第十一話 再会
ラムエルとの面会が終わり、俺達は竜王城の門の前へと移動してた。
あの後もラムエルへの質問を重ねたのだが、『ノブナガの戦い方と切り札について』と、『俺では《神の見えざる手》には勝てない』ということしか結局聞き出すことはできなかった。
元々ノブナガについてしか話すつもりはないというのは、以前よりラムエルが口にしていたことであった。
これ以上の問答は無意味だろう。
「ラムエルと面会させていただいてありがとうございました。これで少しは連中のことがわかった気がします」
俺はリドラへと頭を下げた。
「少しでも貴殿の力になれたのであれば幸いだ。宿を手配させよう。そこにしばらくは泊っていくがいい」
「いえ、やっぱり俺は桃竜郷からは出ようと思います。ここは神聖な地ですし、迷惑は掛けられません。それに……こっちから奴らの居場所を調べてみたいんです。襲撃を待つだけ、というのもあまりいい気分ではありませんから」
「そうか……すまないな」
リドラは複雑そうな表情でそう口にした。
内心、安堵する気持ちもあるのだろう。
リドラは竜人の長として、ここ桃竜郷がノブナガに荒らされることは、絶対に避けたいはずだ。
ラムエルの話すノブナガは、世界の管理者でありながら、暴虐の化身そのものであるという話であった。
戦場となった場所が無事で済むとは思えない。
「……ポメラさんとフィリアちゃんも、どうしますか? ここからは、今までとは比にならない程に危険な奴らと戦うことになります。巻き込むわけには……」
俺の言葉を聞いて、ポメラはきょんとしたように目を丸くした後、くすりと噴き出した。
「ずぅっと前にも言いましたよ。ポメラはカナタさんにもらった恩がありますし……それに、本当に困ったときにこそ力を貸すのが仲間じゃないですか! カナタさん一人じゃ手に負えない相手かもしれないっていうのなら、猶更離れるわけにはいきませんよ!」
「ポメラさん……」
「それに、これまで一番死ぬかと思った窮地はマナラークの《人魔竜》騒動でもラムエルでもなく、《歪界の呪神》の悪魔ですから、今更ですね……。世界の管理者から命を狙われているって聞いても、なんだかピンと来ないんです」
ポメラが感情の死んだような目でそう零した。
「あ、あははは……」
ポメラの言葉に俺は苦笑いした。
「フィリアも、フィリアもカナタ守る!」
フィリアも快くそう意気込んでくれた。
「ありがとうございます、ポメラさん、フィリアちゃん……」
ポメラのレベルは1032、フィリアのレベルは2944だ。
ノブナガにとっても決して軽視できないだけのレベルは有しているはずだ。
二人が援護してくれれば、一人で戦うよりも遥かに勝算は高い。
「……それで、さっきの今で言い辛いんですが、またしばらく《歪界の呪神》でレベル上げを行ってもらってもいいですか?」
俺の言葉で、ポメラとフィリアの表情が凍り付いた。
「カ、カナタしゃん……もうレベル上げは充分なんじゃ……」
ポメラが震える声でそう口にする。
「いえ……今のポメラさんのレベルなら、《歪界の呪神》でまだまだ上げられるはずですし……」
「フィ、フィリアは鏡の中、いかなくていい……?」
珍しくフィリアの表情が怯えている。
「できればフィリアちゃんも、ポメラさんの補佐をしてあげてほしいなと……」
俺の言葉を聞いて、フィリアががっくりと項垂れる。
「我も力は及ばんだろうが、貴様らの旅路を見届けさせてもらって構わんか? ここまで付き合った仲だ、知らぬところで死んでいたでは気分が悪い。なに、我が身くらいはどうにか守ってみせる」
ロズモンドがそう口にしたとき、ポメラとフィリアの視線が彼女へと集中した。
「な、なんだ貴様ら……?」
ポメラとフィリアが、がっしりとロズモンドの両肩を押さえる。
「カナタさん、カナタさん! ロズモンドさんも協力してくれると言っていますよ! 道連れにしましょう!」
「お、おい、ポメラ、今、何か物騒な言葉を口にせんかったか!?」
俺とヴェランタの、個人の平穏と、世界の安寧を懸けた戦いは既に始まっている。
