第三十四話 死神の降臨(side:ロヴィス)
「《
ミツルから青い蒸気が昇る。
聖竜オディオより教わった、桃竜郷流剣術で戦うつもりであった。
桃竜郷流剣術は、攻めよりも防御面に長けている。
今の死に体のロヴィスを確実に倒し切るのに適しているはずだ。
「悪いが、テメェと一緒に死んでやるつもりはねぇぜ、死神」
ミツルは大剣を逆手に持ち、守りの技……《竜砦》の構えを取る。
ロヴィスは魔物染みた不気味な笑みを浮かべ、地面を蹴ってミツルへ直進する。
「《
ロヴィスの姿が光に包まれて消え、次の瞬間にはミツルの目前へと肉薄していた。
「死角取らずにそのまま来るのかよ!」
ミツルはロヴィスの大鎌を大剣で受け、そのまま素早く切り返して彼の腹部を狙う。
ロヴィスはそれを、左腕の肘を曲げて重ねて受け止めた。
肉が裂け、骨の折れる音がする。
「なっ……」
「カハハハハハハハァッ!」
ロヴィスは笑い声を上げながら、ミツルの腹部を大鎌で斬った。
「ぐはっ!」
ミツルは背後へ跳び、左手で腹部を押さえる。
「なんて無茶な戦い方だ。テメェ、頭が完全にイカれたか!」
ミツルが顔を上げたとき、ロヴィスの大鎌が既に自身へ振られていた。
「ぐっ!」
大剣で弾き、背後へ退く。
ロヴィスは左腕をだらんと床へ垂らした状態で、右腕で強引に大鎌を振るう。
片腕で力が乗らなくなった分、身体を振り乱すようにして動かす。
我武者羅な、ただ瀕死の獣が暴れているだけのような、そんな戦い方だった。
だが、それでいて、動きにまるで隙がない。
辛うじてこれまではロヴィス相手に有利に戦えていたはずの桃竜郷剣術が、今の死に掛けのロヴィスに対して明らかに後れを取っていた。
「なんなんだよ……テメェはよォッ!」
ミツルが恐怖を振り切るように叫ぶ。
今のロヴィスは
頭は多幸感で満たされ、今の彼には、知覚範囲の隅々まで鮮明に意識が向き、世界の全てがゆっくりに感じていた。
ロヴィスはその限界以上に高められた身体能力の全てを、相対する者を確実に葬ることのみに捧げている。
その在り方は、最早人間というよりも一振りの刃のようであった。
「ヨ、ヨザクラ……大丈夫か!?」
ダミアが、ロヴィスに斬られて倒れていたヨザクラを介抱していた。
ヨザクラは薄目を開けて、ロヴィスの戦っている様を、恍惚とした表情で見つめていた。
「ロヴィス様、おめでとうございます……。ついに、到達なされたのですね、武の神の領域へ……」
今のロヴィスは、身体の全細胞を戦いそのものに特化させているといっても過言ではない。
武の神、或いは死神の領域に達していた。
相対しているミツルとしては溜まったものではなかった。
(トカゲ爺の剣術がもう全く通用してねぇ! たまたま当たっても、軽い攻撃じゃ、今のこいつはくたばらねぇ!)
だとすれば《竜旋牙》を当てて、確実にロヴィスを殺し切るしかない。
それ以外で彼の猛攻は止まらない。
《竜旋牙》の高速の変則的な動きであれば、今のロヴィスでも正面からは対応できないはずだ。
だが、《竜旋牙》には大きな欠点があった。
前動作が大きすぎるが故に、《
《竜旋牙》は体力を使う。
あと一発放てば、まともに立てなくなるという自覚があった。
戦闘狂のロヴィスである。
敢えて避けずに迎え討とうとする、という可能性もなくはない。
しかし、《
「だが……そっちに賭けるしかねぇか。《
ミツルから黄色い蒸気が昇る。
即座に地面を蹴り、《竜旋牙》を放つべく背後へと飛ぶ。
「カハハハハハハッ!」
間髪入れず、ロヴィスが間合いを詰めてくる。
この様子ならば、正面から勝負してくれる算段はあるように思えた。
一か八か、ミツルは背後の壁を蹴り、ロヴィスへと真っ直ぐに飛ぶ。
「《竜旋牙》!」
壁を蹴り、自身を勢いよく射出する。
その後、空中で《
幸いにも、ロヴィスは《
不気味な笑みを携えたまま、大鎌を構えてミツルを迎え討とうとしている。
ミツルはロヴィスに狙いを定めて大剣を振るう。
その刹那、ミツルはロヴィスの大きく見開かれた眼球が、正確に自身の身体の動きを追っているのが見えた。
ただの偶然、錯覚の類だとは思えなかった。
今のロヴィスには、《竜旋牙》の動きが完全に追えている。
「ここまで来て……迷うんじゃねぇっ!」
ミツルは自身へそう言い聞かせ、大剣を振るう。
刃を避けるように、ロヴィスは身体を大きく反らし、宙へと跳ぶ。
ここで逃せば、ミツルはもう、これ以上ロヴィスと戦える力は残っていない。
刃を押し込むようにロヴィスへと放った。
ロヴィスの身体に《竜旋牙》が炸裂した。
「カハァッ!」
ロヴィスの身体が吹き飛び、床に一度、二度と激しく叩きつけられる。
ミツルが勝利を確信した、その瞬間だった。
三度目に地面に叩きつけられそうになったとき、ロヴィスは身体を丸めて床を跳ね、宙で回って姿勢を整えて、その場に綺麗に着地した。
「う、嘘だろ……?」
ロヴィスは《竜旋牙》を受ける直前に宙へ身体を浮かせて背後へ跳んで、衝撃を逃がしていたのだ。
かつ、ミツルの狙っていた胸部を手足で防ぎ、急所を守っていた。
今のロヴィスは、思考能力がほとんど溶けている。
だが、その分、戦闘本能の塊のような、彼の本質が剥き出しになっていた。
この場を生き残り、敵を殺す。
そのための最適解を選び続ける殺戮人形と化している。
如何なる痛みも、今の彼にとってはどれだけ身体を動かせるかという情報でしかない。
ミツルは息を荒げながら、どさりとその場に膝を突く。
「クソ、なんであんなにタフなんだよ!」
ミツルは自身の足を叱咤するように手で叩き、爪を立てる。
今動かなければロヴィスに殺されてお終いだ。
だが、どうしようともこれ以上戦えないことは、ミツル自身が理解していた。
「い、今まで見て来た、どのロヴィス様とも異なる。あんな……あんなに恐ろしい御方だったのか」
ダミアは息を呑んで、ロヴィスの戦いを見守っていた。
ヨザクラはただ、満足げにロヴィスを見つめていた。
「カハハハハハハァッ!」
ロヴィスがミツルへと疾走する。
「う、うぐ……クソ、畜生っ! オレが、オレが、こんなところで死ぬのかよ……!」
ミツルの目には涙が滲んでいた。
彼もロークロアの世界に来てから、死を覚悟したことがなかったわけでもない。
ただ、これほど濃密に、絶対的な死が自身へと迫ってきたのは、初めての経験であった。
「カハァッ!」
ロヴィスが大鎌を振りかぶり、床を大きく跳ねた。
ミツルは口惜しさから床を拳で叩き、首を差し出すように頭を垂れた。
だが、ロヴィスはそのままミツルを飛び越えた。
「あん?」
ロヴィスは大鎌を遠くへとブン投げ、正座の姿勢で着地して、勢いのままに床を擦りながら前進する。
膝の布が摩擦熱で擦り切れていた。
ロヴィスはその前身の勢いが途絶えぬまま、頭を床へと付けた。
「お久し振りですカナタ様ッッ!」
突然正気を取り戻したロヴィスの頭頂部の延長線上には、黒髪の青年……カナタの姿があった。
「……えっと、あの、どういう状況ですか?」
困惑した顔でカナタが尋ねる。
遠くでは、ヨザクラとダミアが、恐らくはロークロアにて史上最高速のスライディング土下座を決めたロヴィスの背へと、侮蔑の眼差しを送っていた。
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