第八話 《沈黙の虚無》(side:ルナエール)
「どうやらここがカナタを嗅ぎ回っている害虫共の巣で合っているようですね」
ルナエールの冷たい瞳が、ヴェランタ達を睨み付けた。
「あ、有り得ん……いったい、どこから我々の情報が漏れたというのだ!」
ヴェランタは混乱していた。
ヴェランタはルナエールに気取られないよう、自身の《
ヴェランタが見ている限り、ルナエールが自身の観察に気が付いた様子はなかったし、カナタと何かしらの情報共有を行うような機会もなかった。
いったいルナエールがどうやってヴェランタの存在を知り、あろうことが拠点まで暴き、《神の見えざる手》の三人が集まったタイミングを狙って襲撃を掛けることができたのか。
「何かしらの魔法かアイテムによる力か? いや、しかし、それだけでは説明が付かん。我にミスはなかったはずだ。それなのにいつの間にかこうも全てが筒抜けになっているなど、そんな世界の全てを見通すかのような魔法やアイテムなど、聞いたことがない。せいぜいソピアの有していた、《ティアマトの瞳》くらい……!」
ヴェランタはそこまで口にして、ソピアが行方不明になっていたことを思い出した。
「まさか、奴の手に渡っていたのか……!?」
ヴェランタが頭を押さえる。
《ティアマトの瞳》があれば世界中のあらゆる場所を好き放題に見通せる。
時間さえ掛ければ、世界のどこで何が起こっているのかを、魔力を込めるだけでいくらでも確認することができるのだ。
情報収集としては最強のアイテムである。
そんなものを持っている相手に隠し事などできるわけがない。
「何故だ……我がルナエールを偵察している範囲では、《ティアマトの瞳》を持っているような素振りなど一度も見せなかったというのに……!」
余談ではあるが、ルナエールはソピアより《ティアマトの瞳》を譲ってもらった後、それを用いて四六時中カナタの様子ばかり確認していたため、ノーブルミミックによって没収されていた。
その後はノーブルミミックが《ティアマトの瞳》を用いての情報収集を行っていたのだが、それによってヴェランタの監視の目からたまたま外れていたのだ。
ヴェランタにとっては不幸な偶然であった。
「ほう、奴が上位存在が警戒しておる不死者ルナエールか。うだうだと回り諄い策を練るのは止めにして、この場で決着をつけてやろうではないか。あの女に脅えておるのであれば下がっておるがいい、ヴェランタ。この上玉は儂の獲物じゃ」
ノブナガがニヤリと笑い、ルナエールへと一歩踏み出す。
しかし、そのとき、ゼロがノブナガの横を一直線に駆け抜けていった。
「ぬ? 奴が、自発的に動くとは……」
ノブナガは訝しげな視線をゼロの背へと送る。
ゼロはルナエールに接近していくかに見えたが、途中で大きく曲がる。
そのままルナエールから離れて、塔の壁の方へと向かっていった。
「お、おい、まさか、ゼロめ、儂らを置いて逃げるつもりか!? そもそも奴に感情などあったのか?」
ノブナガがゼロの背を睨み、そう叫んだ。
ルナエールは地面を蹴り、壁際へ向かったゼロの後を追う。
ゼロは警戒するように後方のルナエールへと目をやったが、すぐに前へと向き直る。
「
ゼロの纏う布地の奥より、甲高い不気味な声が響く。
彼を中心に魔法陣が展開された。
ルナエールがゼロへと鋭い蹴りを放つ。
蹴りは確かにゼロの頭部を捉えたかに見えたが、そのまま彼の身体を通過するかのように空振った。
ルナエールは蹴りの勢いで一回転してその場に着地する。
「……あらゆる物理的な接触を透過する時空魔法……面倒ですね」
ゼロは一瞬ルナエールと睨み合った後、ふわりとその場から浮遊し、壁の方へと飛んでいった。
そのまま壁を透過して逃げるつもりであることは明白であった。
「
ルナエールがゼロへと腕を伸ばす。
彼女の腕と重なるように、黒い靄の塊のような大きな腕が伸びる。
黒い巨大な腕は、そのままゼロの腹部を鷲掴みにした。
「ギッ!?」
ゼロが悲鳴を上げる。
「重力は余剰次元軸にまで干渉するんですよ。ごくごく簡単な対策ですが……まさか、把握していなかったのですか?」
黒い大きな腕は、ゼロを掴んだまま勢いよく彼を二周、三周と振り回し始めた。
「ギィイイイイイイイイイイ!!」
ゼロが金切り声を上げる。
「選ばせてあげます。地面に叩きつけられてバラバラになるのか……それとも透過して、永遠にこの世界を落ち続けるのか」
黒い腕が高く掲げられ、ゼロを地面へと投げつけた。
ゼロは時空魔法を解除していたらしく、勢いよくその身体を地面へと打ち付けることになった。
轟音と共に巨大な土の飛沫の柱が上がった。
衝撃で周囲の地面が揺れ、大きな亀裂が走る。
「ギ……ギ、ギィ……」
ゼロが掠れるような弱々しい声を上げる。
ぐぐっと身体が微かに持ち上がったが、すぐに力尽きたかのようにその場に崩れた。
「確実に叩き潰すつもりでやったのですが、想定より遥かに頑丈ですね。少々侮っていたかもしれません」
ルナエールが淡々とそう口にする。
「ば、馬鹿な……ゼロは、我の最後の切り札であるぞ。こんな容易く、一方的な……!」
ヴェランタがぱくぱくと口を開閉する。
あまりに突然の出来事に、ヴェランタもノブナガも何もできず、ただただゼロが蹂躙様を呆然と見届けることしかできずにいた。
ルナエールが足許のゼロへと目線を落とす。
ゼロの衣の端より、彼の生白い、細い腕が微かに露出していた。
生身にも焼き印のようなもので魔術式が彫られている。
焼き印のような痕は、今なお赤々と輝きを帯びていた。
「これは……生物というより、強力な呪物そのものですね。あなたが造ったんですか? 悪趣味なことを」
ルナエールが冷たい目線をヴェランタへと向ける。
「……まぁ、自分を冥府より戻して、母が喜ぶと思っていた私よりは幾らかマシですか」
ルナエールが一歩、ヴェランタとノブナガに対して足を踏み出す。
「う、うぐ……!」
その威圧感だけで、ヴェランタは気圧され、無意識の内に後退していた。
「行儀よく順番待ちされなくても結構です。お二人同時に相手をして差し上げますよ」
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