第四話 桃竜郷へ

「アオオオオッ!」


 ウルゾットルに乗って移動し、あっという間にポロロックから桃竜郷の入り口が隠されている、渓谷へと辿り着いた。

 地面の上に爪を立て、ウルゾットルがその場に留まる。

 土の飛沫が巻き起こった。


「ありがとうございました、ウル」


 俺がウルゾットルから降りながら声を掛けると、ウルゾットルはそっと首を下げて、頭を俺へと向けてきた。

 俺が頭を撫でると、二又の尾を激しく振って喜んでいた。


 頬毛を軽く触った後に、顎下をくすぐる。

 ウルゾットルは心地よさげに目を細め、ぐいぐいと俺の手に顎を押し付けてくる。


「アオ、アオオ……!」


「……確かに、貴様が可愛いというのもわからんでもないかもしれんな、まあ」


 ロズモンドが恐々とウルゾットルを観察しながら、そう口にした。


「ロズモンドさんもウルに触りたいんですか?」


「それは遠慮しておこう。貴様と違って、我のような人間は高位精霊に甘噛みされると命に関わるからな」


「俺も人間なんですが……」 


 ウルゾットルが顔を上げ、渓谷奥の滝へと目を向ける。


「あそこから桃竜郷へと行けるのであったな。竜人共の隠れ里……以前は直前で引き返したが、気にはなっておったのだ。あのラムエルの親族連中であれば、ロクでもない奴らであることには間違いないが……」


 ロズモンドは懐かしげにそう口にした後、表情を曇らせ、息を吐いた。


「……いや、我が言葉を交わした奴は、あくまでも取り繕った仮面なのであったな。本当の奴は、非力で生意気なあのクソガキではなく、冷酷で計算高い長命の怪人であり、世界の裏の支配者の一人なのであったか」


 彼女の顔は寂しげな様子であった。


「ロズモンドさん……」


 俺はぽつりとそう口にした後、ふと尋問中のポメラとラムエルのやり取りを思い出した。


『まさかあの世間知らずな子供っぽい振る舞いが、ポメラ達を油断させるための演技だったとは思いもしていなかったもので……』

『は……? 世間知らず? 演技? なんだ、このボクを馬鹿にしているのか?』


 冷酷で計算高い、世界の支配者……?


 い、いや、冷酷で計算高く、世界の支配者であることには違いはない。

 ラムエルは彼女の思惑通り、俺達を騙して自身に最も有利な場で戦いを挑むことに成功していた。

 実際、俺のレベルがあとひと回りほど低ければ、竜穴の魔力を用いたラムエルに殺されることになっていただろう。

 ラムエルは使命のためには犠牲を躊躇わない、冷酷な怪人である。


「冷酷で計算高く、長命で世界の支配者な、生意気なクソガキ……?」


 俺は顎に手を当てて思案しながら、そう口にした。


「何か言ったか、カナタ?」


「い、いえ、何も……」


「しかし、奴が今更何故我を呼び付けたのか……不気味であるな。まさか暇だから面会に来いというわけでもあるまいに」


 ロズモンドは軽口として言ったのだろうが、恐らくラムエルはそのくらいにしか捉えていない。


「……多分、今更何も考えてはいないと思いますが……まぁ、行きましょう」


 俺達は滝の裏側に隠された桃竜郷への入り口である洞窟へと入った。


「薄暗く、ジメジメしたところであるな……。桃竜郷は華やかな景色が広がる美しい地だと聞いたが、本当にこんな岩塊の連なる奥地にそのような場所があるのか?」


「ええ、彼らの守護する竜穴という魔力の溜まり場の影響で、多種多様な美しい植物が育っているんです。ただ、それが外に見えて人間が集まってくるようになっては、人間と不用意な諍いが起こり、竜穴を守ることが難しくなりますから。基本的に竜人は、恩義のある信頼できる相手にしかこの地の事を教えないんです」


