第二十五話 迷子の保護
《妖精の羽音》に急いで戻ったとき……店の扉に、閉店中の看板が掛かっていた。
……やっぱり、ポメラ一人では厳しかったようだ。
フィリアに店のことはまだ難しかっただろう。
俺はメル、ロズモンドと共に、女商人イザベラの紹介の許、都市ポロロックの有力商人達の許への顔見せや交渉、契約に向かっていた。
ただ、一番必要があったのは店主であるメルであり、彼女の補佐は充分ロズモンドが行えていたようだったため、俺は《妖精の羽音》へと戻ることにしたのだ。
今日は極力店を閉めるべきではないというイザベラの提言の許、商品の数も心許ない中、強引にポメラ一人で回してもらっていたのだが……限界が来てしまったようだ。
「……大丈夫ですか、ポメラさん?」
扉を開けて声を掛けるが、返事がない。
姿が見えなかった。
店の奥へと入ると、書類の束を前に四苦八苦しているポメラの姿があった。
「あっ! カナタさん、ようやく戻ってきてくれましたか……」
ポメラが深い、安堵の息を吐く。
「な、なんですか、その書類……?」
「イザベラさんが持ってきた契約書だとか申請書で……返送してくれるのは、早ければ早い方がいい、と……。結局メルさんがいないとどうにもならないんですが、あの子に説明できるようにしておこうと、とりあえずポメラが先に目を通しています」
「なるほど……それで店を閉めていたんですね」
「それもありますけれど……欠品だらけの商品、減らない客の列、在庫の整理に確認、答えられない質問の山、契約して欲しいってしつこく押しかけてくる商人の方々に耐えきれなくなって、書類確認に逃げてきちゃいました……ごめんなさい」
ポメラが力なくそう口にする。
「い、いえ……よく頑張ってくれました、ポメラさんは。人手が足りないのはわかりきっていましたし、やっぱり最初から閉めておくべきだったかもしれませんね……」
俺はそう苦笑してから、店の方をもう一度見回す。
「……フィリアちゃんは?」
「それが……フィリアちゃんについても、ポメラが目を離していたせいで、複雑な事態になっているみたいです」
「複雑な事態……?」
俺が聞き返すと、ポメラが頷いた。
「いつの間にかフィリアちゃんが店を出て外を歩いていて……そのまま迷子になってしまっていたみたいなんです」
フィリアが、店を勝手に出た……?
フィリアは無邪気ではあるが、俺の知っている限り、あまり身勝手な言動は取らない。
ポメラに何の断りもなく、勝手に外を飛び出した、というのは珍しい事態だった。
とはいえ、《妖精の羽音》が本格的に忙しくなってきてから、契約に営業、店番、商品のブラッシュアップと……あまりフィリアには構ってあげられない状態が続いていた。
フィリアも寂しかったのかもしれない。
「外を出歩いて迷子になってしまった……ということは、わかっているんですね? すみません、あまり状況が見えなくて……」
「あ、いえ、既にフィリアちゃんは、親切な方が保護してくださっているみたいなんです。暗黒区近くを子供が歩いているのを見かけて、不安になって声を掛けて、近くの家で休ませている、と……。その人の遣いのような方がやって来て、そのことを教えてくださいました」
「なるほど……じゃあもう、迷子は解決しているんですね」
てっきりフィリアが完全に行方知らずになってしまっているのかと思った。
ただ、既に保護されているのならば、、もう何も問題はないのではなかろうか。
「すぐにフィリアちゃんを引き取りに向かおうとしたんですが、入れ違いになるかもしれないので待っていてほしいとのことで、ポメラも店を回していたので、その人の言葉に甘えて《妖精の羽音》で待つことにしたんです。ただ、それももう、一時間近く前のことで……」
しかし、出たところで向こうがフィリアを連れてきてくれるかもしれないので、向かうべきか待っているべきか、判断に苦しんでいた……ということらしい。
「俺が戻って来て二人になったので、入れ違いにはなりませんね。あまり長居させて、迷惑を掛けるわけにはいきません。……フィリアちゃんは加減知らずなところがあるので、何かとんでもない問題を引き起こすかもしれませんし。俺がフィリアちゃんを引き取りに行って来ましょう。その、相手の方の場所だとかは……」
「……そこが一番複雑なポイントでして、その遣いの方は、これを置いていかれました」
ポメラが一枚のカードを俺へと渡す。
名刺かと思ったが、妙に厚みがあり、金の装飾がなされている。
……何となく、嫌な予感がした。
「グリード商会、商会長グリード……」
俺はその文章を読み上げた後、目線を上げてポメラと顔を合わせた。
「よりによって敵の大ボスじゃないですか……」
メルはグリード商会の重鎮、ウォンツと対立している。
そして、そもそもウォンツが本気で敵視してくるようになった理由は、どうやら商会長であるグリードが、想定外の有力商人が現れることを嫌った結果のようであった。
そしてメルについてくれた、グリード商会の重鎮の一人であるイザベラは、商会長グリードとの実質的な敵対を口にしていた。
イザベラは黒魔術に傾倒して商業にあまり手出しをしなくなったグリードを見限り、彼に隠れて商会内での影響力を高めに掛かっているようであった。
グリードを商会から追い出す……までは考えていないだろうが、裏切り行為を働いていることは間違いない。
どうしてフィリアはそうなったんだ。
そもそも何をやっているんだグリードは。
いや、フィリアを館で保護しているのは、グリードの何らかの策略なのかもしれない。
老いて衰えたとイザベラは口にしていたが、それでもグリードがただの一代で大富豪になり、領地を任されて貴族となった傑物であることには違いないのだ。
「そうなんです……どうしましょう、これ、カナタさん。ポメラも、そのこともあって、安易に動くのが怖くて……」
しかし、だとすれば、尚更放置するわけには行かない。
グリードの許へ向かうより、先にイザベラに相談した方がいいのだろうか?
いや、彼女も簡単に面会できる相手ではない。
とにかく今は、グリードの館に向かい、相手の意図を確認するべきか。
「……俺がグリードに会いに行ってきます。ポメラさんは、メルさん、ロズモンドさんの戻りを待ちつつ……機会があれば、できればイザベラさんに相談するようにしてください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます