第七話 始動、《神の見えざる手》(side:ヴェランタ)
――カナタ達のいる大陸の北部、人類の踏み込まぬ魔物の世界。
その奥地にある
中には三つの人影があった。
王座に座る仮面の
魔術式の刻まれた布に身体を隠す《沈黙の虚無》ことゼロ。
そして三メートル近い背丈を持つ、甲冑を纏った悪鬼のような
彼ら三人は、上位存在が世界ロークロアを制御するために作った組織である《神の見えざる手》の《五本指》のメンバーであった。
「この世界を揺るがす珍事が起きているらしいということは理解しておるが、こうも頻繁に呼び出されるとな。何か進展があったのか、ヴェランタよ。そろそろ動けということか? また意味のない報告を聞かされるのはごめんだぞ」
ノブナガがやや苛立ったようにそう口にする。
上位存在と交信を行っているのはヴェランタのみである。
大抵の場合は大きな問題が起こったとしても、ヴェランタか、世界全体に大きな影響力を持つハイエルフの女商人ソピアのみが動くことが多かった。
また、《神の見えざる手》に選ばれる者は寿命の概念から逸脱したような超越者ばかりであることもあり、そう短期間に軽々しく何度も集まるようなことはこれまではなかったのだ。
それが最近は数日おきに会議、会議と、会議続きであった。
ノブナガはあまり気が長い方ではない。
世界の命運や秩序にもさして関心があるわけではない。
事細かにヴェランタから現状を共有されても正直どうでもいいことであった。
「根暗で話の長いヌシと一対一で話していると気が滅入るのだ。あの不愉快なラムエルとソピアが恋しくなるとは思っておらんかった。そこのチビは何も話さんしな」
ノブナガはそう言うと、ゼロの方へと目を向けた。
ゼロはノブナガの視線や言葉にも何も反応を示さない。
相変わらず魔術式の刻まれた布地の奥で沈黙を守っている。
ゼロに思考能力があるのかどうかは怪しいとノブナガは考えていた。
故にヴェランタが話している内容は、ほぼ自身にのみ向けられているものであると、ノブナガはそう認識している。
これまでのようにソピアやラムエルがいればまだ気が楽だったのだが、二人がいなくなった今、ヴェランタの長話が重い。
「我の撒いていた布石の一つである
ヴェランタの言葉に、ノブナガは口端を吊り上げて笑みを浮かべた。
「ようやく儂の出番というわけか。ハッ、最初から儂が出張っておれば、終わっていたではないか。つまらぬ偵察など早々に切り上げて、とっととこうしておけばよかったのだ」
「事はそう単純ではないのだがな。神託では、不死者ルナエールに気を付けろと散々せっつかれている。カナタに襲撃を掛ける前に、この女の動きを制限しておく必要がある」
「また前準備だのと退屈なことを言いだすのではなかろうな?」
「このルナエールだが、あまりに神出鬼没であるため、追跡や情報収集には苦労していた。しかし、我は奴の居場所を感知する方法を見つけた。奴は濃密なあの世の魔力……つまりは《冥府の穢れ》を纏っている。ローブの結界で外に漏れぬように封じ込めているが、それも万全ではないようだ。我の《万能錬金》で造ったアイテムを用いれば、《冥府の穢れ》を辿って奴がどこにいるのかを感知することができる」
ヴェランタは手のひらを宙へと向ける。
魔法陣が展開され、手許に大きな水晶玉が浮かび上がった。
水晶玉の周囲には目盛りの入った二つの円環がついている。
「なんだそれは?」
「《冥府の秤》……《冥府の穢れ》を感知してくれる。件のルナエールは、比較する者のいない程に濃密な《冥府の穢れ》を纏っている。この円環が、常にあの不死者のいる方角と概ねの距離を教えてくれるというわけだ。如何に神出鬼没な奴とて、これで我が手のひらの上も同然だ」
