第十三話 宣戦布告
「あなた方には理解できないでしょうが、悠久の時を生きる不死者に気紛れは付き物なのです。地下迷宮からカナタが出ていった後は元の生活に戻るつもりでしたが……ただ、カナタが出ていった後に、偶然外から強い魔力を感じたので、調査のために外に出ることにしました。マナラークの蜘蛛の魔王騒動は、ニンゲンのあなた達の間でもちょっとした騒ぎになっていたことでしょう」
ルナエールが冷たい口調で、ポメラ達へとそう言った。
「……なるほど」
ロズモンドが深く頷いた。
誰も何も言わず、なんとなく沈黙が続いていたので、ルナエールが話しやすいように相槌を打ってくれたのだろう。
「その際にちょっとした気紛れでカナタの様子を見に行った際に、どうにもカナタを付け回している連中がいるらしいことに偶然気が付きました。それ自体は冷酷な不死者である私は別に気にも留めなかったのですが、どうやらその相手が世界を好き勝手に引っ掻き回しているようでしたからね。気分が悪かったので、私の悠久の時間のほんの暇潰しとして、拠点を暴いて襲撃することにしたのです」
「うむ、ようやく全てを理解した」
ロズモンドが再び頷いた。
やはりロズモンドは優しい。ルナエールによる説明はかれこれテイク七回目なのだが、ロズモンドのフォローがなければ倍近い時間が掛かっていたかもしれない。
「随分、気紛レト偶然ノ多イ不死者ダナ」
「ノーブル、今は黙っててください」
俺は素早くノーブルミミックの蓋を押さえた。
テイク数の半分はノーブルミミックのせいである。
「あの……カナタさん、これ、どうなるんですか? さっきの仮面の人が、上位存在の手先である、敵の親玉だったわけですよね? もう安全ってことですか?」
ポメラが俺へと尋ねる。
「拍子抜けですが、ヴェランタ達がこの世界の災いの大半を操っていた黒幕のようでしたので……。これ以上は何も仕掛けては来られないはずです」
元々ルナエールに再会できれば彼女にヴェランタ率いる《神の見えざる手》のことを相談するつもりではあったが、ここまで呆気なく解決するとは思ってもみなかった。やはりルナエールは別格である。
そのとき、俺が頭を押さえているはずのノーブルミミックから声が響いてきた。
「愚かな……こんな真似をして、ただで済むと思っているのか? そなたらは火の粉を払ったのではない。この世界の全てを巻き込む地獄の業火……そこに通じる扉を開いたのだ。賽は投げられた……もう後戻りはできんぞ」
一斉に周囲の目がノーブルミミックへと集まる。
俺が手を放すと、ノーブルミミックの口が大きく開いた。中から縄で全身を雁字搦めにされた状態のヴェランタが、すっと首を伸ばした。
「余の目的は、この愛しきロークロアを存続させること……それだけであった。だというのに、そなたらは深い考えも信念もないまま、全てを荒らして台無しにしようとしている。自らの行いとその責任、その意味さえ理解しないままに。これほどまでに悍ましく、そして稚拙な悪徳があろうことか」
「ヴェランタ……!」
「そなたらはこれまで紡がれてきたロークロアの歴史の全てと共に、心中しようとしているだけに過ぎんというのに。いや……ああ、しかし、これが負け惜しみだということは理解しておる。力を持った人間が好きに暴れていれば、いずれこのロークロアが滅ぶことなど自明の理。それを管理するための我々であったが……我はついに、それを果たすことができんかった。ロークロアの命運は、そなたらの未熟な精神とありふれた恋慕に託されたというわけだ。既に手綱は余の手より解け落ちた。せいぜい後悔せぬ選択を取るがいい」
凄く大事なことを話しているはずなのに、本人が宝箱からひょっこりと身体を出している状態のせいか、まるで話が頭に入ってこない……。
「……ノーブル、その人をそこから出してあげることは可能ですか?」
「目ヲ離スト何ヲスルカ、分カラン奴ダ。コレガ安全ダ」
ノーブルが首を振る。
「この男……ヴェランタは、変わったアイテムを複数隠し持っていました。ノーブルは魔法に強い耐性を持ち、身体そのものが一つの異次元のようになっています。いわば強力な結界です。危険人物を捕えておくのに都合がいいんです」
「なるほど……」
……では仕方がない。
安易にそこから出すわけにもいかないだろう。
本人に何かしらの信念があろうと、世界に災厄を齎してきた怪人であることには変わりないのだ。
それに、まだ何か奥の手を隠していないとも限らない。
「もっとわかりやすく言ってやろう。上位存在の手先に過ぎない我々が、何故このロークロアの黒幕であると考えた? 我とてロークロア創世から居合わせたわけではない。《神の見えざる手》の面子が入れ替わることなど、別段珍しくはない。この世界の真の支配者は《神の見えざる手》を操る上位存在だ」
ヴェランタは言葉を続ける。
「上位存在はロークロアを見世物として成立させる必要があり、そのため手心を加えていたに過ぎないのだ。
