第三十三話 《竜旋牙》(side:ロヴィス)
最初こそロヴィスを圧倒していたミツルの桃竜郷流剣術だったが、打ち合いが続くごとに雲行きは怪しくなっていた。
ロヴィスは追い込まれながらも、上手く動きに支障の出る攻撃を回避し続け、ミツルの動きを覚えていた。
加えて差が出たのは、命懸けの戦いの中で一切心を疲弊させない、ロヴィスの異常な精神構造にあった。
動きが乱れつつあるミツルに対して、反対にロヴィスは切れ味を増していく。
「ハハハ、ほら、どうした、どうしたぁっ! まだまだ舞えるだろう、ミツル・イジュウイン!」
血塗れになりながらもロヴィスは大鎌を振るい続ける。
彼は極度の興奮で
痛みも疲弊も、今の彼にとっては自身の動きを鈍らせる理由にはならない。
(このままじゃ……オレが先に潰れる! 一か八か、アレをやるしかねぇ!)
ミツルの身体から昇る蒸気が、青から黄色へと変化した。
「《
床を蹴り、素早くロヴィスから距離を取る。
「今更竜人の剣術を捨てて、俺に勝てると思っているのか! それともここまで来て、逃げられるとでもか!」
ミツルの身に付けた剣術は、竜人の如く頑丈な身体を有していることを前提とした、竜人の体術をベースとしている。
そのため防御モードでなければ扱えないのだ。
通常状態で使えば、すぐに手足を負傷させられて戦えなくなる。
「一か八かの博打技だが、仕方ねぇ……」
ミツルは宙へ跳ぶと、背後の壁を蹴ってロヴィスへと飛んだ。
「竜技、《竜旋牙》!」
「速度だけに賭けた直線攻撃……こんなものが最後の切り札か? がっかりさせてくれるなよ」
ロヴィスは身体を半歩退いて、大鎌をミツルへと向ける。
ミツルが真っ直ぐ向かって来るだけであれば、刃を弾き、大鎌で仕留めるのは容易い。
「《
ミツルが空中で《
同時に身体を捻り側転運動を交え、大剣をロヴィスへ向ける。
「なっ……!」
速度を引き上げて発射し、衝突間際に《
加えて《
本来、《竜旋牙》は竜人が自身の恵まれたステータスを用いた突進攻撃に、翼によって動きに変則性を足すことで成立する技である。
ミツルはそれを《
聖竜オディオのアイディアではあったが、元祖以上に扱いが難しく、ミツルはこれまで一度も成功させたことがなかった。
「くたばりやがれぇっ!」
ミツルの振るう大剣が、ロヴィスの大鎌を弾き落とした。
続けて刃が、ロヴィスの胸部へ放たれる。
ロヴィスは身体を反らしながら、背後へ大きく跳ぶ。
だが、避けきれなかった。
刃がロヴィスの身体を深く斬りつけた。
勢いのまま、ロヴィスは身体に背を打ちつける。
その場に崩れて座り込んだ姿勢になり、がくんと彼の身体が揺れ、口から血を噴き出した。
身体から流れ出た出血と合わさり、血溜まりとなっていた。
元よりレベル上のミツルの、《
即死していてもおかしくなかった。
「ロ、ロヴィス様が、敗れた……?」
ダミアが、信じられないというふうに口にする。
「ぜぇ、ぜぇ……クソ、疲れる技だ。ハ……しかし、ようやく成功したのが、実践とはな。確かにこれまで戦った中じゃ、二番目にテメェは強かったぜ。レベル下の癖に手こずらせやがって……レベルも上がらねぇから、旨味がねぇな」
ミツルは悪態を吐いた後、大剣を構え、動かなくなったロヴィスへと歩み寄る。
「テメェの面は覚えといてやるぜ、死神」
ミツルが大剣を振り上げたとき、彼の背後へとヨザクラが斬り掛かった。
ミツルは振り返り、彼女の刀を弾く。
ヨザクラはそのまま駆け抜け、ロヴィスの前に立ち塞がった。
「おいおい、侍女、約束が違うんじゃねぇのか?」
ミツルが怪訝げにヨザクラを睨む。
「野蛮な異郷人……私が何か、あなたと約束を?」
ヨザクラが薄目でミツルを睨み返す。
「ヨ、ヨザクラ、ロヴィス様は手出しするなと……! それに、醜く生に執着するような無様を、ロヴィス様には晒して欲しくないと……!」
「私はただ、私の魅せられたロヴィス様の高潔な武人の魂が穢れるところを目前にしたくはなかったというだけのこと。私自身が卑劣に身を落とすことに何ら抵抗はない。三人相手に喧嘩を売った手前、覚悟していなかった……という方が甘いのでは?」
「チッ、オレがさっきの奴との戦いでバテたと思ってんなら見当外れだぞ。モブ二匹程度、まとめて地獄に送ってやらぁ」
ミツルが大剣を構え直した、そのときだった。
起き上がったロヴィスが、ヨザクラの背後にふらりと立っていた。
「ロヴィス様、意識が……きゃっ!」
血塗れのロヴィスは、大鎌の一撃でヨザクラを斬り飛ばした。
鮮血が舞い、ヨザクラが床を転がる。
「……テメェ、自分を庇った部下への仕打ちがそれかよ」
「愚かな部下が無粋な真似をしたな。これで許せ」
ロヴィスが大鎌で円を描くように回し、自分の腹部を抉った。
衣服が裂け、真っ赤な痛々しい傷が刻まれる。
明らかな深手を自身に負わせながらも、ロヴィスは全く痛みなど感じていないかのように笑い、大鎌を回して構え直す。
「さぁ、再開しよう。ああ、今日は人生最高の日だ、ミツル」
血塗れの、明らかに瀕死の状態であるはずだった。
だというのに、全くロヴィスの動きに鈍ったところが見えない。
まるで糸か何かで身体を操っているかのような、不自然ささえあった。
「チッ、参ったな……思ってたより遥かにクレイジーな野郎じゃねぇか。いいぜ、ここまで来たら最後まで付き合ってやるよ」
強がるミツルだったが、表情が歪んでいた。
ロヴィスは《竜旋牙》を受けて意識が途切れてから、明らかに纏うオーラが、更に異質なものへと変容していた。
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