第二十八話 ポロロックの状態

「オオオオオ……!」


 何体目になるのかわからないゴーレムを、俺は刃で叩き斬った。

 周囲はすっかりミスリルの残骸の山となっていた。


「よく稀少金属をここまで貯め込んだものだ」


 俺は呟く。

 火事場泥棒が押し車にでも乗せて持ち逃げすれば、それだけで向こう十年は遊んで暮らせるだろう。


 これでグリードの館近辺のゴーレムは概ね片付いた。

 残すところはあと一体だ。


「うおおおおおおおおお!」


 ベネットがゴーレムの周囲を駆け回り、相手の巨体へ剣を打ち付けていた。

 ガンッと鈍い音が鳴るが、表面に僅かに窪みができた程度であり、ほとんどダメージにはなっていない様子であった。

 反対にベネットの剣がついにへし折れ、刀身が半分になっていた。


「クソ……これじゃ、鈍器の方が……」


「オオオオオオッ!」


 ゴーレムが腕を振りかぶる。


「ひぃっ!」


 俺はゴーレムの目前へと跳び、腹部へと蹴りをお見舞いした。

 ゴーレムが一直線に遠くへと飛んでいく。

 地面を激しく転がり、壁と衝突してその動きを止めた。

 ステータスを開き、無事に生命活動を終えたことを確かめる。


「片付きましたよ、ベネットさん」


「……あ、ああ、さすがだ、カナタ」


 ベネットは俺の足を靴をまじまじと眺めた後、自分が握り締めていた折れた剣を地面へと捨てた。


「いったいポロロックで何が起こっているんですか?」


「大商公グリードが反乱を企てているようだ。元々、奴は黒い噂が多かった。犯罪組織との繋がりに、禁忌の研究……兵器開発の疑惑。影響力が大きすぎて王国も手を付けられなかったが、元グリード商会の商人からゴーレム製造や、武力行使でのポロロック独立の具体的なタレコミがあって、ついにこうして僕達が動くことになったというわけさ」


「タレコミ……」


 俺はそこに、少し引っ掛かりを覚えた。

 グリードの計画は、商会重鎮であったはずのウォンツでさえ知らなかったのだ。

 やり手の女商人、商会のナンバーツーと噂されるイザベラでさえも、老いたグリードがおかしなことに手を染めて、王国騎士から睨まれている……という範囲のことしか知らなかった。


 恐らくグリードは、本当に必要で信頼できる相手とのみ、協力関係を結んでいたのだろうと、俺はそう考えていた。

 イザベラがグリードを『老いて耄碌して破滅に向かっている』と評価していたのも、グリードが敢えてそう見せようとしていた幻影だったのだ。

 彼は徹底して計画を隠しながら水面下でことを進め、誰も気が付かないままに王国に匹敵する戦力さえも手中に収めていた。


 だが、ベネットの話が本当であれば、グリードが信用していて、かつ計画の全体図を完全に把握している人間が裏切った、ということになるのではなかろうか。


「いや、そこは考えても仕方のないことか……」


 俺もグリードについて深く知っているわけではないのだ。


「グリードを危険視していたが、まさかあっさりと僕らを跳ね除け得る力を蓄えていたとはね。フフ、だが、これで奴もお終いだ。僕らの秘密兵器、カナタの存在を見落としていたのが運の尽き」


 ベネットは息を荒げながらも、ニヤリと笑ってグリードの館を睨む。


「別に俺は、あなた方の秘密兵器では……」


「さぁ、行くぞカナタ。もうグリードを守るものは何もない。欲望に沈んで人の心を見失った哀れな老人に、引導を渡してやろうじゃないか」


 ベネットは意気揚々と、グリードの館へ刃を向ける。


「……多分、まだ何か持っていますよ」


「なに?」


「グリードだって、王国を相手取るのにレベル百ぽっちのゴーレムを数揃えたところで、意味がないのはわかっているはずです。一時的に騎士団を退けたって、いずれ後がなくなる」


「……ま、まぁ、そうか……うん」


 ベネットは歯切れ悪く、そう口にした。


「……過去の事例からいって、魔王討伐ともなれば、レベル二百近い人間が数名は集まるだろうね。今のゴーレム群団程度では……まぁ、多少は苦戦するだろうが、王国が本気になれば充分鎮圧できる」


 つまり、王国を本気で相手取るつもりであれば、戦力があまりにお粗末すぎるのだ。

 暗黒区で飼っている犯罪者にも唾を付けているのかもしれないが、それでもグリードがそこに勝機を見出していたとは思えない。

 騎士団が想定より早くに動いたため準備が間に合わなかった、という可能性もゼロではないが、相手の準備不足に期待して行動するべきではないだろう。


「ここよりずっと過酷な戦いになるかもしれませんが、本当に来ますか? ……多分、規模によっては庇いながら戦うなんて、とても無理ですよ」


 もしかしたらナイアロトプも噛んでいる可能性があるのだ。


「…………」


 ベネットはしばし沈黙した後、咳払いを挟んだ。


「……カナタ、お前にはお前の戦いがあるように、僕には僕の戦いというものがある。お前はきっといずれ、歴史書に名を遺すような英雄になるだろう。僕は目前で苦しんでいるたった一人を守るために命を張る。それが王国騎士の……百魔騎でもない、一般騎士の戦いというものさ。行くといい」


「あ……はい」


 俺はベネットへと小さく頷くと、グリードの館へと向かった。


 都合のいい奴だとは思ったが……ベネットはベネットで、大義のために命懸けで戦っている。

 そのことにきっと変わりはない。

 俺もこの事態を黙って見過ごせないという気持ちもないわけではないが、フィリアの救出と……それから、放置しておくことへの罪の意識があった。


 ナイアロトプが噛んでいるのならば、俺がいるせいでこの騒動が起きた、ということにも等しいのだから。

 安全圏から、エンターテイメントとしてこの世界の平穏を掻き乱し続ける。

 許しておける存在ではなかった。


「カナタ……必ずお互い生き残って、また会おう! 必ず……必ずだぞ!」


 ベネットが声を張り上げて、そう叫んだ。


「……はい」


 ……じ、自己主張が強い。

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