圧倒的な優位性を誇るヴェランタ相手に、本当に俺に勝機があるのか、そもそも本当に俺が勝ってしまっていいのか、その答えはまるでまだ見えていない。
ただ、悪いが俺も、黙って殺されるわけにはいかない。
振り返ってみれば、これまでの難敵達の大半はナイアロトプの差し金であった。
魔王マザー、屍人形のアリス、空界の支配者ラムエル、
きっとこの《神の見えざる手》との戦いが、俺とナイアロトプの最後の戦いとなるのだろう。
「近い内に、またヴェランタと再会することになりそうだな……」
俺がそう口にした、正にそのときであった。
魔法陣の光が辺りに走る。
俺はその眩さに、目を手で覆った。
「これは……!」
魔法陣の光と共に、金色の輝きを帯びた門が現れた。
俺はこの門に見覚えがあった。
ヴェランタが空間転移に用いているアイテムである。
「《神の見えざる手》です! 早速乗り込んでくるなんて!」
俺は《英雄剣ギルガメッシュ》の柄へと手を触れた。
門を潜り、何者かが姿を現す。
「あなたは……」
俺の横を駆け抜け、リドラが黄金の門へと突進していく。
「結界を巡らせたこの地に易々と転移してくるとは! しかし、上位存在の遣いとあれど、この桃竜郷に渾為す者には容赦せぬ!」
リドラは身体を舞うように回しながら、大きく爪を伸ばした。
「竜技、《
リドラの振るった爪撃。
しかし、門を潜った人物はあっさりとその手首を取り、リドラを地面へと引き倒した。
「おぐっ!?」
リドラの身体より鈍い音が響く。
「おや……すみません、どうやら竜人の秘境の地であったようですね」
「ル、ルナエールさん!?」
ヴェランタの黄金の門より現れたのは、なんとルナエールであった。
《
「侵入した挙げ句、暴力を振るう形になってしまったなんて……。カナタの顔を潰すことになっていなければよいのですが」
ルナエールが困ったようにそう口にする。
「ル、ルナエールさん、どうして此方へ!? 今まで何をされていたんですか? それに、その門……《神の見えざる手》の頭目の用いていたものなんじゃ……!」
「ヨォ、カナタ。久々ダナ。マ、コッチハ、チョクチョク見テタンダガ……」
ルナエールの後に続いて、豪奢な宝箱の姿をした魔物……ノーブルミミックが現れた。
「ノーブルまで……!」
ノーブルミミックの身体が少し膨らんだかと思うと、ぺっと口の中から何者かを吐き出した。
吐き出された人物は身体を鎖で雁字搦めにされており、ぐったりと、力なく床の上に転がった。
見覚えのある円形の仮面が顔には付いてる。
見紛うことなく、《神の見えざる手》の頭目であるヴェランタであった。
「ええ……」
思わず声が漏れた。
なんだか意気込んで色々決心していたところで、まさかその相手がこうして無惨な姿で俺の前に転がることになるとは思わなかった。
「ルナエールさん、これ、いったい、何が……」
「蜘蛛の魔王騒動の後に《
ルナエールが腕を組み、得意げな様子でそう口にした。
どうやら頭目のヴェランタだけではなく、既に《神の見えざる手》は壊滅している様子であった。
《神の見えざる手》については俺の手で負える相手だとも思えなかったので、ルナエールを見つけて相談に向かわねばならないと考えていたのだが、どうやら連中のことなどルナエールはとっくの昔に気が付いており、問題視していた様子であった。
とはいえ行動が早すぎる。
「イヤ、カナタヲ調ベテ付ケ回シテタノハ、主ノ方ダロ……」
ノーブルミミックが深く溜め息を吐く。
ルナエールは素早く宝箱の頭を手で押さえ、力技で口を閉じさせた。
「よ、よくわからないが、《神の見えざる手》の連中ではないのか……?」
リドラが困惑しながら起き上がる。
俺は頷いた。
「……どうやら《神の見えざる手》、既に滅んでるみたいです」
「うん?」
リドラが間の抜けた表情を浮かべる。
理解が追い付いていないのだろう。
正直俺も同じ気持ちである。
「つ、つまり、どうなるのだ……?」
それは俺も聞きたいことであった。
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