「…………」
ヴェランタに以前会ったときに警告されたことでもあった。
上位存在がロークロアの世界に飽きてしまえば、この世界は丸ごと消去されることになる……と。
ただ、俺には徹底して抗うか、大人しく殺されるかの選択肢しかない。
消極的に、上位存在が手心を掛けてくれるのではないかという方に考えて行動する以外に術がなかった。
「我にはわかるぞ。上位存在はこれより……恥も外聞もなく、この世界の布石の全てを用いて、そなたらを殺しに掛かる。このロークロアは地獄と化すだろう。そなたらに、本当にその覚悟があるのだな?」
「俺は……」
返答に詰まってしまった。
本当に、上位存在に抗い続けることは正しいことなのだろうか。
許せない、非道な奴らであることは疑いようもない。
だが、このロークロアを存続させているのは、そんな連中なのだ。
上位存在の思惑を完全に否定して抗い続けても、ロークロアの全てを道連れにすることになる。
「私にはありますよ」
ルナエールがヴェランタへとそう言った。
「私はヴェランタ……あなた達のことを知った時点で、世界の全てを敵に回してもカナタを守る決心は付いていました。世界に好き勝手に災厄を齎している存在がいるのなら、私にとっても怨敵ですから、むしろ手心を加える道理がありません」
ルナエールはあっさりと、これまでのどこか頼りない調子とは打って変わって力強く、ヴェランタへと向かってそう断言した。
「カナタは、むしろそんな奴らに折れてしまってよいのですか? 聞いたところ、その連中は、私の身をも狙っているのでしょう? カナタは、私のことを愛していると言ったのですから。その責任を取って、守ってもらわないと困ります」
「ルナエールさん……」
弱気になった俺を鼓舞するためだったのだろう。
ルナエールの様子に恥じらいはなく、彼女は真っ直ぐに俺の目を見てそう口にした。
「愚かな答えだ。結局は全てを巻き添えに、そなたらも命を落とすだけだというのに……」
ヴェランタが呆れたように首を振り、深く息を吐いた。
「何故、あなたはロークロアのことを愛しいと嘯きながら、それを踏み荒らす上位存在に与しているのですか?」
「連中に敵うと思っているのか、不死者の娘よ? 無限の世界を娯楽として管理する、文字通り次元の違う相手だ。どれだけ強大な力を有しているのかも測り知れん奴らだというのに」
「何故敵わないと思っているのですか? どんな力を持っているのかも知らない相手だというのに」
「なっ……!」
ヴェランタはルナエールの答えに意表を突かれたらしく、間抜けな声を上げて、しばらく沈黙していた。
「狂っておる……考えるまでもなく、無謀だというのに。ああ、こんな奴らにロークロアの命運を握られることになるとは!」
少し間を開けてから、ヴェランタは吐き捨てるように口にした。
「無謀だの、割に合わないだの、おかしな言葉ですね。世界には代わりの利かないものに溢れているんですよ。あなたが平穏の犠牲として切り捨ててきたものの中にも。ヴェランタ、そんなことさえわからないのならば、あなたはきっと、人を本当に愛したことがないでしょうね」
「…………」
ルナエールの返す言葉に、ヴェランタは閉口する。
ヴェランタのこれまでの言動から考えるに、彼は本当にただ、ロークロアを存続させたいが一心で行動してきていたのだろう。
そして彼は、自分が切り捨ててきたものの犠牲の意味に、一切思考を払ってこなかったはずがない。
ルナエールの指摘したことは、彼自身も既に考えていたことだったのだろう。
「あはは……本当に、とても敵わないですね……」
ポメラはルナエールを見ていて、そう寂しげに苦笑した。
「やりましょう……カナタさん。相手がどれだけ強大な存在なのかはわかりませんけれど……わからないからこそ、挑戦する価値があると、ポメラもそう思うんです。上位存在だかなんだか知りませんけど、ぶっ飛ばしてやりましょう!」
「少し弱気になってしまっていました。ありがとうございます……ルナエールさん、ポメラさん」
そうだ……俺が抗うことを諦めれば、ルナエールも恐らくは命を狙われることになるのだ。
これが正しい決断なのかどうかはわからない。
ただ、俺は世界を天秤に掛けられていたとしても、最愛の人の命を狙われて、大人しく命を差し出すような真似はしたくない。
「俺も決心がつきました。ここまで来たんです。上位存在が直接目前まで出向いて来るなら、叩き伏せて追い返してやりましょう!」
俺はそう宣言してから、目を細めた。
どうせナイアロトプは、俺のこの言葉も上次元から監視しているのだろう。
連中がどんな手を取ってくるのかはわからない。
だが、俺は俺のできることを全て用いて、俺にとって大事なものを守るだけだ。
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