ヴェランタは水晶玉の周囲に浮かぶ、二つの円環を指で示した。
「我はこれを用いてルナエールを罠に掛ける。それで殺し切れるのかはわからんが、充分な時間稼ぎにはなるだろうと見込んでいる。その間にそなたがカナタを殺すというわけだ」
「罠に、時間稼ぎ……か。相変わらずつまらん手を取るものだな、ヴェランタ。まあ、ヌシのやり口が陰湿なのはいつものことよ」
「カナタには複数の仲間がおり、またカナタ自身も何か隠している切り札を持っているかもしれん。ノブナガ、この場ばかりはそなたの悪癖は抑え、最初からその妖刀……《時流れ》を使っておけ」
ノブナガはヴェランタの言葉を鼻で笑った。
「有り得んな、久々に骨のありそうな奴が現れたのだ。この刀の一振りで終わらせてしまえば退屈ではないか。《時流れ》を手にしたときから、儂は自身に制約を課しておった。儂が真に死の淵まで追い込まれたときにしか、この刃は抜かん、とな。《時流れ》は儂がもし必要だと思えば抜く。そうでなければ抜かん。ヌシ如きに指図されることではないわい」
ノブナガはそう口にすると、ヴェランタへと背を向けた。
「計画が定まったのであれば、これ以上時間を掛ける必要はなかろう。すぐにでも始めようではないか」
「気の早い男だ。しかし、まぁよかろう。上位存在から散々急かされていることもまた事実だ」
ヴェランタが王座より腰を上げた。
「――さぁ、始めようではないか。愛しきこの世界を守るための、我々の正義の戦いをな」
ヴェランタが宣言した、そのときであった。
彼が手に浮かべる《冥府の秤》の二つの円環が、ぐるぐると忙しなく回転を始めた。
「……む、おかしいな。こちらが距離で、こちらが方角を示しているはずなのだが」
「なんだその輪っかの挙動は? まさか故障したのではあるまいな。一気に信頼できんようになってきたぞ」
出鼻を挫かれたノブナガが、不愉快そうに表情を歪める。
「いや、そのようなはずはないのだが……。妙だな、ルナエールが大規模な転移を繰り返しているのか? 通常、円環がこうした動きを示すのは、至近距離にルナエールを捉えた場合のみであるはずなのだが……」
ヴェランタは困惑した様子で、《冥府の秤》の不審な挙動を見つめる。
そのとき、ヴェランタの傍で控えているゼロが、ぶるりと身体を震わせた。
「何カ……来ル」
ゼロがか細い片言で、子供のような声を上げた。
「……おい、そやつ、今、何か、口にしなかったか?」
ノブナガがヴェランタへと問う。
ゼロは《沈黙の虚無》の二つ名を持つ。
少なくともノブナガが把握している限り、これまでゼロが何か言葉を発したことは一度もなかったはずであった。
それが今、確かに彼の方から、何か意味を伴った言葉が発されたように聞こえたのだ。
「ゼロが言葉だと? 聞き間違い……」
ヴェランタが返答するより早く、彼らの拠点である《神の腕》の大きな扉が蹴破られた。
ヴェランタとノブナガは呆気に取られた様子で、その扉の奥に立つ人物へと釘付けになっていた。
「し、神聖なこの場に殴り込みとは! そなた、我々が何者であるかを知っての狼藉……」
ヴェランタは襲撃者の姿を見て、息を呑んだ。
生気を感じさせない白い肌。
純白の髪は、その毛先だけは血に濡れた様に赤い。
その幻想的な美貌を持つ少女の姿に、ヴェランタは心当たりがあった。
「そ、そなたは、不死者ルナエール!?」
左右色の異なる瞳が、冷淡にヴェランタを睨んでいた。
「知っているからわざわざこんな辺鄙なところまでやって来たのですよ。どうやらここがカナタを嗅ぎ回っている害虫共の巣で合っているようですね」
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