第十四話 観測者と無窮の愚者達(side:ナイアロトプ)
白いただっ広い空間の中、ロークロアの管理者の一人であるナイアロトプは、呆けたように宙を眺めていた。
「ああ、完全に終わった……それも、こんな形で……」
ロークロアにおけるナイアロトプの代行者……《神の見えざる手》は、ルナエールの手によって完全に解体された。
元々自身の代行者である《神の見えざる手》を、他の神々の注目を集めている異世界転移者に直接ぶつけるなど、禁じ手の中の禁じ手であったのだ。
その禁じ手を切ってカナタにぶつけたが、これからという場面で突然ルナエールのぶっ刺した横槍によって全て無に帰してしまった。
直接ナイアロトプらが干渉すればカナタ達を葬ること自体は難しくない。
だが、それをしてしまえば、クリエイター側がいくらでも干渉して軌道修正を行える、彼ら神々にとっての『旧時代のエンターテイメント』になってしまう。
何でもアリであることを運営側が示してしまえば、急速に異世界ロークロアは他の神々からの関心を失ってしまうことだろう。
しかし、だからといって、カナタ達を放置しておくことなどできるはずもない。
桁外れの能力を有した人間が好き勝手に暴れれば、異世界ロークロアの瞬間的な注目度は跳ね上がるだろうが、そんな大味な人気の集め方は長くは続かないとナイアロトプは知っている。
仮にちょっとカナタやルナエールの人気が継続したとしても、今後の収益を考えれば大幅なマイナスなのである。
なにせ、異世界ロークロアは今後数万年、数十万年と続ける予定のコンテンツであるのだ。
レベル五千の異世界転移者が散々暴れて神に楯突いて無罪放免を勝ち取ったとして、そこまではいい。
だが、彼らがいなくなった後の世界で、レベル百少しの異世界転移者の人生を熱心に追おうと思う神々はいないのだ。
上位神はほとんど全知全能であり、彼らはそれ故に非常に飽きっぽい。
ナイアロトプが退屈そうに指を鳴らす。
彼の目前に映像が広がった。これは《メモリースフィア》といい、既に他の神々へと配信された異世界ロークロアの記録である。
そこには、竜王城でルナエールから話を聞くカナタ達の姿があった。
「……上位存在を倒す? ただのニンゲンが? 僕に刃向かうなど馬鹿な話を。虫けらが竜に挑むようなものだというのに。こっちは君達なんか、その気になれば世界丸ごと消去できるんだよ! 忌々しい……!」
カナタやルナエールの言葉を聞き、ナイアロトプは不快げに眉を顰める。
「いや、そもそもが、お前達ゴミ虫共のせいでロークロアが消失するかどうかの瀬戸際なんだよ! こっちは僕が何かをするまでもなく、いや、何かしなければ消える存在なんだよ! 被創造物如きが、創造主に偉そうな口を……!」
ナイアロトプは《メモリースフィア》を広げてぼうっと観察し、たまに画面越しに罵声を浴びせる程度で、それ以外は特に何もせずにいた。
いや、できないのだ。
《神の見えざる手》の五人が、ナイアロトプの動かせる最強の手駒であった。
彼らでどうにもならなかったのであれば、もう詰んでいるのだ。
加えて何故か、主である上位神からの連絡も止まっていた。通常、こんなことはあり得ない。
考えられるケースは、既にロークロアというエンターテイメントの打ち切りが確定しかかっている可能性が高い。
たらればではあるが、もっと上手く《神の見えざる手》の五人を使っていれば、充分カナタとルナエールを追い詰められていたはずであった。
この期に及んであまり露骨な真似は避けたいと出し惜しみにしていたのが悪かった。
いや、《神の見えざる手》の五人個人の采配も最悪であった。何よりルナエールへの対処があまりにも後手に回っていた。
結果的に全てが悪いように動いたとしか言いようがない。
逆にそうでなければ、きっとここまで縺れ込む前にカナタ達を排除できていたはずであった。
「……久々に《ゴディッター》でも見るか」
ナイアロトプはぽつりと呟き、空間を指で摘み、手を掲げる。
周囲に大量の画面が展開される。そこにはひっきりなしに言葉の羅列が流れている。
神々の間で流行っているSNSの《ゴディッター》である。
長らくナイアロトプは《ゴディッター》を目にしていなかった。
神の世界では名声と娯楽こそが全てである。
生物が直面するであろうあらゆる問題を高度な魔法技術によって解消してきた神々にとって、最後に残った生き方が『名声』か『娯楽』の追求であったのだ。
ナイアロトプ達のように、娯楽の提供によって神々の間での地位を高めようとする者も珍しくない。
カナタの問題が悪化し、上司である上位神に矢面に立たされてから、《ゴディッター》はナイアロトプを嘲弄する声で溢れていた。