 俺達が話しながら歩いていると、洞窟の反対側より足音が聞こえてきた。


「ハッ、ぺらぺらと知ったような口を利いてくれる。桃竜郷はニンゲン共にとっての観光地か? ふざけた奴らだ。一度ここに来たニンゲンらしいが、顔見知りのニンゲンを引き連れてくるとは、桃竜郷も随分と舐められたものよ。我らの高尚なる使命を、蔑ろにしているとしか思えぬ」


 ロズモンドがそう口にしたとき、低い、不機嫌そうな声が洞窟の奥より響いてきた。


「我らの桃竜郷はそのような軽いものではない。お引き取り願おうか。聞けぬというなら、力づくでな」


 殺気の込められた笑い声が響く。

 ロズモンドが警戒したように足を止め、十字架の大杖の柄へと手を触れた。


「どうやら厄介な番人がおるようだな」


「いえ、俺に任せてください」


 俺はロズモンドを止めた。

 洞窟の壁に反響しているためやや判別し辛いが、前方に立つ竜人の声には聞き覚えがあった。


「ほう、やるつもりか? 容赦はせんぞ」


 洞窟奥の闇より、二メートル近い巨躯が現れる。

 黄色い尖った威圧的な髪をしており、顎にはごわごわとした髭があった。

 竜人の特徴である、角や翼、尾を有している。


「怪我をせん内に逃げ帰ることを勧め……」


「お久し振りです、ライガンさん」


「ゲェッ、カナタ!」


 竜人の巨漢、ライガンはそう口にして身体をびくりと震わせた。


「……我を殴り飛ばした童に、酒聖ポメラもまた一緒か」


「酒聖ポメラってなんですか!? ポメラ、そんな呼ばれ方してるんですか!?」


 ポメラは自身を指で示し、愕然とした表情でそう口にした。

 どうやらライガンを酔い潰した一件が桃竜郷内で相当広まっているようだ。


 竜人は力ある者に敬意を払うという考えが人間よりも強い。

 そして酒の強さを、身体の強さの指標の一つであると捉えているようだった。

 恐らく酒聖ポメラも、竜人内の間では誉め言葉なのだろう。


「また誰にも頼まれていない番人ごっこをやってたんですね」


「桃竜郷を守るための番だ! ニンゲンの間で桃竜郷の存在が知られれば、我らの使命に支障を来たすに決まっておる! 暇潰しでやっているわけではないのだ! い、如何に桃竜郷を救った貴様らとはいえ、他の人間を軽々しく連れ込まれるわけには行かん!」


「ライガンさんが納得してくださるかはわかりませんが、軽々しく人間に触れ回っているつもりではありませんよ。こちらの方……ロズモンドさんを桃竜郷に招くのは、一応リドラさんの意向でもあります」


「りゅ、竜王様の……!? そこのニンゲンは、竜王様がわざわざ招くような傑物であるというのか?」


 ライガンが目を見張る。


 別にリドラがロズモンド本人の力量を見込んで、彼女を桃竜郷に招いたわけではないのだが……。


「知人であるロズモンドさんを桃竜郷に招くこと……それがラムエルから《神の見えざる手》の情報を引き出すための条件なんです」


「我ら竜人の祖先にして、禁忌を犯した大罪人……《空界の支配者》が、友として招いた相手だと!? かような危険な人物を……いや、竜王様にも話が通っているというのであれば、我が口を挟むことではないのだろうが……。またとんでもない化け物を連れてきてくれたものだ」


 ライガンは頭を抱えてぶつぶつとそう口にした後、諦めたように深く息を吐いた。


「よかろう……ついて来るがいい。だが、ロズモンドとやら、桃竜郷は神聖な地……くれぐれも問題は起こしてくれるなよ」


 ライガンはロズモンドを警戒するように睨み、恐々とそう言った。

 その後、身を翻し、洞窟の奥へと向かって歩み始めた。


「案内してくれるそうです、付いていきましょう」


「……それはいいのだが、あの男、何やら誤解しておらんか? 貴様らと同列の化け物として見られても困るのだが」

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