第7話 ゆうべはお楽しみでしたか?

「一晩素泊まり3,000G。夕食・朝食セットで4,000Gだよ。まぁ食堂なんかうちしかないけどね。どうする?」


 一晩素泊まりで3,000Gか。たしかに日本の物価に近いな。いや、地方都市のビジネスホテルより安いだろう。ドミトリーくらいかな?携帯食で済ましてもいいけど、所持金には余裕があるんだ、せっかくだし食堂の飯を食おう。


「飯付き4,000Gで1泊」


「あいよ」


 俺は1,000G硬貨を4枚、受付のおばちゃんに渡す。この硬貨、材質はなんだろう?銀になんか混ざってそうな気がするんだけどな。まぁでも小さいしもしかしたら純銀なのかな? Trackトラック・ Starスター・ Onlineオンラインゲームプランナー兼シナリオライターのプレイヤー名「はじまり」さんも硬貨の材質はテキトーに後付設定だって言ってたし、まぁいいか。


 部屋は思っていたより広かった。いまいち何帖とかいうのはピンと来ないので、シングルベッドがどれくらい入るかでいうと、10個くらい入りそうだった。そんだけ広い部屋にベッド1つ、サイドテーブル1つ程度だ。部屋数も100室くらいあるし、アンバランスすぎないか?いつも通り、ガバガバ設計だな、トリスタ。


「さて、まずはこの2つのタンスだな。チッ、何も無いか…。まぁ今の所持アイテムを考えれば、最初の村で何か拾っても大したことないだろうけど」


 さっそくタンスを調べたけどハズレだったようだ。


 明日の昼過ぎ、精霊祭というイベントがある。そこで村長の娘であるセリアが『はじまりの精霊の冠』を身につけ、協会でお祈りをする。そっからまだ日が浅いうちに酒盛りをして精霊祭は終わりだ。このゲームは何歳からでも酒が飲める。さすがに赤ん坊に飲ませる家庭は無いが、早いとこでは4,5歳。多くの家庭では15歳ころから酒を飲むようになる。俺はステータス画面を見る限りでは18歳になっている。セリアはたしか16歳という設定だった気がする。ガイドブックにはそう書いてあった。1月7日が誕生日だ。これはおそらく春の七草にでもかけたんだろう、「はじまり」先生あたりが。


「それにしても暇だな。穴掘りに行くか」


  Trackトラック・ Starスター・ Onlineオンラインには穴掘りというミニゲームシステムがある。街中以外ならフィールド・ダンジョンで穴が掘れる。穴を掘るとアイテムが湧いてきたり、本当に少しだが経験値が上がる。一時期はゲームをオートプレイさせて、待機時間中ずっと穴を掘らせてるやつとかもいた。オートプレイツールは違法なので、途中から制限されたけど、まぁそういうものはいたちごっこだ。


「行くとしたらあそこだな、『はじまりの草原』にある『はじまりの小道』との分岐点」


 村の門を出ると『門番のオッサン』がチラッとコチラを見てきた。まだ居たのかこのオッサン。はよクビになれ。


 むやみやたらに穴を掘ればアイテムが出てくる、というわけではない。「穴を掘れるだけのエリア」と「穴を掘るといくつかのアイテムが出てくるエリア」、それから「穴を掘ると特定のアイテムが出てくるエリア」に分かれる。序盤ではほとんど掘っても意味が無いのだが、それを知らない初心者プレイヤーがよく『はじまりの草原』で穴を掘ってたりする。まぁ経験値入るからまったく無駄というわけではないが。


「あったあった、ここだ。相変わらず分かりづらいな、まったく」


 草原と小道の分岐点、そこには一定間隔で小石が埋まっていて、その3番目と4番目の僅かな隙間を掘る。そうすると出てくるのだ。


「金の玉の石」


 なぜ金の玉の石、というなのか分からない。金の玉ではダメだったのかもしれないし、なんというかとってつけて石をつけたのだろう。毎度お馴染みあの制作者が。この『金の玉の石』は売値が50万Gだ。初期のプレイヤーの軍資金になる、チュートリアル攻略後のボーナスみたいなものだ。「はじめてのおつかい」イベント、つまりチュートリアルを一通り終わらせないと採掘しても出てこない。


「ん、金の玉の石と一緒に何かの金属でできたっぽい指輪が出てきたな。これまたなんかの宝石っぽいのがはまってる」


 なんだ、こんなアイテム知らないぞ。けっこう Trackトラック・ Starスター・ Onlineオンラインはやり込んできたほうだが。でもまぁ、ここは現実世界だ。ゲームと違うことが起きても不思議じゃない。


「売れるかもしれないし、持っておくか…」


 今回所持金は400万G以上ある。それにバグで『はじまりの精霊の冠』を手に入れたので、本来の購入代金である2万Gは全く減っていない。それでも金はあるほうがいい。早めに拠点となる『ホーム』を手に入れたいからだ。レベル上げのためにダンジョンへ潜って周回するから金も入ってくる予定だが、分かりきった場所で穴掘って金が入るなら、そのほうが良いだろう。


「あ、テイルさん」


 振り返るとそこにはセリアがいた。


「やぁセリアさん先ほどぶりです。村の外まで、どうしたのですか?


 さっきお父さんの件を無視したのは、気にしてないのかな。


「『門番のオッサン』にクビを宣告してスッキリしたので、お散歩にきました」


 おおう、オッサンクビになったのか。しかし、ものすごいさくっとクビにしてきたな。


「それはそれは。あのオッサンは僕も正直イラッとしてたので、よかったです」


「ふふふ」


「ははは」


 なんだこれ。


「良かったら、村まで一緒に戻りませんか?」


「えぇ、ぜひ。あぁ、ところでこの指輪、もし良かったら受け取っていただけませんか?」


 俺はさっき拾った『謎の指輪(仮)』をセリアに渡した。直感ではこの手の指輪はどの指にもつけられるはずだ。こう、相手の指のサイズに合わせて魔法みたいなのでうまく変化するんだ。そうネット小説に書いてあった。


「まぁ、いいのですか。ありがとうございます」


 今日初めて会った男から指輪渡されて、しかももう婚約指輪の所につけてるよ。いいのかそれで。



 その晩、なぜかセリアは俺の部屋に来た。いつ用意したのか、枕が増えていた。さすがにそれはまずいだろうと思ったのだが、なんというかこう、NPCらしき人たちがうじゃうじゃ廊下にあふれて追い出せなくなってしまい、とりあえず同じベッドで少し離れて寝ることにした。なんか泣いてたなセリア。明日の精霊祭が不安だったのかもしれないな。柴犬みたいなぬいぐるみ抱えてたし。





―― 翌朝


「ゆうべはお楽しみでしたか?」


「何もしてません」


 何だこの定番のセリフみたいなのは。

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