第四十話 仮面の男

「……街の方にも、グリードのゴーレムがいるかもしれません。行きましょう」


 俺はグリードを抱き締めたまま動かないフィリアへとそう声を掛けた。


「うん……」


 フィリアはそう言い、グリードの頭を優しく撫でると、彼の遺骸から距離を置いた。


 そのとき、拍手の音が聞こえた。

 音の方へと顔を上げると、一人の男が立っていた。


「いや……素晴らしい。カナタ・カンバラ……これほどとは。上位存在の方々が頭を悩ませているわけだ」


 男は顔を円形の仮面で隠しており、頭には王冠を被っていた。

 手には黄金の輝きを帯びた、巨大な杖がある。


「お前は……?」


「お初にお目にかかる。このロークロアの真の支配者、《神の見えざる手》の頭目……《世界王ヴェランタ》だ。ラムエルが拘束され、ソピアが尻尾を撒いて逃げるわけだ。この我の最高傑作……アダムを容易く撃破するとは」


「《神の見えざる手》の頭目……?」


 敵対している組織の頭が、直々に乗り込んできた。

 いや、それよりも、今の俺には気になる言葉があった。


「……最高傑作、アダム?」


 アダムはレベルを確認したときに見えた、グリードの本名だ。


「ど、どういうこと? おじちゃんを造ったのは、本物のグリードなんじゃ……」


 フィリアが疑問を口にする。

 どうやらフィリアはグリード……アダムの出生について知っているようだが、それでも彼女の認識と食い違うところがあったらしい。


「いいや、違う。アダムを造ったのは、我の……《万能錬金》の《神の祝福ギフトスキル》だ。本物のグリードの部下に紛れ込んで、手助けをしてやったのだ」


「な……!」


「もっといえば、あのアダム自体……せいぜい、レベル五百程度の《人魔竜》にするつもりだった。だが、そなたの当て馬にするために、今度はアダムの部下に紛れ込んで、偶然を装って《機械仕掛けの月》の量産方法を確立してやったのだ。あれは我の最高傑作の錬金生命体ホムンクルスだ。グリードがどれだけ金と時間を投じても、あれほどの物は造れなかっただろう」


「お前……!」


 俺は無意識の内に、剣を抜いてヴェランタへ向けていた。


「……おじちゃんを、弄んだの?」


 フィリアの問いに、ヴェランタは彼女へ目線を下げる。


「そういうことになるな。いや、もっといえば……そもそも、この王国の一大勢力となる大商公の誕生を補佐したのは、我々……《神の見えざる手》に他ならない。この世界に彩を与えるために、ただの欲深い貧乏商人を持て囃してやったのだ」


「じゃあ……あの、グリード……いや、アダムの憎悪は……」


 グリードは行き場のない怒りと悲しみに苛まれ、その矛先を人間に向けたのだと考えていた。

 だが、ヴェランタの話を信じるなら、その前提が全て覆る。


「ある程度流れに任せたところはあるが、概ね我々の用意した通り……ということだ。彼の憎悪は我々の緻密な計画と、努力によって芽吹いた」


 全て《神の見えざる手》が仕組んだものだったのだから。


 フィリアがヴェランタに向けて手を翳し、拳を握った。


 巨大な白い、赤い模様が施された腕が現れ、ヴェランタを握り潰そうとした。


「《展開》」


 一瞬の内にヴェランタの周囲に無数の剣や槍が現れ、大きな手を貫き、その動きを止めさせた。


 フィリアは目を赤く泣き腫らし、ヴェランタを睨みつけている。

 彼女がこんなに激情を露にしているところを見るのは初めてだった。


「我は戦いに来たわけではない。戦っても……どうせ我では、そなたには敵わんからな。だが、忠告のために姿を現すことにしたのだ」


「忠告……?」


「我々……《神の見えざる手》は、この世界のルールを守り……そして筋書きに彩を持たせるために、日夜尽力している。それが何故なのか、わかるか?」


「……上位存在の手駒となって、この世界の住民達の尊厳を踏み躙っているだけでしょう」


「それは手段であって目的ではない、という話だ。わざわざ手の内を明かし、全てを話したのは、何もそなた達を挑発して駆け引きしようとしているわけではない」


「だったら、何が言いたいって言うんですか?」


「上位存在がこの世界に関心を失えば、この世界……ロークロアは、消去される」


 その言葉を聞いて、血の気が引いた。


「そんな、あっさり、飽きたから消すなんて……」


「元々が、上位存在が膨大なリソースを支払って造り出し……同様に維持しているのがこのロークロアだ。現に、似たような世界がいくつも……飽きられたから、と消去されている。わかるか、カナタ・カンバラ。我々は確かに悲劇を生み出す。だが、周到に用意した布石をそなたが踏み荒らすことで、この世界の寿命そのものを急速にすり減らしている。上位存在の思惑を潰して、いい気分だとでも考えていたか?」


 俺はすぐには、何も答えられなかった。


「……そんなことを話して、どうしろっていうんですか? 俺に……世界のために、とっとと死ねとでも……」


「そなたがそうしたいというのならば、そうしてくれるのが手っ取り早い。だが、我は話しておきたかっただけだ。先も言ったが、戦いに来たのではない。アダムを最高傑作だと言っただろう? 大商公の巨万の富があっても、せいぜい我が用意できるのはアレが限度なのだ。既にラムエル……ソピア、この我が白旗を上げているわけだな。いや、ソピアなど……はぁ、そなたは名前も知らないわけか」


 ラムエル……は、勿論知っている。

 だが、ソピアは聞いたことなどなかった。

 俺の知らないところで、何かが起きているとでもいうのだろうか?


「レベル五千近く……いや、大したものだ。だが、そなたでは絶対に《第六天魔王ノブナガ》には敵わんだろうな。安堵した……この程度であれば、《沈黙の虚無》を動かさずとも済む」


 ……《第六天魔王ノブナガ》は、その名前だけはラムエルから聞いていた。

 《神の見えざる手》に相応しくない人格破綻者であり、条件次第では彼の切り札について話していいと、彼女はそう口にしていた。


「では、さらばだカナタ・カンバラ。決着の日は近そうだな。我は我の手段で……我の愛するロークロアを守る。お前は、自身と周囲の者のために、せいぜい必死に足掻くといい」


 ヴェランタはそう言うと、俺達へ背を向けて歩き始めた。

 歩く先に突然大きな金のレリーフの鏡が現れたかと思えば、ヴェランタはその表面を透過して中へと進み、鏡諸共姿を消した。

 どうやら別の場所へと転移したようだった。

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