第三十一話 ミツルの奥の手(side:ロヴィス)

「《短距離転移ショートゲート》!」


 ミツルの一撃を、ロヴィスは時空魔法で回避した。

 ロヴィスは転移と同時に大鎌を振るい、ミツルの背後より彼の項を狙う。


「ぐっ!」


 振り返りながら防ぐミツルは、反撃に出る余裕がなかった。

 《極振りダブル》の攻撃モードでまた刃越しに弾き飛ばしてやろうと狙うものの、ロヴィスは衝撃を逃がすように背後へ跳び、素早く次の一撃を放ってくる。


「だあぁっ!」


 ミツルの大振りを、ロヴィスは大きく背後へと跳んで躱す。


「おお、怖い、怖い。大層な攻撃じゃないか。でも、何故だろうね。俺にはそれが攻撃というより、『近づかないでくれ』と懇願しているように見えるのは」


「……お喋りな野郎だ」 


 ミツルが舌打ちを鳴らす。


「クソ……今でも充分、パラメーターの速さは勝ってんのに。なんでオレの方が、常に振り遅れる……?」


「簡単な話だ。純粋な技量の開きもあるが……キミ、本気で死闘に興じた機会は、ほとんどないのだろう? 《極振りダブル》の性質上、隙さえ見せてくれる温い相手ならば、レベル差があっても簡単に殺し切れてしまう。死闘の中で培った、経験……勘というものが、どうしても育たない。チップを払わないギャンブルに熱中する者はいない。俺ほど戦いに魅入られていないのも、それが原因か。或いは……もっと本質的な部分の差か」


「あぁ? 何が言いてぇ」


「無知で純情な乙女に教えてやろうと言っているんだ。本物の殺し合いという奴をね」


「馬鹿にしくさりやがって……! 完全に頭に来たぜ。舐めプでぶっ殺してやろうかと思ってたが……それもここまでだ。速攻で終わらせてやらぁ……《極振りダブル》、素早さモード!」


 ミツルの身体から黄色い蒸気が昇る。


「避けれるもんなら、避けてみやがれ!」


 地面を蹴り、一直線に向かう。


「いい……いいぞ! キミは本当に楽しませてくれる」


 ロヴィスは、避けるなど勿体ないとでもいうかのように、大鎌を構えて迎え撃つ姿勢を取る。


「対応できると思ってんのか馬鹿野郎がぁっ!」


 ミツルの刺突。

 素早さモードの利点を活かした、もっとも対応し辛い攻撃……刺突。

 ロヴィスは大鎌を引いての防御を試みたが、刃は逸らし切れなかった。

 大剣の刃が、ロヴィスの右肩を抉る。


「がっ……」


「ハッ、よく今のを逸らしたもんだが……肩が潰れちゃ終わりだな。左手だけで、素早さモードのオレを凌げると……」


「いい……いい痛みだ! ハハハッ! 次の瞬間には殺されているかもしれないという、この緊張感……そしてそれを塗り潰す、圧倒的な高揚感! これが俺の求めていた戦いだ!」


 ロヴィスは叫びながら、ミツルの大剣を強引に弾く。

 《極振りダブル》の効果で膂力の落ちているミツルは、力負けして体勢を崩した。


「ちぃっ!」


 ミツルは大剣で自身の右側を守る。

 ロヴィスの右肩が潰れているため、左腕で大鎌の一撃をお見舞いしてくると読んだのだ。

 だが、ロヴィスは右腕で大鎌を握り締めていた。


「お構いなしかよ!」


 ミツルは大慌てで大剣を持ち替えて大鎌の刃を防ぐ。

 続けて身体がふらついたところにロヴィスの追撃が右から、左からと素早く繰り出される。


「クソッ!」


 破れかぶれで大きく跳んで、素早さモードの力を活かして強引に距離を引き離す。

 大きく振られた大鎌の刃が、ミツルの足のすぐ横の床を砕いた。


 ミツルは息を呑む。

 素早さモードの間、自身の防御力も大幅に落ちている。

 あと少し運が悪ければ、今、片足を失っていただろう。


「ハハ、ハハハハ、楽しい……楽しいぞミツル! やはりレベル上の相手が一番燃える!」


 体勢を整える間もなく、ロヴィスが迫ってくる。

 思考を纏める猶予もなかった。

 ミツルは歯を喰いしばり、大剣を構えて前に跳ぶ。


「オメェはオレの、最高速度には敵わねぇだろうがよ!」


 ミツルは素早さモードで一気に肉薄し、ロヴィスのすぐ手前で横に跳びながら、彼の胸部目掛けて刺突を放つ。

 その神速の一撃を、ロヴィスは身体を反らし、綺麗に避けていた。


「う、嘘だろ……? 速さのステータスが、倍以上離れてんだぞ……」


「対応するために……しっかりと見るために、避けずに初撃を正面から受けたんだよ。少々肩を負傷したがね」


 ロヴィスはミツルへ大鎌の一撃を放つ。

 寸前でミツルは防いだものの、直後にロヴィスの蹴りが、深々とミツルの腹部へと突き刺さった。


「がはぁっ!」


 ミツルの身体が軽々と飛んでいき、床を転がる。


「げぼ、げぼ、がはっ! あ、有り得ねえ、なんで……このオレが……! 《極振りダブル》が……!」


 ミツルは必死に身体を起こして、顔を上げてロヴィスを睨む。


「楽しかったが……対応してしまってはこんなものか。死闘を潜って来た数と、技量の差だ。キミの動きには理合いがない。ほぼ独学な上に……《極振りダブル》による圧倒的なステータスでの力押しで大抵どうにかなってしまうために、戦闘技術を磨く機会がなかったのだろう。コロコロと気軽に身体能力を切り替えられるのが、動きの機微を軽視している何よりの証だ。その素早さモードだったか? キミ自身に動きが制御できていないのは、一撃目を受けたときによくわかっていた。適当に動いて、適当に振っているだけだ。相手が対応できないことに賭けてな」


「ぐっ……!」


 ミツルが唇を噛み締める。


「ミツル・イジュウイン……もう少し、できるかと思っていたのだがな。この調子だと、純粋な人間で俺の相手になるのは、《王国の守護者オルクス》くらいのものか」


「誰がいつ、本気出したっつったよ。オレの実力を……オメェ如きが決めるんじゃねえぞ」


 ミツルが大剣を杖代わりに立ち上がり、ロヴィスへと構えた。


「強がりはよせ、キミにもう手は……」


「熱くなって、単調に攻めちまうのはオレの欠点だな。桃竜郷でトカゲ爺に指摘された通りだぜ。癪だが、オレが天才過ぎて、わざわざ剣を学ぶ機会も、接戦の経験が少なかったことも認めてやらぁ。力や速さでオメェを押し潰すのは、なるほど確かに無理らしい。いや、大した奴だぜ、オレがちょっとばかりマジになる必要があるとはよ」


 ミツルが大剣を中段に構える。


「レベルで勝ってるオレが、無理して馬鹿みてぇに突っ込んでやる必要はねぇんだよな。《極振りダブル》……防御モード」


 青い蒸気がミツルを覆う。


「安直だな。俺を前に、速さを落として戦えると……」


 ミツルが深く、腰を落とす。


「先程までとは違う構え……我流、ではないのか?」


「オレが変えたのはステータスじゃねえ、戦い方だ。桃竜郷の爺が、竜人の武術を応用して、オレ専用にアレンジした剣術だ。宣言してやるぜ、死神。ここからオメェは、一撃もオレに有効打を取れねぇ」


「本当に……キミは最高だ。まだまだこの俺を楽しませてくれるのか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る