日向品其之肆 おらだち最期の仕事! 之巻
「待たんかこらああああああああ!」
ひー! やっちまっただやっちまっただ! こりゃまた、てげえ腕の門守りさね! 雪の上に足跡ば残さんで走っても食らいつきよる。
あん? おらは
って、今はそんなことどうでもえっちゃ! 関所超えて筑紫島まで行こう思とったら、城州で関所破りがバレた!
突然足音が消えよった。何ぞ刺客でもいるところに追い込まれたかんね。取りあえずひょひょいと百日紅を登って、辺りを見回す。……特に怪しい人物はいないけんど、敢て言うなら、門守を射殺したらしい浪人が何人か弓を構えちょる。じゃあけど、怪しくはないんよ。何でって、そりゃあんなに堂々と、『おら達がやりました』って、山ン中とはいえ突っ立ってるダラはいんちゃよ。
「門守りは殺しました。浪人の方のお仲間の、
あのダラ共、簡単に人の名前教えやぁって。
「おらの仲間の名前、言ってみろ」
「こちらで保護しましたのは、
「何が目的じゃ? 仕事でもあんにか?」
「はい、あります。多くの武士の誇りを取り戻すための戦いに、志を高く持った方々を保護しています」
「お
「私共の人情分、と」
成程な。
「楽しそうじゃ。乗ったで嬢ちゃん。おらも連れてってくろ」
そこから、おらが
まあ、難しい事は抜きにして、要するに増え続ける浪人、つまり元武士に、矜持を取り戻させるための反乱を企てている、というこっじゃな。ただ、この計画、
んで、幸か不幸か、役人から逃げてる子供を捕まえよってんよ、まあこの子供がお誂え向きに
「それで? 今のところの主戦力は分かってんのか? 嬢ちゃん達」
「強敵の
そう言って、
「一体目は、通称『
「…………」
「
顔色の悪い二人に、
「二体目は、通称『イペタム』。蝦夷の言葉で、刀の妖怪の意味なのですが、本当に刀の
イペタム? なんぞどっかで聞いたな……。
「もしこの二体を武士道が討伐すれば、国はその功績を称え、武士を浪人になんかさせない筈なのです。そうすれば浪人が無駄な罪を犯すことは無くなります。この国は――」
「ぼくは反対です……」
それまで黙っていた
「あ……っと、そうではなくて、ぼく達はこの城にいない方がいい、ということです……」
「しかしこの
「失礼ですが、
「? その様な事はございませんよ、
あ、と、
「とにかく、決戦は明日でございます!」
「大丈夫です。あの方々は徳の高いお坊様」
「へえ、じゃあこの
おらとしては
「そうではありません。今宵は
そう笑った
そして夜、おら達は
「
思わずおらと
「だけど、この仕事だけは駄目だ……。ぼくは、皆とまだ旅がしたいし、あまりに危険だ……」
「ぼ、くへんに、でらのか?」
「先見、急々如天子令」
ビシャッ!
驚いた
「この仕事の未来には、地獄が待ってる………本当にぼくは皆が心配なんだ……。だから、」
「うっげえ! マッズ! 河豚食った後でさえこんな不味いモン食わねえよ!」
「
「いつの間にそんな
「関所破りの前にちょいと……」
「その所為で見つかったんかー!」
「ぎゃー!
「ぶっ殺す! 舌根抜いてやるわー!」
「いいいやああああ! タスケテー!」
「…………いいよ、もう……。ぼくが怯えてただけだから………そうだよ、皆なら大丈夫……」
そう言って
しかしまあ、
…………。ま、寝る必要なんかないんじゃが。
「来ないね……」
「ぐおおおー……。ぐがあああ……」
「黙りゃ
「お、おいら一匹しかわかんな――」
ドフン!
「もちっと身軽じゃなきゃなんねえなあ、女武者さんよ。トドが迷い込んできたのかと思っちまったぜ? 脂の乗った不味そうな奴」
不覚、と、無念を呟くことだけは許してやり、
「
「応」
おらが二の丸庭園に飛び出すと、途端にでら重ゃあ圧がかかった。気ば張っても息苦しい。ただの刺客だったのは、さっきの一匹目のとっかりだけじゃったな……。
「
「何じゃ、男にフラれて蛇にでもなったか」
すると
「如何にも! 妾は天下の将軍より求められ呼び寄せられし
「そりゃええの! おらン炎と勝負じゃ!」
相変わらず降り続ける雪が、おらの苦無の炎を熱く冷たく焦がす。その炎は白い熱と青い灼けつく炎に包まれ、おらの拳をじりじり焼いた。でもこれくらいしねえと、負ける!
相手の炎を薙ぐ力はおらにはねえ。そうなると、脚を使って――あ、ありゃ?
