第六話 妖刀《時流れ》

「《神の見えざる手》が送り込んでくるのは、間違いないなく《第六天魔王ノブナガ》だろうね。胸糞悪い下品な男だが、純粋な戦闘能力面では奴が頭一つ抜けている。ヴェランタは手札の多さと対応力……そして、ソピアは保有財産と政治力が武器だからね。ゼロに関しては、ボクもよくは知らないけれど」


 どうにかロズモンドを説得してこの場に残ってもらうことに成功し、ラムエルより約束であった《神の見えざる手》の話について聞き出すことに成功していた。


「ノブナガの戦闘スタイルは自身の剛力とヤマト王国の剣術頼みだから、魔法はほとんど使っては来ない。そして……レベルはカナタ、キミよりも一回りは高いだろうよ」


 ラムエルは俺を嘲弄するように笑みを浮かべた。


「俺よりもレベルが上……」


 これまで出てきた相手は俺よりもレベルが下であった。

 俺のレベルが四千台である。

 《歪界の呪鏡》の悪魔や《地獄の穴コキュートス》の魔物達を除けば、せいぜいレベル三千ち

ょっとであったレッドキングが最高クラスであった。


「ノブナガは戦闘狂いで、仲間と手を組んで戦うことを嫌う。彼が動くのなら、恐らく他の面子は見に徹することだろう。ただ、レベル自体は高いけれど戦い方はさっきも言ったように単純で、暴力的で頭も悪い。お仲間と協力して囲んで叩けば、キミにも勝機がないわけじゃないだろう」


「なら、集まって準備をして、待ち構えておけばいいわけか」


 話を聞いている限り、俺とフィリア、ポメラが揃って待ち構えておけば、戦力としては充分こちらが勝っているように思う。

 ウルゾットルを召喚しておいてもいいかもしれない。


 レベルこそこちらが勝っていたが、下手に攻撃すれば竜穴の魔力を吸って世界の安定を崩すラムエルの方が厄介な相手だったかもしれない。

 手の内がわかっているというのも安心できる。


「……というのは、ノブナガの切り札を考慮しなければの話だけれどね。キヒヒヒ、キミ達が束になっても、ノブナガが妖刀を振るえば揃って叩き斬られることになるだろう」


「切り札……」


 以前もラムエルが口にしていたことだ。

 ノブナガは、知らなければ対処のしようがない切り札を有している、と。

 それがその妖刀とやらなのだろうか?


妖刀|時流れ《ときながれ》……元々は大昔の異世界転移者が有していたアイテムさ。鞘から抜いた刹那……時間を止めることができる。必殺の居合斬りというわけさ」


「じ、時間を、止める……?」


 恐ろしく物騒なアイテムが出てきた。


「そ、そんなものが有り得るのか……? 仮に実在しておれば、知っていてもまともに太刀打ちのできるものだとは思えんのだが」


 ロズモンドが動揺した素振りを見せながら、そう口にした。


「できなくはないさ。時間を止めると言っても、それはほんの刹那のことだ。予備動作として抜刀が必要になるし、魔力の消耗も激しい。《時流れときながれ》の居合の間合いには入らず、抜刀が見えれば距離を取って逃げればいい」


 ラムエルは他人事だと思ってか、軽々しい調子であった。

 確かに知らなければいつの間にか斬り捨てられていてお終いだ。

 警戒する前に殺されてしまう。


 だが、知っていたからといって、まともに対策のできるものでもない。

 レベル上のノブナガ相手に、刀の間合いに入らずに戦うことなんてまず不可能だ。


「もっともノブナガは強すぎる妖刀の力をあまり好ましくは思っていない。殺戮好きの戦闘狂いだからね。油断している間は妖刀を抜かないはずさ。キヒヒ……とはいっても、それも、ノブナガの気紛れ次第だけどね。まあ、出会い頭に《時流れときながれ》を抜くことだけは有り得ないはずさ」


