第四十一話 その後のポロロック

 大商公グリードの反乱の失敗から一週間がたった。

 大商公の負の遺産であるゴーレム群団……そして暗黒区の犯罪者達への対応のため、今のポロロックは日夜、王国騎士達が駆け回っている。


 相当忙しいらしく、王国騎士のベネットが「カナター、僕らの仲だろ? 僕の手柄ってことにして手伝ってくれ!」などと世迷い言を吐いてきたが、当然断らせてもらった。


 グリード商会内部も相当荒れに荒れていたようで、グリードの後釜を狙う者達がバチバチの派閥抗争を繰り広げていたようだが、結局は女商人イザベラに収まったようであった。


 イザベラは騎士団にも既に取り入っていたようで、彼らからもひとまず混乱を収めるための暫定領主として認められている。

 ポロロックの統治は、ある程度商業に詳しい人間でなければできない、という判断もあったようだ。


「大商公グリード……きな臭い男だとは噂で聞いておったが、まさかここまでの大事をしでかすとはな。悪いときに来たな、メルよ。これではしばらく《妖精の羽音》どころではあるまい」


 《妖精の羽音》の店内にて、ロズモンドが溜め息を吐きながら、そう口にした。


「いえいえ、むしろラッキーでしたよう! この騒動でグリード商会の詳しい契約内容が騎士団の目に付いたとかで……さすがにこれ駄目でしょうって話になって、見直しが検討されてるみたいです。なので、ウチの被せられてた契約内容が見直しされて、なんか結構な額の返金とかもあるんじゃないかって話になってるんですよぅ!」


 メルは膝の上に乗せたフィリアの頭を撫でながら、ウキウキとそう話す。


「えへへ……なんか結果的に、ポロロックの一等地を安値でもらっちゃった形になりそうです! ウチの上についてるイザベラさんも大出世しましたから! なんか、このお店、どんどん大きくできちゃうかもしれないらしいんですよっ! 本当、皆さん、ありがとうございました!」


「まぁ、詳しいことはわかりませんけれど……調子がよさそうでよかったです」


「本当、だいたいカナタさんのお陰なんで、またお礼をさせていただきますね! なんか! なんかイザベラさんがお店のためだってお金を……こんな単位あったんだってくらい、意味わからない額をくれるみたいで……! 利益は九割九分九厘カナタさんに流すってお話だったんで、とりあえずその分をお支払いしますね!」


「……結構です」


「メルさん……あの、それは投資っていうか、多分利益とは言いませんよ……?」


 ポメラが不安げにメルへとそう言った。


 しかし、景気のいい話だが、どうにも今の俺は、金の話を聞いていると、やりきれない想いになる面があった。

 大商公グリードことアダムは、人間の本質は欲望であり、それを露にするために築いたのがポロロックだと口にしていた。

 結局メルや、そこに加担した俺も、ある意味でアダムの敷いたレールの上に乗ってしまっているのかもしれない。

 そう思うと、なんだか素直には喜べなかった。


「えへへぇ、これでメルのデザインした商品を、世の中にバンバン出せちゃうんですよねえ! なんだかっ……なんか、そういうの、すっごいですよね! メルの世に送り出したものが、これまで以上にたくさんの人を幸せにできるんだなって思うと! えへへ! なんだかクサかったですかね? いや、大袈裟なこと言っちゃいましたけど……! でも物を作って売るって、そういうことじゃないですか!」


 俺はメルの言葉を聞いて、自分の口許が綻ぶのを感じていた。


「あーー! カナタさん、笑ってる! 浮かれて何言ってんだこの小娘って思ってる!」


 メルがパタパタと手を振るう。


「いえ、本当に、素敵なことだと思いますよ。協力したのが、メルさんみたいな人でよかったです」


「えへへ……なんだかよくわからないけれど、ウチ、カナタさんに褒められちゃいました」


 グリードがああいった思想を持っていたのは、結局のところ……《神の見えざる手》……《世界王ヴェランタ》に誘導された結果だ。

 そもそも大商公であるグリードの周囲には、ウォンツのような欲に塗れた人間ばかりしか集まっては来なかった……ということもあるのかもしれないが。

 或いは、グリード自体が憎むべき相手を欲しがっていて、そう思い込もうとしていたのかもしれない。


「でも……あなたが思ってた程……人間も世界も、きっと、そう悪いものじゃありませんよ」


 俺は窓の外を眺めながら、そう呟いた。

 

