第三十話 死神VS狂犬(side:ロヴィス)

「……戦うべきか、否か」


 ロヴィスはしばらく、唇に手を触れて熟考していた。


 ミツル・イジュウインはこの世界でも最強格の冒険者である。

 彼のような強者と戦える機会はまずない。


 しかし、柄の悪さや横暴さから来る悪評はあるものの、彼はS級冒険者であり、王国からは英雄視されている。

 彼を殺せば、まず間違いなく白の女神の怒りを買うことだろう。

 彼女には、やるといったら絶対にやるという、その凄味があった。


 ロヴィスの沈黙を、ヨザクラとダミアは息を止めて見守っていた。


「……まぁ、別に、今はいいか」


 若干の未練を見せながらも、ロヴィスはそっと鎌を下ろした。


「ロヴィス様……ブレてませんか?」


「い、いえ、これでいいと思いますよ、俺は!」


 ヨザクラは不満げにそう口にしたが、ダミアは必死にフォローを入れる。


「……俺達の目的は元より大商公グリードだ。別にまあ、そっちでも構いはしないだろう。異世界転移者ミツルよ、俺は既に《黒の死神》を解散した。改心したから刃を向けるななどと眠たいことを口にするつもりもないが、キミの目的も俺ではなかったはずだ。無暗に殺すのは自戒している。戦いなら、他を当たれ」


「ハッ、今更ビビってんのか? ちょっとは期待したんだが、つまんねぇモブだったみたいだな」


 ミツルはわざとらしく肩を竦める。


「だがよ、そういうわけにも行かねぇんだよ。あんなしょっぱい、竜魔像程度の玩具並べて王国に牙を向けようとしてた奴だ。グリードがちゃんと戦力を持ってるかどうか、怪しいもんだな。オレは、オレが罪悪感なく、気持ちよく技を試せる相手を待ってたんだよ。そもそも、大商公はオレの獲物だっつってんだろ? ロークロアのゴロツキは、四則演算ができねぇのかなぁ? オメェに戦う理由がなくても、こっちにはあるってわけだ。せいぜい噛ませ犬になってくれや、死神ちゃんよお。別にオレは構わないぜ、戦いじゃなくても、オメェが無様に床這いずって逃げ回る、鬼ごっこの方でもな」


 ミツルは大剣の刃で床を叩き、ロヴィスを挑発する。


「貴様、ロヴィス様になんという暴言を! ロヴィス様、ここまで馬鹿にされても黙って見ているおつもりですか! もういいです! 私とダミアでやります! それであの白髪女が来たら、切腹でもなんでもしてさしあげますよ! さすがに我慢がなりません!」


 ヨザクラが眉間に皺を寄せ、刀の柄に手を触れる。


「おっ、居合いって奴か? いいじゃねぇか、そっちの姉ちゃんのコスプレ剣術を見てやるよ」


「なんだと……!」


 ヨザクラが牙を剥く。


「ヨザクラ、退け」


「こればっかりはロヴィス様の命令でもなりません! どこまで刃を腐らせるおつもりですか!」


「いや、俺がやる……退け」


 ロヴィスは口端を吊り上げ、ミツルへと歩く。


「なんだ、さすがにトサカに来たみてぇだな」


「ミツル・イジュウイン……キミは本当に、俺が待ち望んでいた人間だ。俺には……いや、俺だからこそ、俺だけがわかるぞ、キミの考えが、願いが。その他人を凡夫と見下せる、絶対的な自信……その背後にある、対等な者がいないことに対する虚無感……孤独、戦いに対する欲求、そしてその中で破滅したいという願望。この俺を挑発してまで戦場に引き摺り出そうとしたものになど、これまで出会ったことがなかった……」


「……ブツブツと、何をほざいてやがる。んな気色悪い共感を求められても困るんだが」


「いいや、俺にはわかるともさ。キミが自覚していないだけだ。対立した転移者を二人葬ったことがあるが……彼らは二人共、心に大きな空白を抱えていた。それが上位存在とやらの、ルールなのだろう? キミほど自信と才覚に溢れた満たされた者が、何にそう物足りなさを感じていたというのか。断言しよう、キミは俺に似ている」


 ロヴィスはそう言うと、やや俯き、口許を隠して笑った。

 それからまた顔を上げて、ミツルを見つめる。


「もっとも、キミと俺の在り方が近しいとはいえ……英雄視されて一応の満足感を覚えてしまっているキミと俺では、その尺度に大きな差があるかもしれないがな」


「……知ったような口を聞きやがって。心底ムカついたぜ。わかってねぇみたいだが、オレとオメェじゃ、五十以上のレベル差があるぜ。その口、二度と開けなくしてやらぁ」


「先程も言ったが、殺しは自戒していてね。この先、花となるのか枯れるのかも知らないが、ここで今のキミを摘んでしまうことも勿体なく思う。命は見逃してあげよう」


 ロヴィスは裂けんばかりに口を大きく開き、狂気染みた笑みを浮かべた。

 大鎌を振るい、ミツルへと疾走する。


「もっとも、キミが加減しながら戦える相手だとも、俺は思っていない! 勢い余って死なないでくれよ!」


「見下してんじゃねえぞ格下がぁっ!」


 ロヴィスが大鎌の一撃を振るう。

 ミツルはそれを大剣で防いだ。


「押し潰して瞬殺してやらぁ! 《極振りダブル》……攻撃モード!」


 ミツルの身体から赤い蒸気が昇る。


 ミツルがナイアロトプから授かった《神の祝福ギフトスキル》……《極振りダブル》。

 全体的なパラメーラーを減少させる代わりに、狙ったパラメーターを倍増させることができる。


 如何にレベル差が開いていても、ミツルの一撃をまともに受ければ堪ったものではない。

 レベル下のロヴィスであれば尚更であった。

 突然重くなったミツルの刃に弾かれ、ロヴィスの身体が派手に飛んで行った。


「なっ……!」


 ロヴィスが壁に叩きつけられ、轟音と共に土煙が上がる。


「ロヴィス様!」


 ダミアが悲鳴のような声を上げる。


「ハッ! デカいのは口だけだったみてぇだな、モブが」


 ミツルが得意げにそう口にする。

 その直後、彼の頭上に魔法陣が展開される。

 一瞬遅れて気が付いたミツルは、背後へと大きく跳んだ。


「ちっ……!」


 魔法陣より現れたロヴィスが、弧を描くように大鎌の一撃を振り下ろす。

 ミツルは紙一重で回避したものの、頬に赤い線が走っていた。


「《短距離転移ショートゲート》……俺の好きな魔法でね」


 ロヴィスは身体から血を流しながらも、楽しげにそう話す。


「いや、噂通り……それ以上に恐ろしい力だ。ミツル・イジュウインの《神の祝福ギフトスキル》は! ……もっとも、その代償は相応に重いようだが。あまり多用しない方がいいんじゃないか? 少し動きが遅かったようだ。次は、もらってしまうぞ」


 ロヴィスはトントンと、人差し指で自身の首を叩く。


「……一撃惜しかっただけで、随分と嬉しそうな野郎じゃねぇか。ほざいてやがれ、今のを外したこと、後悔させてやらぁ。このレベル差で、またオメェにターンが回ってくると思ってんじゃねえぞ」


 

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