に向かうことにした。ネット小説ド定番の『乗り合い馬車』なるものを使ってみたいところなのだが、『珊瑚の街』〜『商業都市プリア』間は石畳の街道を整備中になっているらしく、馬車が走れないそうだ。乗馬スキルは持っているが、セリアとシトラスは取得してないため、歩いていくことにした。


「テイル、どれくらいかかりますか?」


「んー、3日間くらいかなぁ。まぁ川沿いを歩いていくし、途中1箇所温泉も湧いてるから、体は清められると思うよ」


「温泉、入りたい」


 この 世界トラスタのスライムは温泉好きなのだろうか。それともシトラスだけなのか。シトラスを観察してたらモンスター博士になれるかもしれない。専攻はスライム学で行こう。


「シトラスは温泉好きなのか?」


「温泉の成分が好き」


 温泉飲みたいだけか。変なスライムだな。いや、まぁモンスターだし人と違うことがあってもおかしくないか。地球でも温泉を飲む『飲泉』というのがあったしな。日本でも各地にあるが、アメリカのアーカンソー州も有名で、フランス・ドイツ・イタリアのヨーロッパ諸国でも飲泉が盛んだとか。なんでも飲泉療法として処方箋が出されるらしい。


「アピウス街道沿いに温泉なんてあったんですね」


「あぁ、俺たちが今いる大陸は活火山があってな。大昔に噴火して、それこそ火山流が街に流れて、まるごとのまれてしまったとこもあるらしい。今は古代遺跡になってる。そういうのもあって、一応各地に温泉があるらしい」


「『珊瑚の街』には無かった」


 シトラスは温泉に目がないな。


「あそこはまだ温泉が湧いてないんだ。ずいぶん掘ってるから、俺たちが生きてる間には湧くんじゃないかな?」


 スライムの寿命ってどれくらいだ?


「楽しみ。湧いたらまた行く」



 しばらく街道を歩いてると、草原地帯が出てくる。石畳に草原。この風景を見ると異世界に来たんだなぁと感じる。いや、それこそヨーロッパに住んでいれば見慣れた光景だっただろうか。俺の中では、地球に居たころスキマ時間にやっていたクイズRPG系のスマホゲーを思い出してしまう。あのゲームのBGM好きだったな。


「馬車が通行止めなのに、行商人はいるんですね」


「物流を止めるわけに行かないからな。荷馬車よりも小型の荷台を引かせて、小さい隊列を組んでるんだろう。この街道は定期的に騎士団が魔物を駆除してるから平和だし、小規模の商隊でも十分流通できるらしい」


「温泉、見つけた」


 シトラスが遥か彼方を指差す。スライムなので指なのか分からないが。よく気づいたな。温泉センサーか?


「ちょうどいい、もう日が暮れてきたし、あの温泉の近くで野営するか」




 アピウス街道の温泉には番号がふられている。ここは王都から一番遠い、アピウス第10温泉。たくさん湧いてるようで街道から外れた所にある温泉もあるので、ただ街道沿いを通っただけでは全ての温泉巡りはできないらしい。シトラスが言っていた。スライムなのにどこでそんな知識を身につけたのだろうか。


「シトラスは夕飯食べないのか?」


「温泉食べた」


「温泉は飲むというのよ」


「温泉飲んだ」


 セリアによる人語教室が始まっているようだ。



 もうセリアやシトラスと一緒に寝るのに慣れてきた。そう思っていたんだが、セリアがNPCではない、という感情が強くなったせいか、一周回って最近は恥ずかしくなってきた。とはいえ、今さら離れて寝ようというのも、何か冷たい気がする。理性が……理性が大事だ、頑張れテイル。



(明日も美味しい温泉、飲みたい)

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