第三十八話 強欲の審判者

「なんで錬金生命体ホムンクルスが……革命なんか……!」


「何故……か、ふぅむ、理由を教えてやろう」


 グリードの巨大な口が、牙を剥き出しにする。


「吾輩は貴様らニンゲンの、欲深き、醜い生き物が怖気が走るほど嫌いでな。自分はそうではないと宣う奴ほど、化けの皮を剥がしてやれば、醜い本性が隠れておる。だから吾輩が世界を牛耳り……世界の全てを、ポロロックのような究極の資本主義国家、競争社会へと作り変えるのだ! 全人類がこのポロロックの商人のように欲望に溺れ……いがみ合い、憎み合い、蹴落とし合うようにな! クク……この世界の全てを、ニンゲンを苦しめ続けるための地獄にする! それが吾輩の願いである!」


 ぞっとするような、邪悪な悪意だった。

 何をどうすれば、ここまで世界に憎悪を向けるというのか。


「他人を苦しめることだけが目的だって……なんて、惨い」


「クク、惨いものか。吾輩はほんの切っ掛けを与えてやるだけ……欲で膨れ上がった自重で地獄へ沈んでいくのは、キミ達ニンゲンの罪である! 吾輩は世界の……強欲の審判者となるのだ! 吾輩の野望のため……キミにはここで死んでもらう!」


 グリードが大きく跳ねて、一気に接近してくる。

 同時に巨大な腕で、俺を叩き潰そうとした。

 俺はその場で跳んで手の甲に乗り、剣でグリードの肩を斬った。


「ガァァッッ!」


 グリードの巨大な尾が、俺目掛けて振り下ろされる。


「少しばかりやるようだが、ニンゲンの身で吾輩に敵うと思うなよ! 吾輩は生まれてからずっと……貴様らニンゲンへの憎悪を募らせながら、自律進化を繰り返してきたのだ! 矮小なニンゲン如きが吾輩に敵うと……!」


 俺は尾を、左手で受け止めた。

 衝撃で床が割れて罅が走った。


「さすがに重いな」


「な、なんだと……? 馬鹿な、有り得ん、有り得るわけがない! 何故吾輩の一撃を、そうも軽々と……!」


 グリードは動揺しながらも、更に尾に力を込めて、俺を叩き潰そうとする。

 グリードにとって、俺の存在は完全なイレギュラーであったらしい。

 レベルで負けているとはとても信じられない。

 だから、力勝負で打ち勝たなければ、安心ができないのだろう。


「ク、クソ……何故……!」


 グリードは尾を引こうとした。

 だが、俺はそれを許さない。

 掴んだまま勢いよく引き寄せる。


「あ、ああ、あああああっ!!」


 グリードの身体が宙に浮き、俺へと向かって来る。

 俺はそれを、思い切り叩き斬った。

 黒い体液が飛び散り、グリードの巨躯が床へ叩きつけられる。

 床が砕けて割れて、一階へと落ちていった。


「有り得ない……有り得ない! ニンゲンの玩具として生み出され……利用され……身勝手に全てを奪われ……! ずっと、ずっと吾輩は、このためだけに生き長らえ続けてきたのだぞ! それが、こんなところで潰えるというのか……?」


 俺はグリードを追って、一階へと降り立った。


「……俺を知らないのなら、《神の見えざる手》の一員ではなかったようですね」


 もっとも、連中が全く干渉していない……とは思えないが。


「こんなところで敗れてなるものか! 吾輩は……貴様らに利用され、捨てられてきた同胞達の、骸を背負って戦っておるのだ! 敗北など、許されてはおらんのだ!」


 グリードの巨躯が更に膨れ上がっていく。

 身体から無数の触手のようなものが伸び、それらの先端には、巨大な鉤爪のようなものが付いている。

 奴の巨躯に、次から次へと、新たな仮面が浮かぶ。

 どんどんと、悍ましい姿へと変化していく。


「ぐぅわはははははは! 吾輩は下等なニンゲンとは違う! 常に必要に応じ……知能を、そして肉体を、無限に進化させていく! これで容易には近づけまい! 第二ラウンドといこうではないか、カナタァッ!」


「……あなたの想いも、覚悟も知らないまま倒してしまうことを許してください。それでも……あなたはこの世界に、いてはいけない存在だから」


 俺の言葉聞いて、グリードの巨躯がわなわなと震える。


「勝った気になるなよ……ニンゲンの小僧がぁぁぁっ!」


 グリードが咆哮を上げながら、俺へと突進してくる。


 俺は触手の鉤爪を弾きながら、周囲へ跳び回る。

 瓦礫を、壁を蹴り、グリードの周りを回るように動いた。


 レベル差があるとはいえ、レベル三千は決して甘く見ていい相手ではない。

 特にグリードは、無数の触手の一本一本を操り、俺を確実追い込もうとしている。

 気を抜けば絡めとられ、身体を引き裂かれてしまうだろう。


「ハハハハ! 散々強がっておいて、防戦一方ではないか!」


「《低速世界スローワールド》」


 俺は追って来る触手に対し剣を向けて、巨大な魔法陣を展開した。

 第十二階位の時空魔法だ。

 魔法陣は直径五メートル程に広がり、紫の光の球体となった。


 範囲内の触手が、一気に速度を落とす。


「つまらん小細工を……!」


 別方向から飛来してきた触手が俺を襲う。

 俺は《低速世界スローワールド》で止まっている触手の方へと跳んだ。


 身体の一部が遅くなったのだ。

 グリードは今、身体の感覚が狂っているはずだ。

 どうしても動きを遅くされている触手へと意識が向き続け……その分、集中力が割かれる。

 無数の触手を制御しているグリードにとっては致命的だ。


 そしてゆっくりと動く触手のお陰で、グリードからの死角が固定された。

 俺は触手を隠れ蓑に魔法陣を紡ぎながら、壁を蹴って宙へと跳び上がった。

 グリードは俺が頭上へ跳んだことに対して、反応が一瞬遅れた。


「上だと……!」


「《超重力爆弾グラビバーン》」


 グリードの頭の方に、黒い光が漂う。

 光は空間と共に爆縮を始めた。


「まずい、この魔法を受けるわけには……!」


 グリードは必死にその場から離れ、光から逃れようとする。

 だが、空間さえ歪める重力の暴縮は、グリードを逃がしはしなかった。


 グリードの頭部が爆ぜる。

 触手が飛び散り、彼の巨躯が壁を押し潰しながら倒れた。

 黒い体液が辺りに飛び散る。


 からんと、罅割れた水晶……《機械仕掛けの月》が、グリードの前を転がった。

 爆風に呑まれ、身体から引き千切れたようだ。

 日光に照らされた《機械仕掛けの月》の中では、小さな歯車がカラカラと弱々しく回っていたが、すぐにそれは動きを止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る