名声を重んじる神々の一員であるナイアロトプにとって、これは耐えがたい屈辱であった。
ただ、今は異世界ロークロアが消去されるか否かの瀬戸際である。
もし異世界ロークロアが消去されるのであれば、自身の立場もどうなるのかわかったものではない。
上位神へと成り上がる好機は永遠に剥奪されるであろうし、なんなら下手をすれば自身の存在も異世界ロークロアと共に処分される可能性さえある。
上位神にとって、ナイアロトプのような下位神はただ使い捨てできる労働力でしかない。
今回の事件で汚名が付いたナイアロトプをわざわざ残すメリットは薄いのだ。
とにかく、現状の異世界ロークロアへの神々の世論を確認しておかねばならなかった。
ナイアロトプがどれだけ下手を踏もうが、周囲が面白がっている間はロークロアは消去されない可能性が高い。
……もっともそれでも、異世界ロークロアのエンターテイメントとしての寿命を急速に削っていることには違いがないため、焼け石に水程度のものではあるのだが。
「《ゴディッター》の人気ワードは……一位が『ルナエール』、二位が『カナタ』、三位が『ナイちゃん無能』……なるほど、話題性自体はむしろ上がっているのか……」
ナイアロトプは死んだ目で《ゴディッター》の文字列を追う。
短期の人気ワードランキングだけではなく、長期にも食い込んでいる。
《ゴディッター》は神々の中でも暇を持て余して娯楽に飢えた厄介な連中ばかりが集まっている場なのだが、しかし神々の世論から大きく乖離しているわけではない。
異世界ロークロアの知名度自体はどうやら急上昇を続けているようであった。
ナイアロトプは《ゴディッター》の文字列を追っていく。
『ナイちゃん無能』
『ここまで拗れさせられるのは天才だと思う』
『次にどんなポカ起こしてくれるのか楽しみ』
異世界ロークロア関連の話題の内、多くはナイアロトプへの罵倒であった。
ナイアロトプの主が『カナタVSナイアロトプ』の構図を作って押し出したためナイアロトプを小馬鹿にしたものが増えるのは当然ではあるのだが、それにしても異様な数であった。
「他人事だと思って好き勝手言いやがって……」
ぽつりとナイアロトプは呟く。
『もしかしてロークロア運営馬鹿なんじゃないのか?』
『カナタ騒動の前から俺は気付いてたぞ』
『話題性作りのためのヤラセでしょ。こんな無能いるわけがない。俺は賢いから騙されない』
ナイアロトプは思わず、《ゴディッター》の画面を強打した。
「それで長らく続けてきた異世界の寿命が縮んだら意味がないだろうが! こっちはお前達なんかより百倍は考えて運営してるんだよ!」
声を荒げて画面へと怒鳴りつけるが、当然返事は来ない。
大抵こうした《ゴディッター》投稿に明け暮れている神々はそれなりの権力を有した上位神が多いため、声が届いたら届いたでそちらの方がナイアロトプにとっては問題ではあるのだが。
ナイアロトプはしばらく怒りで肩を震わせていたが、手で画面を触れて別のページを開き直す。
自分に関することばかり調べていたら怒りでどうにかなりそうだった。
それにナイアロトプ自身に関することよりも、ロークロア全体に関する評判の方が遥かに大事であった。
『カナタがついに上位存在倒そうとしてるってマジ? 盛り上がってきたな』
『ルナエールちゃん健気で可愛い』
『いいぞ、神様気取りの上位存在ぶっ倒せ!』
『俺らの事だぞ』
ロークロアに対する書き込み自体は、以前見たときよりも遥かに盛況なものになっていた。
内容の無責任さはいつもの《ゴディッター》ではあるが、異世界ロークロアに対して好意的なものが多い。
「内容に対して前向きなものが多いのはありがたい……」
ナイアロトプは長らく神界ネットを断っていたためこのとき初めて知ったが、どうにも異世界ロークロアに対する注目度は、彼の想像していた何倍もに跳ね上がっていた。
神々の間で異世界ロークロアが『自身らに楯突いて自由を勝ち取ろうとしている異世界転移者の物語』として受けている様子であった。
「これはもしかして、どうにか延命を図れる余地はあるのか……? どうだ……どう転がろうとしているんだ? そもそも主様は、どうしてこの大事な時期に僕に対して何の連絡も……」
「随分と大きな失態を犯してくれたな……我が眷属よ。まさか、《神の見えざる手》を完全に抑えられるとはな。あれが最後のチャンスだと、散々伝えたつもりなのだが」
そのとき、不意にナイアロトプの許へと声が響いた。
彼の主の上位神であった。
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