第二十六話 あるゲロカス詐欺師の慟哭

 フィリアを引き取りにグリードの館へと向かっていたのだが、街の様子がおかしかった。

 向かう先より、人の悲鳴のような声が聞こえてきた。

 不審に感じていると、遠くから爆発の煙が上がる。

 明らかにただごとではない。


「都市の中心部……もしかしてグリードの館で、何か騒ぎがあったのか?」


 すぐに思い至ったのはフィリアである。

 グリードの部下から乱暴な脅しを掛けられ、過剰反応したフィリアがグリードの館を更地に変えてしまったとしても何ら不思議ではない。


 だとしたら、かなり不味い事態だ。


「ひぃっ、ひいっ! わ、私は知らないぞ! こんなの知らないぞ!」


 一人の男が俺の方へと駆けてくる。

 いや、この都市から逃げようとしているようであった。


 メルの天敵、ウォンツであった。

 普段は整った服や髪も、急いでいるからか乱れに乱れている。


「じゃっ、邪魔だガキ、退け!」


 ウォンツが押し退けようと手を伸ばす。

 俺は彼の背後に回り、腕を捻って地面に倒した。

 ウォンツが派手に顎を地面に打ち付ける。


「おごぉ!?」


「この街に何があったんですか? 護衛も付けずに、単身で都市を駆けるなんて」


「ひ、人に物を尋ねる態度か! お、お前は……あのメルの協力者の……!」


「手段を選んではいられなさそうだったので」


「とにかく、その手を退けろ! 私を放せ! ま、まさか、私を捕まえるのが目的だったのか!? 私は知らない……何も知らないぞ!」


 何やら錯乱している様子だった。


「……事情を聞きたいだけです。それが終わったらすぐに放してあげますから」


「お、王国騎士がグリード様のところへ押しかけていって……かと思ったら、都市の中央と暗黒区から、大量のゴーレムが湧いてきて……き、騎士や近隣に対しての攻撃を!」


 ウォンツは早口でそう捲し立てる。


「グリードが王国騎士に攻撃を……?」


 確かに女商人イザベラは、グリードは黒魔術の研究で王国騎士から目を付けられており、恐らく近い内に捕縛されるだろうと口にしていた。

 だが、そのグリードが、王国騎士に攻撃を始めたというのか。


「王国相手に喧嘩を売るようなもの……正気じゃない」


 俺は息を呑んだ。


「だから私もこうして逃げているのだ! ゴーレムに踏み潰されかねんし、かといって王国騎士も私がグリード様とグルだと思っている! 見つかったら連行されればまだマシな話……下手したらその場で斬られかねん! 耄碌して怪しげなことばかりしているのは知っていたが、こんな大事を画策していただなんて、私は、何も、知らされていないのに!」


 ウォンツが声を振り絞って叫ぶ。

 まるでその声は悲鳴のようであった。


 ウォンツは身体を丸めて、地面の上に突っ伏して泣き喚く。


「かといってポロロックから逃げても、私一人で都市間をフラフラしていたら盗賊か魔物に襲われるのがオチだ。行商人が多いこの地は盗賊から目を付けられているし、暗黒区もあるせいで治安もよくない。かといって、誰が敵か味方かもわからん状態……少なくとも暗黒区の人間に護衛は頼めない。そもそも彼らに支払える対価を、今の私は持ち合わせていない。おまけに暗黒区からゴーレムが出て来たのに、どうして奴らを信頼できる?」


 ウォンツがガンガンと地面を叩く。


「いえ、別にそんなことは聞いていないので、あの事情を……」


「寄り合い馬車に乗ろうにも、他の奴らからしたら私はグリード様の一味。どうして、私に、何も教えてくださらなかったのか! こんなヤバいこと企ててるって知っていたら、とっとと資産や権利書を金に換えて、こんなところ逃げ出して王国騎士に突き出してやっていたのに!」


「……そう考えていたことを見透かされていたからでは?」


「耄碌した爺の無謀な野望に、未来ある若者を巻き込むなぁっ! 頼みのジュドは勝手に逃げるわ……私はどうしたらいいというのだ!」


 ウォンツが俺の肩をがっしりと掴んできた。


「ちょっと、掴まないでください! もういいですから! 勝手にどこなりと逃げてください!」


 ひとまずの事情は一応わかった。

 グリードが王国騎士に刃を向け、このポロロックを完全に掌握して自分の都市から自分の国とするべく、騒動を引き起こしたようだ。


「どこなりと逃げろだと? どこへ行けばいい! 教えろ! どこにいっても、私に安全な地などないのに! あんなガキとマネーゲームやってる場合じゃなかった! どうにもグリード様が商業面を放置してたからおかしいと思った! 全部取り上げて自分のものにするから、わざわざ自分が手動で動く意味がないと思ってたんだな! ハハハハ、イザベラの女狐も見誤ったな! バーカ!」


「……なんだこの人」


 追い込まれて完全に錯乱している。

 ともかく、ウォンツなんかよりも気にしなければならないことがある。

 グリードはよりによってフィリアがグリードの館にいるときに行動を起こしてきた。


 いや、もしかしたらグリードは、フィリアが手に入ったことを切っ掛けに、騒動を起こそうとしているのか?

 何にせよ、フィリアの安否が気に掛かる。


 グリードは大都市の領主であり、裏社会とも繋がりがある。

 この世界には高レベルのS級冒険者が何人もいることくらい、理解しているはずだ。

 その上で、自身に勝機があると判断して行動を起こしたのだ。


「……情報ありがとうございます」


 俺はそう言うと、ウォンツから離れ、再びグリードの館の方へと向かった。


「私は、どうしたらいいというのだ! ここまで必死に……自分の時間も、良心も全て捨てて、ポロロックで地位を築くことだけのために生きてきたんだぞ! それがもう、こんな地盤から滅茶苦茶になって……どうしろと、どうしろというんんだぁあああああ! このままじゃ何も残らない……! うう、ううう……」


 背後から、ウォンツが慟哭を上げる声が聞こえてきた。


「……後悔してるなら、頑張って生き延びて、その後に生き方を改めたらいいんじゃないですか? どう喚いたって、それ以外ないでしょう」


 俺は足を止め、ウォンツを振り返った。


「生き方を……?」


 俺はすぐに前を向き直って再出発した。

 あんな人間に構っている余裕はない。

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