第五話 囚人面会
桃竜郷を訪れた俺達は、早速リドラのいる竜王城へと向かうことにした。
「よくぞ再び訪れてくれた、カナタよ。貴殿らはこの桃竜郷にとっての大恩人。手厚く歓迎させていただこう」
最上階の《竜王の間》にて、竜王リドラと再会した。
「して、貴殿は……」
リドラが切れ長の目をロズモンドへと向ける。
「ロズモンドである。ここから離れた地……魔法都市を中心に、冒険者として活動しておる。ここに来たのは、桃竜郷の囚人が面会を希望していたからだと聞いたためである」
「ほう、貴殿が……あの《空界の支配者》の口にした……」
リドラはやや警戒したように身構え、それからちらりと、俺へと確認するかのように目を向けた。
ロズモンドが信用のおける人物なのかどうかを気にしているようだった。
わざわざラムエルが知人として指名して招き入れたのだから、何か裏があるのではないかと勘繰っているようだ。
「ロズモンドさんは《神の見えざる手》とは関係ありませんよ。ごく普通の善良な冒険者の方です。信頼のおける人物であることは俺が保障しますよ」
「わかった、カナタがそう言うのであれば信じることにしよう。《神の見えざる手》については、我々竜人も世界の法としての立場は同じであれ、その在り方には疑問を覚えている。どうにか《空界の支配者》から情報を得ねばならん」
リドラはそう言うと、竜王の座より立ち上がった。
早速ラムエルの許へと案内してくれるらしい。
「ニンゲンの冒険者……ロズモンドよ、《空界の支配者》は今、この竜王城の地下にいる。厳重に拘束しているが、それでも危険な相手であることには変わりない。くれぐれも気を付けてくれ。奴から信用されているようだが……妙な気は起こさんでくれよ」
リドラは重々しく、真剣な面持ちでそう口にした。
「わ、わかっておるぞ、竜人の王よ」
ロズモンドはやや気後れした様子でそう答えた。
それからリドラに続き、竜王城の地下、ラムエルを拘束している許へと向かうことになった。
暗い通路を通り、下へ下へと向かっていく。
「……多少の警戒はしていたものの、貴様らがあまりに軽い調子であるから、つい空気感を読み違えておったのかもしれん。せいぜい犯罪者になったかつての知人へ面会に向かうくらいの心構えであった。世界を裏側から支配している奴らの一味だとは聞いておったというのに」
ロズモンドはやや自信なさげな様子であった。
俯いて額を押さえながら歩き、時折小さく溜め息を零していた。
「ロズモンドよ。《空界の支配者》とはどこで知り合った……どういう仲であったのだ? 何故奴は、貴殿を面会に招いた?」
リドラが振り返り、ロズモンドへ尋ねる。
「い、いや、心当たりがないのだが……」
「ふむ、答えられん……か。いや、結構。あの暴虐の魔人が、普通の出来事で心を開いたとは余には思えん。奴との間に、並々ならぬ深い事情があるのだろう。無粋なことを訊いた。だが、面会の場には立ち会わせてもらうぞ」
「本当に心当たりがないのだが……」
ロズモンドは一層不安な様子で言葉を返し、俺の方へと目をやった。
「えっと……ロズモンドさんがラムエルの護衛としてポロロックに滞在していた間、ずっと一緒にいたんでしょう? そのときに何かあったんじゃないんですか?」
当初、正体を隠していたラムエルは『桃竜郷で命を狙われているため逃げてきた』と口にしていた。
そのためロズモンドがラムエルの護衛を買って出て、桃竜郷より近い都市であるポロロックにて、しばらく護衛についていたはずなのだ。
もっともラムエルの狙いが竜穴の魔力を用いた俺の殺害であったため、彼女は適当なところでロズモンドを振り切って逃げていたようであるが。
「貴様らがおったときと変わらんぞ。むしろ我が儘ばかり口にするから、辛辣に扱っていたくらいだと思うのだが……」
「う~ん……カナタさんも、ロズモンドさんも、考えすぎだと思いますよ。単に暇だったから知っている人を呼びたかったんじゃないですか? ポメラ達が面会に向かったときにも、去る素振りを見せたら急に引き留めてきましたし。あの子、特に友達とかいなさそうでしたし……」
ポメラがロズモンドに言葉を返す。
「なかなか辛辣なことを言うな、貴様……。しかし、この薄暗い、寂しい通路の先にラムエルがおるのだな。我が話したラムエルはただの演技であったのだろうが……だとしても、見知った相手がこんな薄暗いところで一人ずっと囚われておるというのは、どうにも複雑な気分である」
ロズモンドは哀れむように、そう口にした。
ラムエルがロズモンドを面会として呼びたがったのはこういうところなのだろうな、とふと思った。
通路を進んでいると、大きな分厚い石の扉の前に出た。
「ついたぞ……この扉の先に《空界の支配者》を拘束している」
リドラがそう言いながら扉に手を触れる。
リドラの指輪が輝きを帯び、扉がゆっくりと左右に開いた。
「貴殿らの方が知っているだろうが、狡猾で邪悪な竜人だ。くれぐれも口車に乗せられんように留意しつつ……何としてでも奴から情報を引き出してくれ」
「ラムエルについてなど何も知らんのだが……。我がラムエルが大層な罪人であったと知ったのは、奴と別れた後であるぞ。本当に我、ここに同行して大丈夫なのか? 場違いではないか?」
リドラの真剣な言葉に対し、ロズモンドは相変わらず不安げな様子であった。
