第三十二話 桃竜郷の剣術(side:ロヴィス)
ミツルが大剣を中段に構えたまま、ゆらりとロヴィスへ距離を詰める。
「なるほど……相手にプレッシャーを与えて先に動かせ、そこにカウンターを叩き込むことを中心とした剣術か。先程までの直情的な戦い方とはまるで正反対だな」
ロヴィスが舌舐めずりをする。
「ハッ、魂胆はわかってますよってアピールかよ」
ミツルが舌打ちをした。
桃竜郷にて、ミツルが聖竜オディオより教わった剣術であった。
元々竜人の武闘術であったものを、人間でも扱えるように、かつミツルの弱点を補えるように改良されたものである。
ミツルはカナタの前では、聖竜オディオの『弟子にしてやろう』という言葉を突っぱねていた。
自身には師匠など不要であると、そう考えていたためである。
だが、《竜の試練》でカナタの前で尽く赤っ恥を掻くことになり、見下していたライガンにも成績で敗北することになったミツルは、考えを改めて、短期間ながらにオディオへ弟子入りしていたのだ。
「この手合いを相手にするときには、間合いを保ったまま魔法攻撃や投擲武器での牽制をしつつ、相手が崩れたところを突いて一気に接近して仕留めるのが定石なのだが……」
ロヴィスが床を蹴って、ミツルへと飛び掛かる。
「自分を抑えられそうにないな! その竜人の剣術とやらを、見せてもらうじゃないか!」
「《竜砦》……」
ミツルは大剣を持つ手の上下を入れ替え、大剣を頭の位置に構え、刃を地面へと向ける。
「頭や胸を守りつつ、反撃に出やすい構え……か」
ロヴィスが呟く。
急所を守りやすいが、腕や足の守りが疎かになる。
本来、鱗がなく、爪の薄い、打たれ弱い人間にはできない、竜人のための戦い方だ。
しかし、ミツルは《
「なるほど……確かにこれは竜人の戦い方らしい。先程までとは全く違う。慎重にならざるを得ない、か」
ロヴィスが《
彼のスキルに合わせた剣術を身に付けているというのであれば、話が変わってくる。
ロヴィスが間合いの手前で速度を落としたとき、ミツルがニヤリと笑った。
「《竜閃尾》!」
ミツルは大きく前進しながら頭を前に倒し、薙ぎ払うように刃を放つ。
堅牢な構えである《竜砦》から、一手で攻撃に出るための剣術であった。
返し技を意識させてから、不意打ち気味に強打をぶつける、奇襲の技だ。
「なっ……!」
ロヴィスは寸前で身体を反らし、刃を避ける。
「《竜爪舞》!」
ミツルはすかさず身体の軸を回し、舞うように追撃の剣を振るう。
刃の連打に、ロヴィスは一手ごとに振り遅れていく。
聖竜オディオの考案した、竜人の武術を許にした剣術は、ロヴィスに対しても有効であった。
今のミツルは速度も膂力も落ちている。
しかしそれ故に、力押しを捨てて、確実に剣技でロヴィスへ攻撃する、という姿勢が前面に出ていた。
ロヴィスとしても、生半可な反撃は《
「ハハハ、偉そうに語ってた死闘の経験とやらも、オレがちょっとばかり工夫すりゃあ乗り越えられる程度のものだったらしいな! 礼を言うぜ死神! テメェのお陰で、また一つ強くなれた! トカゲ爺の剣術が、ここまで有用だとはよ!」
ミツルが笑いながら剣を振るう。
「ロ、ロヴィス様が、ここまで追い詰められるとは!」
ダミアが腕を上げて、ミツルへ狙いを付ける。
土魔法で攻撃に出ようとしたのだ。
だが、その背にヨザクラの刃が向けられた。
「下ろしなさい、ダミア。ロヴィス様は戦いを邪魔されることを嫌う」
「だ、だが、このままでは……!」
「戦いの中ならば死んでも本望だと、ロヴィス様はそう口にされていた。それに、この勝負、勝つのはロヴィス様です。あなたはロヴィス様を甘く見ている」
ヨザクラは、ロヴィスの勝利を疑ってはいなかった。
「らぁっ!」
ミツルの放った一撃。
ロヴィスの胸部に刃が走り、血が舞った。
「浅いか。だが、手も足も出ずって感じだな、死神。そろそろ終わらせるぜ」
「なるほど……独創的で、柔軟な剣術だ。だが、型と、そこからの変化は、もう六割方、見せてもらったようだな」
「……あ?」
「決着が付けば逃がしてやろうと思ったが、止めだ。やはりこの決闘を……俺の保身で穢すわけにはいくまい。ミツル・イジュウイン、ここからは俺も、手段を選ばずに、キミを殺しに行く」
ロヴィスは血塗れの身体で大鎌を構える。
「最後に忠告してあげよう……その竜人の剣術、まだキミに馴染み切っていない。その剣術は、キミの成長に伴って、キミが変化を加え、そこで初めて完成するように作られている。とてもいい師匠だな。だが、その状態では、一通りの動きさえ覚えれば、俺にとって対応するのは難しくない。そこがキミの寿命だ。せいぜいそれまでに俺を殺せ」
ロヴィスの殺気と狂気に気圧され、ミツルの身体が硬直する。
どんな化け物相手にも感じたことのない、異様なオーラをロヴィスは放っていた。
「チッ、上等だ!」
ミツルは吐き捨てるように言った。
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