 ただ、グリードが憎むべき対象を欲しがっていて、そこに人間の強欲を選んだのだとしても……彼が本来憎むべき相手は、他に明確に存在する。


 グリード自体、許されるべき存在ではないだろう。

 憎しみに溺れて多くの人間を不幸の底に突き落として、その果てには身勝手な理由で戦争を始めようとまでしていたのだから。

 だが、きっと、彼の仇を討つくらいのことは許されるはずだ。


「……ロズモンドさん、桃竜郷まで来てくれますよね」


「そういう約束であったからな。貴様らは充分過ぎる程に役割を果たしてくれたわい。我が……ラムエルより、《神の見えざる手》の情報を聞き出せばよいのだな。貴様らには恩ができてしまったからな。我の命に代えても、必ず奴から手掛かりを引き摺り出してくれるわ」


 ロズモンドが指を鳴らしながら、そう宣言した。


「あ、危ないことするんですかぁ……ロズモンドさん? そんな……元々、メルのために……!」


「我が決めたことである。我は、我の思うように生きる。それだけの話である。貴様を助けようとしたことも、我があの場で貴様を放っておくのが不快だったからに過ぎんわい。なに……ちょっと、世界の均衡を破壊しようとした大罪人より、話を聞いてくるだけである」


「そっ、底抜けにいい人過ぎる!? あのあの、カナタさん、本当に、本当にそれ、大丈夫なんですかぁ?」


 メルが不安げに俺の方を見た。


 ……どうにもロズモンドは、ラムエルから呼び出しを受けたことを深読みしているようであった。

 腐ってもラムエルは《神の見えざる手》の一員である。

 何か考えがあって自分を呼び出しているのかもしれないと、そう考えているようであった。


 まさかラムエルが『暇で寂しいからあの世話焼きの奴呼んで来いよ』くらいのニュアンスで、ロズモンドを呼び出したとは夢にも思っていない様子であった。


 そのとき、外から足音が近づいてきた。


「お客さんですかねぇ? 今、店の方は動かせないのに……」


 メルが困ったようにそう口にする。


「おい、店主はいるか! 騎士団に協力しろ……って、おお、カナタじゃないか!」


 荒げた声を一転、男は猫撫で声で話す。


「あ……ベネットさん」


 何やら面倒そうな男が来た……と思ったら、王国騎士団のベネットだった。

 面倒そうな男で間違いなかった。


「騎士団の勧誘も、協力の要請も断りましたよね……」


「その件じゃない。ポロロックの住民に協力してもらいたいことがあって、こうして人が集まりそうなところを回っているわけだ」


 ベネットは手に紙の束を持っていた。


「それって……」


「手配書だ。暗黒区の重鎮や、グリードの元部下が逃げ回っていてな。店の内外に貼っておいてほしいというわけだ」


「そういうことでしたら、勿論協力させていただきますよぅ、騎士さん」


 メルが気前よく答えて、ベネットから手配書を受け取る。


「あれ……この人」


 一番上の手配書を目にして、メルはぱちりと瞬きした。


「知っている人ですか?」


 俺もメルの手にしている手配書を覗き込んだ。

 その胡散臭い笑みの男には、俺も確かに見覚えがあった。


「ウォンツ……」


「グリード商会の元ナンバーツーの男だ。グリードともかなり親しかったという。グリードの計画にも関与していた可能性が高い」


 ベネットの言葉を聞きながら、俺はポロロックが大騒ぎになっていた際の、ウォンツの様子を思い出していた。


『王国騎士も私がグリード様とグルだと思っている! 見つかったら連行されればまだマシな話……下手したらその場で斬られかねん! 耄碌して怪しげなことばかりしているのは知っていたが、こんな大事を画策していただなんて、私は、何も、知らされていないのに!』


 ……あの様子が演技だったとはとても思えなかった。


「いやぁ……さぁ……どうでしょう……。あんまり関係ないんじゃないですかね? 放っておいてあげても……」


「仮にグリードのテロに関与していないとしても、ウォンツは立場を利用した詐欺行為や市場操作、脅迫を繰り返していた疑いもある。どっちにせよ奴を捕らえる必要がある」


「まぁ……そうなりますよね……」


 流れとはいえウォンツに助言した立場であるため何となく彼を庇おうかと考えてしまったが、話を聞いている限り、彼は擁護のしようのない小悪党である。

 俺としても、別にウォンツを捕まえないでくれ、なんていうような理由はどこにもない。


「ウォンツはどうやら事件以降も、詐欺とコソ泥、食い逃げを働いているようだ」


 それを聞いて、がくっと身体の力が抜けるのを感じた。


「み、みみっちい……グリード商会の元幹部が、なぜそんなことを……?」


「現グリード商会長であるイザベラの協力の許、ウォンツの財産は全て押さえているからな。金銭的にかなり苦しいはずだ」


 ウォンツが他者を騙して得た巨額の富は、全て騎士団に押収されている状態にあるらしい。

 因果応報というべきか、なんというか……。

 テロ事件の渦中にいたウォンツは自分の生き様を死ぬほど後悔していたようだったが、犯罪行為を繰り返している辺り、結局それを改めることはできなかったようだ。


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