「呼び付けたのは向こうなんですから、場違いってことはありませんよ」
開いていく石の扉の狭間にラムエルの姿が見えた。
以前と変わらず、鎖に拘束されて両腕を広げた状態で固定され、術式の書かれた包帯を身体中に巻き付けられていた。
「キヒヒヒ……キミも必死だね、リドラ。そろそろ奴らが本格的に動き始める頃だ。もしかして、何か表で事件でも起きたのかな? だとしてもボクに改めて話すことなんて何もないよ」
ラムエルは扉が開ていくのを見て、口端を吊り上げて笑っていた。
「リドラ、たかだかただの竜人に過ぎないキミが、《神の見えざる手》の動向に干渉しようなんて、烏滸がましいとは思わないかな? 元よりキミ達竜人なんて、ある意味では《神の見えざる手》の下位組織のようなものさ。《神の見えざる手》は世界の理そのもの、ドラゴンの役割は世界の調和を保つこと、そして竜人の役割は人の国に近い竜穴の管理……。キミ達竜人の使命は、世界の調整役という大役の中の閑職なんだからね。何が起きても、それが上位存在の意向にさえ沿っているのならば見過ごしておけばいい。子供染みた正義感でその枠から外れようだなんて、酷く後悔することに……」
ラムエルはそこで俺達がリドラに同行していることに気づいたらしく、言葉を区切り、ぽかんと大きく口を開けた。
それから悪戯っぽく目を細め、先程までとは種類の違う、へらっとした笑みを浮かべる。
「あれぇ~、そこの仏頂面……どこかで見た顔だと思えば、ロズモンドじゃないかい。キヒヒ、どんな気持ちだい? 格下だと散々侮って、偉そうに庇護していた相手が己より遥かに偉大な存在であったことを知ったのは?」
「…………」
ロズモンドはこめかみに青筋を浮かべ、無言でラムエルを睨んでいた。
「すっかりボクの演技に騙されちゃっていたみたいだねぇ。キヒヒヒヒ、いや、面白かったよ。まさか下等で低レベルなニンゲンの分際で、『子守りくらいは熟してやる』だの、『我が付いておるから不安に思うなよ』だの、上から目線で口走っちゃうなんてね。いやぁ、格好よかったよぉ、後で思い出して笑っちゃうくらいには。もしかしてボクがいなくなった後、必死にポロロックを捜し回っていたのかな? うん?」
ラムエルは意気揚々とロズモンドを煽り続ける。
ロズモンドもこれは流石に予想外だったらしく、怒りを通り越してもはや真顔になっていた。
「あれれ、その反応、もしかして本当の本当に図星だったかな? キハハハハハ、こりゃ傑作だねぇ! いやぁ、見たかったなあ、必死にボクの身を案じて捜し回っていたときの顔と、真実を知ったときの無様な間抜け面が! 呼び付けておいてなんだけど、まさか素直にノコノコやって来るとは思っていなかったよ。なに、ボクのこと好きなの? どんな気持ちで来たんだい? もしかして、この期に及んでまだ、ボクのことをちょっとは心配していたり……」
ロズモンドはくるりとその場で身を翻した。
「不安を覚えておったのと、微塵でも奴の身を案じていた我が馬鹿馬鹿しくなってきたわい。カナタ、悪いが我は地上に戻るぞ」
「ロ、ロズモンドさん、怒る気持ちは凄くわかりますけど、一旦抑えてください! ラムエルから聞き出さないといけないことがたくさんあるんです! それにほらっ、俺、メルさんの店を立て直すを手伝ったじゃないですか!」
俺はロズモンドの肩を掴んで引き留めた。
「知らん。交換条件はラムエルと会うことであったはずだ。それは既に達成しておる」
「ちょっと……本当、お願いします! あんなのでも唯一の手掛かりなんです! あんなのでも!」
「お、おやおや、ロズモンド、ちょっと小馬鹿にされたくらいで、目くじらを立てて立ち去るのかい? わざわざボクから《神の見えざる手》の情報を得るために、別の地から遠出してこの桃竜郷まできたんじゃなかったのかな? それなのにカッとなって一時の衝動で全てを台無しにしてしまうなんて、やれ、本当にキミ達ニンゲンの浅はかさは度し難い。すぐ死ぬ短命種に相応しい、無思慮で刹那的な行動だ」
「それが引き留めてるつもりだったら、本当にヘタクソだから黙っててくれ! 俺がロズモンドさんを説得するから!」
俺はラムエルを振り返って怒鳴った。
ラムエルは素直に口を閉ざした。
本当になんなんだこいつは。
しかし、なんとなく、ラムエルがロズモンドを気に入っている理由はわかった。
かつて桃竜郷は、今よりも遥かに苛烈で残酷な実力主義であったという。
そしてラムエルはそこで生まれたひ弱な竜人であり、弱いことが理由で竜穴への生贄として殺されかけたことがある……と。
偶然竜穴の魔力を得て生きながらえ強大な力を得たラムエルであったが、竜人としての禁忌を犯したために同胞からは忌避される存在となった。
しかし当時の竜人の排他的な思想をラムエル自身が継いでいたため、他種族に対しては下等生物として見下して掛かっていたため、真っ当な友人ができたことなどなかったのだろう。
ラムエルの言動を許容してくれ、かつ身を案じてくれていたロズモンドは、彼女からしてみれば特別な存在として映っていたのかもしれない。
「……面倒見がいいせいか、本当に変わった人によく好かれますよね、ロズモンドさんって」
ポメラがぽつりと呟いた。
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