第三十九話 大商公の最期
「お、おおお、おお……吾輩は、吾輩は……こんなところで、敗れるわけには……」
グリードが腕を弱々しく動かす。
もう限界を迎えていることは明らかであった。
「……あなたの想いも、覚悟も知りません。でも、酷い目に遭ったから他者を巻き添えにしてやろうなんて……それは、ただの逆恨みです」
「逆恨みだと……! そんなこと、そんなことは……!」
グリードが歯軋りを鳴らし、低い唸り声を発する。
「そんなことは……吾輩が、一番よく知っておったわい……」
力なく、グリードはそう続けた。
俺は静かに剣を振り上げた。
「……もう、ゆっくりと眠ってください」
「ま、待って! カナタ!」
上の階層から、フィリアの声がした。
フィリアは大柄の男の手を引いていた。
どうやら彼は、グリードの部下らしい。
「な、なんだ、あの化け物は……? グリード様は、この館にあんなとんでもないものを隠していたのか」
グリードの部下が息を呑み、グリードを見下ろして呟く。
「しかし……既に、絶命寸前なのか……? だとすれば、本物の化け物はそこの男の方か……」
どうやら彼らは何も知らされていなかったようだ。
グリードは誰も信用せず、たった一人で、怨嗟と憤怒を押し殺しながら、ずっと生きてきたのだろう。
フィリアが飛び降りて、俺の前に立ち、グリードを庇うように手を広げた。
「カ、カナタ……このおじちゃんはね……えっと、可哀想なおじちゃんで……。フィッ、フィリアが、このおじちゃんのこと、ずっと見張ってる! 悪いことしちゃ、駄目だよって! だから……」
俺は首を横に振った。
「……グリードは王国相手に敵対を示している。それに……これまで何人が彼の犠牲になったことか、わかりません」
グリードは意図的にポロロックに暗黒区を作り、犯罪組織を操って来た黒幕でもある。
その目的は利益を作るためでさえなく、一人でも多くのニンゲンを地獄に突き落とすことだったのだ。
既に何人がグリードの毒牙に掛かっていたかなんて、今更もう、数えることさえできないだろう。
「それに……グリードは、もう長くない」
フィリアがグリードを振り返る。
グリードは既に瀕死の状態であった。
苦しげに喘いで身体を上下させているばかりで、既に意識があるのかも怪しかった。
放っておいても、いずれ死を迎える。
長く苦しませるより、彼のことを想うのであれば、ひと思いに殺してあげた方がいい。
「で、でも、でも……」
「第一に……この人の憎悪は、きっともう、何をしたって癒せないところまで来ています。静かに眠らせてあげましょう」
グリードの目的は、世界中の人間を飼い殺しにして、互いに憎悪を募らせ、醜く争わせ続けることであった。
そのためだけに数十年間、ずっと『大商公グリード』として生きてきたのだ。
彼の憎悪は、狂気は、俺の理解の範疇を越えていた。
そんな彼が、この先心を入れ替えて、どこかで幸せな生活を送ることができるとは、とてもではないが思えなかった。
俺の言葉に、フィリアにも心当たりがあったらしく、彼女は顔を伏せた。
「おじちゃん……」
フィリアはグリードを振り返り、彼の巨大な口の上を、優しく撫でた。
びくりと、グリードが身体を大きく揺らして、反応を見せる。
「お、おお、おおおお……!」
グリードは捻り出すように声を発し、大きな腕でフィリアを覆う。
「フィリアちゃんっ!」
俺は慌てて、剣の柄に手を掛けた。
「そこにいたのか……イヴ! グリードの奴がずっと約束を守らないから、本当は、既に殺されていたんじゃないかと……! ああ、あれから、何年が経った? ずっと、ずっと、会いたかった!」
グリードは、聞いたこともない名前を呼んだ。
意識が混濁し、フィリアを別の誰かと勘違いしているようだった。
フィリアは少し呆気に取られていたようだったが、涙を流しながら、グリードへと抱き着いた。
「ほら、見てくれ。すぐそこに……外がある。光が……! キミは地下から出られたことがなかったから……ずぅっと、見たがっていただろう? 光を、空を……! 一緒に遊びに行こうじゃないか! これまで、長い悪夢でも見ていたようだったけど……なに、僕達
「……うん」
フィリアは小さくそう返した。
「ああ……今日は、いい日、だ……」
その言葉を最後に、グリードは動かなくなった。
「……さようなら、おじちゃん」
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こちらも読んでいただければ幸いです。(2022/1/15)
『大精霊の契約者~邪神の供物、最強の冒険者へ至る~』
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