「ど、どうします、カナタさん? そんなとんでもない武器……わかったところで、対策の立てようがないんじゃ……」


 ポメラが不安げに俺へとそう言った。


「確かに知っていれば多少戦いやすくはなりますが……」


 俺は口許を押さえて考える。

 取れる手段は距離を取った状態で倒しきるか、油断を誘ったまま倒しきるかだ。

 しかし、自身よりレベル上の敵を相手に、そう容易く実行できることではない。


「何か……その《時流れときながれ》に、もしくはノブナガに、弱点はないのか?」


「充分過ぎるくらいに話しただろう? 後は勝手に、頭を捻って考えればいい。それに何か勘違いしてないかい? キヒヒヒ、別にボクは、キミ達と仲良しごっこをしたいわけじゃないんだ。ノブナガが世界の管理者に相応しくない戦闘狂の人格破綻者だから、この機にキミと潰し合ってくれるのならば幸いだというだけさ。ずっとボクは、奴は《神の見えざる手》に相応しくないと考えていた。共倒れしてくれるのがベストってところだね」


「減らず口を……」


「理解していないわけじゃないんだろう? カナタ、ボクらが法で、キミが異物なんだよ」


 ラムエルにそう言われ、ヴェランタの言葉を思い出していた。


『上位存在がこの世界に関心を失えば、この世界……ロークロアは、消去される』


 上位存在ナイアロトプは、この世界にとって異物となった俺の排除に執着している。

 異世界ロークロアは、連中が異世界転移者の旅路をエンターテイメントとして楽しむためのコンテンツなのだという。

 異世界転移者である俺が強大過ぎる力を有しているという事実が、連中にとってはどうにも不都合であるらしい。


 ただ降りかかる火の粉を払っていればいいと考えていたが……俺が抗えば抗う程に、どうにも上位存在達の異世界ロークロアの関心の方が薄まり始めているようだ。


 大きすぎてピンと来ない問題だ。

 そもそもの話、上位存在達がどれだけの力を有しているのかも、その規模が大きすぎてまるで見えてこない。

 しかし、きっと、そこの問題を考えないでいるわけにもいかないのだろう。 


「キヒヒ……せいぜい必死に対策を練って、ノブナガと潰し合うがいい。ま……仮にノブナガを打ち倒したとしても、キミが《神の見えざる手》に勝利することなんて、絶対に有り得ないんだけどね。純粋な戦闘能力で優れているのはノブナガだけれど……それでも、一番危険なのはヴェランタだよ。あの男は、自分が異世界ロークロアを背負って戦っていることを知っている。だからこそ恐ろしく慎重で……そして、どこまでも残酷になれるんだ」


 ラムエルが口端を吊り上げ、邪悪な笑みを浮かべた。


 ノブナガにヴェランタ……どちらも間違いなく、過去最大クラスの強敵だ。

 とにかく今はノブナガの襲撃に備えるしかない。

 後のことを考えながら勝てる相手だとは思えない。

 それに、ノブナガと戦うことで、何かまた状況が変わるかもしれない。


「近い内に、この世界の運命を決める戦いがやってくるようだな。ニンゲンの試練は見に徹するのが我ら竜人の使命なのだが……カナタは余の恩人である。それに、我ら竜人もただ宿命に従うだけではなく、自身の意思で為すべきことを見定める時代が来たのだと余は考えている。できることがあれば何でも口にしてくれ」


「ありがとうございます、リドラさん」


 俺はリドラへと頭を下げる。


「キヒヒヒ! リドラ程度で、ノブナガやヴェランタがどうにかなるとでも? 滑稽だね。せいぜいキミにできるのは、桃竜郷が巻き込まれないように祈っているくらいさ」


 ラムエルが笑い声を上げた。

 リドラは彼女を睨み付けたが、しかし反論の言葉を口にすることはなかった。


 正直、俺もこの戦いに竜人達を巻き込むべきではないだろうと考えている。

 リドラのレベルではとても《神の見えざる手》には対抗できない。

 それはリドラ自身も理解しているはずだ。

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