「少し遅いわ、
おらの脚が、真っ黒になって、それは布を水が上っていくようにあっという間に膝まで来た。立ち上がれん。臓物が重く――。
「ひは! ざまあない、あっけない! 一度は妻成れど母成れど、鬼に成り果てられぬは所詮その程度の
おらの言葉はそのまま魂として出て行った。
どうやらおらの身体は、石になって砕けたらしい。女子同士の勝負に負けて石になるなんて確かに悔しゅうて悔しゅうて堪らんが、とにかく今はアシカどころか海坊主が出た事を何とか伝えにゃあ。魂だけでどれだけ残ってられるかわからねえもんよ。
唐門の方から、鈍い音が聞こえてきた。
せや、
それにしても、魂ちゅうのは不思議じゃの。急流下りみたく早く、土の中の蛇みたく滑らかに動ける。
……ん? おら、こんおっさん知っとる……?
「こ、この、畜生、おいらみたいな半人前に本気出しやがって、大人気ないぞ!」
するとおっさんは、ズズッと三歩摺足をして距離をとり、構えを変えて名乗りを上げた。
「此は失礼。我が名は既に久遠に消えせしめ、今は時の将軍より望まれその手足として顕現した。この城の者よりは、
「へん! そんな名前知らねえやい!」
こんダラ! んなダラダラ冷や汗かいて何虚勢ば張っちょる、何遍も教えたやにき、逃げることは何も恥ずかしかねえ! おらを入れろ! それか
「その方とは以前会ったやも知れぬが、今は呪禁に縛られる身。将軍の千年安政の為の礎になるべく贄とならん。定めしこの城に集いし者ら全て、須く人の世には戻らざりし」
「がふっ!」
「……哀れな幼子よ。背を砕からば、
内側から真っ二つにおられた背が、全ての痛みをおらから奪う。消えていく。
「
「あほ、もう死んどるわ」
「ぎゃー!」
「
スーッとまた、おらは魂だけになる。うん、降霊術なんかやっとるからかね。おらより
「
「阿呆、もう人情分貰っとったやろ。おら達はおら達のやり方で仕事して、失敗しただけじゃ。あの食い意地ダラでも
それを聞いて、
「そうだ、
「あん? なんぞ?」
「おいらが門にいた理由! 行かなくちゃ!」
ひゅーん、と、
キン、キキン、と、鎬を削り合う音がする。多分、
「くそ……っ! もう一発、
十万億土を並んでいるかのような、すさまじい数のイペタムが、階段で背水の陣を極めている
「
「
もう
「これで纏めて吹き飛ばす! 二階へ行け! ――応えろ
「
「だめだよ
「な……! 嘘、だろ……」
きらきらと部屋の中が光り出す。けんど、そりゃ雪が入ってきたわけでも何でもない。部屋の中は、まるで天井でも取っ払っちまったかみたいに冷えて冷えてこわいが、その光の正体には
この光の反射でしか見えない物は、イペタムじゃ! 砕けて死んどらんかった! 寧ろ砕けた所為で、数が何倍にもなってもた!
「く、くそ……。
右目を押さえつける手に光の刀を握り、おらでさえ聞き取れない位の声で言霊を唱える。それでも
「
「
朧な
「そういえば
「あ! それそれ! 魂だけになった今なら、
その時、ひゅーっと、
「あ――――ーれえええええ――ー!」
「凄ぇ力じゃ!
「うぉぇぇぇえ? なんで回ってるの俺ー!」
おらだちはそのまま吹っ飛んでいった。
「おめでとう、皆……。さようなら……」
目が潰れたのかのような光に吸い込まれる時、
ちゃぽーん……。ちゃぽーん……。ちりりん……。
うー、まだ目がくらくらすんなあ……。でもなんか、肌触りのいいとこに寝取ったみたいじゃ。……ふむ、こりゃ蓮じゃな。蓮の花弁の船じゃ。見渡すと、残りの二人もいた。起こす間もなく、それぞれ起き上がる。
「おえええええええっ! な、なんだあれ……。生きた心地しなかったぜ……」
「あたぼうよダラ。おらだち死んだもんよ」
「あー、やっぱそう……。なんかこう、観音様がふーっと俺を助けてくれた気がしたしな」
それ
「……
「へ? ……あれ? あれっ? 何で俺着物着てないの? なんで褌もないの? てか俺のちんちんどこいったの?
「わ! おいらのちんちんも無くなってる!」
ピーッと泣き出した
「おん? おい、あそこでヒラヒラしてる柳についてるの、俺たちの着物じゃねえの?」
「めでたきな、めでたきな。あなめでたき」
「ぎゃああああ――ー!」
驚いて三人で飛びつく。目の前には綺麗な観音様がいらっしゃった。
……ん? 着物が吊るされた木、観音様……?
「もしかして
「如何にも。聡明な娘よ、気高き武士よ、賢しき童子よ。汝らの徳は遂に、遙か那由多の先の
「ちょい待って下され、
「はい、そうですよ」
「つまり、三人だけでごんすな?」
「然様」
ふーん…………。おらだちは顔を見合わせた。
「
「うん」
「
「応」
よいしょ、と、赤子のように丸まった
「何勝手なことしてくれやがんでえこの
「押忍!」
ばしゃん、と、河の中に落ちた
「おい! 河の奈落が見えてきたぞ!
「やっぱり城毎変な場所に移動させられてたんだ。おいら分かる、
「おっしゃ決まりじゃ、よろず屋最期の仕事、派手にぶっ放すぞ、突撃じゃああああああ!」
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