第十話 《世界王ヴェランタ》(side:ルナエール)
ゼロに続き、ノブナガまでもが呆気なくルナエールの前に散っていく。
《神の見えざる手》の頭目であるヴェランタは、その様を呆然と眺めていた。
「なんだこの悪夢は……」
幾千年に渡って世界を支配してきたはずであった《神の見えざる手》は、一人の不死者によって壊滅の危機へと瀕していた。
「さて……残るはあなた一人なわけですが、降伏いたしますか?」
ルナエールがヴェランタを振り返る。
ヴェランタは膝を押さえる。
どうにかノブナガが戦っている間に、ヴェランタは幾らか冷静さを取り戻すことができていた。
「……不死者の小娘、今回は我らの敗北を認めよう。だが、我は生半可な覚悟でこのロークロアを背負っているわけではない……必ずやそなたを滅ぼし、この世界の平穏を取り戻してみせるぞ!」
ヴェランタはそう叫ぶと、手を前へと突き出した。
「《万能錬金》……《展開》!」
黄金の門がヴェランタの周囲に展開され、同時に魔法陣が広がる。
門と共にヴェランタの姿がその場から消失した。
「アイテムによる転移……逃げられましたか」
ルナエールが退屈そうに呟く。
◆
遠く離れた砂漠の地に、ヴェランタと共に黄金の門が現れる。
ヴェランタは息を荒げながら黄金の門から出て、自身の生還に安堵の息を漏らした。
ここは人の足を踏み入れぬ禁域の一つ、無限砂漠と呼ばれる地であった。
延々と代わり映えしない砂の世界が広がっており、また凶悪な魔物達が蔓延っている。
世界の法と称される、ドラゴンでさえも管理を投げた場所である。
もっともこの地の魔物であっても、ヴェランタほどのレベルを有していれば対処は容易くはあるが。
ここならばルナエールの持つ《ティアマトの瞳》への対策にもなるはずであった。
仮にヴェランタの姿を捉えたとして、砂漠のどこにいるのかを特定することが困難であるためだ。
(もっとも場凌ぎの対策……《万能錬金》で《ティアマトの瞳》の対策アイテムを造る必要があるが、素材も充分に集められん状況に追いやられるとは)
ヴェランタは仮面の奥で唇を噛んだ。
ヴェランタは手許に魔法陣を浮かべ、あるアイテムを出現させた。
大きな水晶玉の周囲を二つの円環が覆っている。
ルナエールの《冥府の穢れ》を感知するアイテムである。
(ひとまず、奴の居場所はこの《冥府の秤》で探ることができる。これを造っておいてよかった。一方的に追い詰められるような事態は避けられるはずだ)
当面のヴェランタの目的は、どうにか体勢を立て直して一方的にルナエールやカナタの動向を監視できる状況へと持っていき、それから彼らを罠に掛けることであった。
他の《神の見えざる手》のメンバーを全て失ったことで一気に取れる手段をすり減らす形にはなったが、完全に手詰まりになったわけではないとヴェランタは認識していた。
先にカナタの処分を考えていたのだが、ルナエールはヴェランタが想定していたよりも遥かに危険な相手であった。
なんとしてでもルナエールを先に処分する、というのが現在の方針であった。
(不死者ルナエール……高位の時空魔法を操り、時間さえも止めることができる。確かに凶悪な相手だが、ノブナガは奴の魔法発動に《時流れ》の抜刀で割り込むことができていた。先は気圧されてしまったが、絶対に勝てない相手というわけではない! 我の《万能錬金》で準備を整えて罠に掛ければ、あの不死者を葬ることも不可能ではない!)
ヴェランタは決して諦めてはいなかった。
既にカナタとルナエールを葬るための策はいくつか考えていた。
ラムエルの竜穴の制御能力があれば、ソピアの情報収集能力と影響力があれば、ノブナガのレベルと《時流れ》があれば、ゼロの高位の時空魔法があれば、今よりも遥かに勝算の高いルナエールを葬るための策がいくらでも思い付いただろうが、既に失ってしまったものは仕方ない。
手駒である彼らを失った代わりに充分な情報を得ることができた。
上位存在が何故交信でそれらをもっと明瞭に明かさなかったのは不満ではあるが、上位存在の考えを自身が十全に理解できるとも元より考えてはいなかった。
何かきっと、高尚な、自分には理解の届かない、どうしようもない事情があったはずなのだ。
それに全ては過去のものであるためどうにもできない。
今ある最善を尽くして戦うしかなかった。
「保険の策は全て失った。まさか世界の命運を懸ける戦いで、こんな危ない橋を渡らねばならんとはな。こういった戦い方は好きではないのだが、我も腹が決まった」
ヴェランタは大きく息を吸いこんだ。
「不死者ルナエール……そなたは、必ず我が葬ってやるぞ! もう決して我は、そなたに脅えはせん! どのような卑劣漢に堕ちたとしても、我は我の為すべきことを全うする!」
ヴェランタは己へと言い聞かせるように、無限砂漠の中でそう叫んだ。
――そのとき、カラカラと奇妙な音が、ヴェランタの手許より響いた。
ヴェランタがふと目をやれば、《冥府の秤》の二つの円環が激しく回っている。
ヴェランタは数秒程ぼうっとその動きを目で追っていたが、すぐにその意味を思い出し、仮面の奥の顔を真っ青に染めた。
二つの円環は感知対象の方角と座標を表している。
そしてこの二つが激しく動くのは、その対象の接近を感知したときである。
「空間移動の痕跡がくっきり残っていました。まさか追跡対策を怠っていたとは思いませんでした」
背後からルナエールの声が響く。
ヴェランタがゆっくりと振り返ると、ルナエールが宙に浮かび、ヴェランタを見下ろしていた。
「魔法陣の暗号化は当然、ダミーの空間の歪みも生じさせていたのだが……」
「それが杜撰で充分ではなかったと言っているのです」
ヴェランタは自身の仮面の額を手で叩いた。
「……何故、ゼロが空間転移を使わなかったのか、ようやくわかった。それではそなたを振り切れないと判断したわけだ。あの子が物理的な距離での逃走を選んだ時点で、我もそうするべきだったか」
「大人しくしているのなら痛みは感じないようにして差し上げますが」
「それは助かるな。我は元々、物騒な荒事が得意な性分ではない」
ヴェランタが降参するように両手を上げる。
ルナエールの身体から力が抜けたその瞬間、ヴェランタは大声を上げて叫んだ。
「《展開》!」
ヴェランタを中心に砂煙が舞った。
突如彼を内部に取り込むようにして、巨大な城が現れた。
その城には大きな、不気味な鳥の脚のようなものが二本生えている。
「我が切り札、《鶏足の魔宮殿》! 決して破壊されぬ絶対防御の砦だ! ここまでよく追い詰めたものだが、この砦がある限り我を倒すことなど不可能だ! 不死者よ、生き汚いと思うか? 我は絶対に、負けるわけにはいかんのだよ!」
「破壊されないだけですか。ご大層な棺桶ですね」
ルナエールが《鶏足の魔宮殿》へと指先を向ける。
大きな魔法陣が展開され、その中央を潜って豪炎の竜が現れた。
豪炎の竜は《鶏足の魔宮殿》へと飛び込んでいき、大爆発を巻き起こした。
ヴェランタの砦が猛炎に覆い尽くされる。
「ぐぅおおおおおおおおおおっ!」
ヴェランタの悲鳴が無限砂漠に響き渡った。
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