第三十七話 大商公グリード

 ロヴィス達と別れた俺は、フィリアを捜してグリードの屋敷の奥へと向かっていた。

 三階へと向かうための大きな階段前に来たとき、上に何者かが立っていることに気が付いた。


「王国騎士団……ではなかったか。よりによってキミか……《妖精の羽音》の協力者、異世界転移者のカナタ・カンバラ」


 一目見ただけで、大商公グリードだとわかった。

 大柄な、人間味を感じさせない、不吉な人物であった。

 やや肥えた丸い顔は、皺が少なく年齢を感じさせない。

 まるで仮面のような不気味さがあった。


 王国中に根を張るグリード商会の商会長であり、この商業都市ポロロックの領主でもある。


「部下には……既に逃げられたようですね。投降なさっては?」


「ここまで来たキミだ。わかっておるのだろう? この世界で重要なのは、絶対的な個……雑兵など、ただの賑やかしに過ぎん。力そのものが権力となる。だからこそあの男は……最強の錬金生命体ホムンクルスを造ろうとした」


 グリードは悠々と、俺の許へと階段を下りてくる。


「あの男……?」


「物は相談だが、帰ってくれんかね? お嬢ちゃんと約束してな? カナタ達には手を出すな……と。だが、吾輩は……向こうから来る分にはその限りではないと、断りを入れている」


「フィリアちゃんがいるのがわかった以上……むしろ、引き下がる理由がなくなりましたね。館の庭も、ロビーのゴーレムももう全滅しています。あなたには、もう、抵抗する手段はない」


「やれやれ……お嬢ちゃんに嫌われてしまうな」


 グリードが太い首をコキリと鳴らし、横へ倒した。

 

 どうにも投降するつもりはないらしい。

 冒険者を前に、護衛も付けずに、なぜ余裕振っているのか理解ができない。


 だが、グリードを人質にさえできれば、グリードの部下やゴーレムが抵抗を仕掛けてくることもないはずだ。

 あくまで抵抗するというのならば、叩き伏せて捕虜にするだけだ。


 俺は周囲を警戒しながら、徒手のままグリードへと掴みかかった。


 だが、グリードは信じられない程に俊敏に動き、俺の手を寸前で躱してみせた。

 逆に俺の首へと手を伸ばしてくる。


「なっ……!」 


 俺は腕を払いのけ、グリードの腹部を蹴り飛ばした。

 グリードは身軽に宙で回転し、床へと着地した。


「参った……ただのS級冒険者クラスではないらしい。とんでもないイレギュラーが交っておったものだ。いや、あのお嬢ちゃんを抱えておったのだから、想定しておくべきだったのか。キミもどうやらこちら側らしい」


 忌々しげにグリードが呟く。


「お前……何者だ? ただの商人じゃなかったのか?」


 今の感じ……どれだけ低く見積もったとしても、レベル千以上はある。

 だが、有り得ない。

 グリードがここまでレベルが高いなんて話、これまで一言も耳にしたことがなかった。

 ただの商人上がりの領主だったはずだ。


「王国をニンゲンとして牛耳るために……これは、ギリギリまで使いたくなかったのだが」


 グリードの身体が、ボコボコと球状に膨れ上がっていく。


 俺の目前で、グリードはどんどんと異形の怪物へ姿を変えていった。

 元々不気味な仮面のようなものだった顔が生気を失っていく。

 二つの仮面が肉塊の奥から浮かび上がり、その下に大きな人外の口が開いた。


 肥大化した手足で四つ足の姿勢になる。

 竜骨のような尾がゆらりと伸びて、その先端が、俺に照準を向けて揺れていた。

 たとえるならば、黒い巨大な蝦蟇の化け物のようであった。


「本当に……なんなんだ、お前……!」


 俺は剣を抜いて、グリードへと構えた。

 今まで対峙してきた何者と比べても異質な存在であった。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

アダム

種族:キメラ・ホムンクルス

Lv :3000

HP :14394/15000

MP :12000/12000

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「レベル……三千!?」


 さすがにこんな高レベルは有り得ないはずだ。

 ナイアロトプは……《神の見えざる手》は、制御できない高レベル存在を嫌っている。

 《神の見えざる手》の一員なのか?


 いや、疑問はそれだけではなかった。

 この異質な姿もそうだが、そもそもコイツはグリードではない。


「お前、グリードをどこへやった? 影武者か!」


「吾輩こそが大商公グリードである! あの男の大博打を繰り返すだけの政務であれば……いずれ破綻してポロロックは潰えていた。あの杜撰で稚拙な反乱計画も、とっくの昔に王家へ情報が洩れていただろう。そもそもあの調子では、下準備の間に歳で耄碌してくたばっていたはず……。ニンゲンのような、欲深き、視野の狭い下等生物に同じことができたか? 不老で聡明な吾輩だからこそ、このポロロックを王国一の都市へと導いてやれたのだ!」


 グリードが巨大な口を開けて哄笑する。


 その言葉を聞いて、俺は息を呑んだ。

 グリードは八十近い高齢であるのに、異様に若い外見を保っているという話であった。


 黒魔術に傾倒して若返ったと噂されていたが、錬金生命体ホムンクルスに成り代わられていたのならば説明が付く。

 ロズモンドから『グリードは数十年前にポロロックで錬金生命体ホムンクルスの実験事故を起こして死亡者を出したことがある』……と、前に聞かされたことがあった。

 恐らく、その際に入れ替わったのだ。


 グリードの背中の方に、ゴツゴツとした大きな水晶玉が、三つ並んでいるのが見えた。

 水晶の奥には、歯車らしきものが噛み合っており、回転し続けている。

 初めて見るはずだが、なんとなく既視感があった。


 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

【機械仕掛けの月】《価値:神話級》

 邪悪な魔力を帯びた水晶玉。

 十三体の魔王の血を結晶化することで錬金できる《深淵の月》を、量産すべく開発されたもの。

 無数の錬金生命体ホムンクルスのコアが用いられている。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「《機械仕掛けの月》……?」


 既視感を覚えたはずだ。

 《深淵の月》は蜘蛛の魔王……マザーの身体に埋め込まれていたアイテムである。


 あれのせいでマザーのレベルが跳ね上がっていたようであった。

 あんなものが量産できるなど、この世界のバランスを明らかに壊している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る