第二十九話 黒の死神(side:ロヴィス)

 カナタがグリードの館に向かっていた時刻、既に館へと侵入している者達の姿があった。

 豪奢な広間の中央を、三人組が陣取っている。


「《土塊機雷クロッドマイン》!」


 ゴーグルを付けた男が、魔法で土塊の爆弾をゴーレムへと射出する。

 ゴーレムは両腕でそれを防いだものの、視界が煙と腕で潰れた隙に、和装の女が刀を手に間合いを詰めていた。

 ゴーレムに鋭い斬撃が走り、その巨体が軽々と壁へ叩きつけられる。


 和装の女はゴーレムが停止したのを確認し、刀を鞘へと納めた。


「ふむ……なるほど、商人の道楽玩具としては、少々立派すぎますね。ロヴィス様の見立てが当たりましたね」


 和装の女……ヨザクラは、こともなげにそう呟く。


「フフ、こんなもので終わってもらっては困るがな。権力者は、一番信頼している武器は、自身を守る盾として用いるものだ。すぐに大商公とやらの許へ向かうとするか」


 ロヴィスはそう口にして、ぺろりと舌舐めずりをした。

 既に彼の周辺には、五体分のミスリルゴーレムの残骸が散らばっていた。


「あ、有り得ん……有り得んぞ、ミスリルゴーレムを、あんなにあっさりと……!」

「馬鹿な、死神ロヴィスは死んだのではなかったのか!? なぜここにいる!」


 グリードの部下達は、ロヴィスを目にして慌てふためきながら逃げていく。


「雑魚は行ったか。大商公……少しは俺を、楽しませてくれよ。こんな大仰な舞台を開いてくれたんだ。まさか、あの木偶人形で王国を敵に回そうと考えていたわけではないんだろう? 亡命の時間稼ぎだった、なんて退屈なオチはごめんだぞ」


 ロヴィスは階段へと上がろうとして、すぐに足を止めた。


「おや……」


 ヨザクラが刃を振るう。

 ロヴィスへと放たれた瓦礫塊が、宙で綺麗に両断された。


「無粋ですね。不意打ちだなんて」


「かはは、挨拶のつもりだったんだがなぁ。もっとも、犯罪者相手に礼儀も必要ねぇだろ? こんにちは初めましてって、頭を下げてやった方がよかったか?」


 黒に金の交じった、メッシュの髪をした男だった。

 目付きが悪く、口許からは犬歯が覗く。

 背には大きな剣があった。


「ロヴィス様を知っている様子ですが……随分な口の利き方。不快な」


 現れた男を睨み、刀の柄に手を掛けるヨザクラ。

 ロヴィスはその動きを遮った。


「構わないさ、ヨザクラ。わざわざ怒ることじゃない」


「……ですが、ロヴィス様、あの男……我々を侮辱していますよ」


「なに、最高の挨拶じゃないか」


「しかし……」


 ヨザクラはロヴィスの顔を見て、思わず身震いをした。

 ロヴィスは不気味な笑みを浮かべ、獲物を前にした蛇のような目で、現れた男をじっと見つめていた。


「不遜な態度に、この言動……そして何よりも、この俺と知って一歩も退かないその勝ち気さ。間違いない……彼はS級冒険者……異世界転移者、ミツル・イジュウインだ。これ程の強者とは顔を合わせられるものではない。噂ではレベル二百以上……純粋な人間の枠の中では、世界で五本の指には入る強者だろう」


「や、奴がミツル・イジュウイン!? まさか大商公の館で鉢合わせするとは!」


 ダミアが彼の名前を聞いて、息を呑む。


「ハ、知ってもらってんのは光栄だがな、オレは薄汚ねぇ犯罪者と仲良しごっこをするつもりはないぜ。桃竜郷のトカゲ爺にしごかれた修行の成果を気持ちよく試せるクソ悪党を捜してたんだが、これ程丁度いい玩具が転がってるとはよ。グリードに雇われてんのか、火事場泥棒だか知らねぇが、どっちにしろぶっ潰してやらあ」


 男……ミツル・イジュウは、そう口にして手のひらに拳を打ちつける。


「いい……凄くいいぞ! ミツル・イジュウイン……! キミは、俺が思い描いていた通りの人間だ! 俺は待っていたのだ! キミのような人間を!」


 ロヴィスは目を大きく見開き、大鎌を構える。


「そういうタイプね。噂以上の変態みてぇだな。レベル……百八十ちょっとか。まあ、大商公をぶっ殺す前の、肩慣らしには丁度いいかもな」


 ゆらり、ゆらりと、ミツルへ距離を詰めていくロヴィス。


「こんなロヴィス様は……初めて目にする。凍てついた、残虐な光を帯びた、魔物染みた目……。しかし、されど、どこか童のように無邪気で……」


 かつてない狂気を放つ彼の様子に、ヨザクラは息を呑み、困惑げにその背を見つめていた。


「……あ、ロヴィス様」


 ダミアもヨザクラ同様に息を呑んでロヴィスの背をじっと見つめていたのだが、ふと思い出したように彼へと声を掛ける。


「邪魔をするなよ……ダミア、ヨザクラ。お前達は、こういうときのための露払いとして連れてやっているに過ぎない。余計な手出しをすれば、お前達から殺してやる。ミツル・イジュウインは俺の獲物だ」


「白髪女……じゃなくて、白の女神様との約束!」


「……む?」


「不味いんじゃないですか、その、ミツル・イジュウインは王国の英雄側の人間ですよ!」


 そこまで聞いて……今の脳内麻薬に満たされていたロヴィスの頭にも、魔法都市でルナエールと邂逅した一幕が頭を過った。


『貴方が他の場所で凶行を働いているとわかれば、そのときは私が責任を取って、貴方の許へと向かわせてもらいます。そのことを忘れないでください』


 ロヴィスがぴたりと足を止めた。


「なんだ、どうしやがったんだ?」


 大剣を構えていたミツルが、怪訝な顔でロヴィスを睨む。


「あの、いいなら別に、いいんですけど、まあ……はい」


「ダミア……これは、ギリギリセーフじゃないのか……?」


 ロヴィスはそうっと振り返り、ダミアへと問う。


「いえ、さぁ……割とアウト臭いんじゃないかなと……はい……」


「さ、先に喧嘩を売られたのは俺の方だろう!」


「ロヴィス様が大丈夫だと思うのでしたら、まあ、そこは自己判断で……。あ、あの、俺達はどうなっても付いていきますんで!」


「…………」


 ダミアの返答に、ロヴィスは沈黙した。

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