第二十四話 大商公の過去(side:フィリア)

「すぐにこの商業都市ポロロックで、吾輩が秘密裏に造らせたゴーレムと、王国騎士の連中の衝突が起こる。そして、そのまま武力を用いてポロロックを吾輩が完全に独裁し……王国からの独立と、現王国への宣戦布告を宣言する」


 グリードはあっさりと、そう口にした。

 それを聞いて、フィリアは目を見開く。


「じょ、冗談……なんだよね、おじちゃん。だってそんなこと、できるわけ……」


「できるとも。都市ポロロックは陰で、魔導兵器の開発と、黒魔術の研究を進めてきた。もっと王国全土の経済をコントロールしてから行いたかったのだが……王国騎士の動きが思ったよりも遥かに早かったため、その点は敵わなかったな。だが、それでも、元々味方の数など飾りに過ぎんのだよ。国をひっくり返すために最も必要なものは、圧倒的な個の戦力、量より質である。これは吾輩が、何十年も前に結論付けたことだ。吾輩のゴーレム軍団は、上位騎士の百魔騎や、S級冒険者でさえ圧倒することだろう」


 グリードは淡々とそう語る。

 

「……と、そう身構えなくてもいい。別に吾輩は、お嬢ちゃんにどうこうしようという意図はない。だが、ここから立ち去るのはお勧めしない。これから動乱が起こる都市よりも、この吾輩の館にいるのが一番安全だ」


「残らない。フィリア、ポメラ達を助けに行く。それに……おじちゃんも、悪い人だっていうなら、フィリア、容赦しない」


「ただのハッタリではなく……実際に《血濡れの金貨》を相手に逃げてきたようであったから、それなりに戦えるのだろうな。正義感の強い、いい子だ。そういうふうに造られたのかい?」


「関係ない! カナタ達がフィリアのこと大事にしてくれたから、フィリアもカナタ達のことを大事にするんだもん! 友達だから!」


「健気なことだ。利用されていると、そうは思わんのか? ニンゲンは欲でしか動かん。吾輩だからこそ断言できることだ。そもそも錬金生命体ホムンクルスは、様々な理由で王国法では禁止されておる。わざわざ実験の果てに歪な命を生み出しておいて、愛玩動物のように連れ歩き、お友達など……ハッ」


「……錬金生命体ホムンクルス錬金生命体ホムンクルスって呼ばないで。その呼び方、好きじゃない。それにフィリア、カナタ達に造られたわけじゃない」


「お嬢ちゃんが攻撃するなというのならば、連中には手は出さんと約束する。ただな、お嬢ちゃん、カナタ達とやらとは、もう会わん方がいい。普通のニンゲンは、錬金生命体ホムンクルスの在り方を理解することなど絶対にできん」


「みんな、そんな人じゃないよ……。おじちゃんに何がわかるの?」


「わかるともさ。この欲望の都で、ニンゲンの汚い部分を見続けてきた吾輩にはな」


 そのとき、外から爆発音と悲鳴が飛び交い始めた。

 フィリアは口をぎゅっと結び、窓の方へと目をやる。


 グリードの言う通り……ゴーレムと王国騎士達の戦いが都市で始まったのだ。


「安心するがいい。どうせ今回の王国騎士は雑兵だ。生かして逃がして報告させることで吾輩の強大さを示し……王国全土を混乱に貶め、戦意を削ぐ。都市ポロロックの住民も、抵抗せん限り殺しはせんよ。もっとも……今回は、であるがな」


「……どうしておじちゃん、こんなことをするの? お金いっぱいあって、お城みたいなところに住んで、色んな人に慕われて、美味しいもの食べて……それじゃ、満足できなかったの? 本当は悪い人じゃないんでしょ? おじちゃん……なんだか、寂しそうだもの」


「純粋なお嬢ちゃんにはわからんだろう。人並みの幸せを掴んで満足する者ばかりであれば、競争も貧富の差も、そして発展も起こりもせんのだよ。ただ……これは、吾輩なりの世界への復讐である。吾輩が生きている限り、決して歩みを止めるつもりはない。何があったとしても、だ」


「フィリアが、おじちゃんが寂しくならないように、ずっと横にいてあげる。それでも……ダメ?」


 フィリアの言葉に、グリードが驚いたように目を見開く。

 それから小さく「フ、フフ」と笑い声を漏らした。


「本当に純粋な子だ。少し、ある男の話を聞いてもらえるかな? もしかしたらお嬢ちゃんがここにいる限りは、吾輩の部下は頭目を掻いたまま戦うことになり、ゴーレムを上手く制御できず……王国騎士にあっさりと敗れ、事態は収まるかもしれんぞ」


 フィリアは無言のまま、グリードの顔をじっと見つめた。

 少し間をおいて、グリードが話を始めた。


「……その男は、ある貧しい村で生まれたのだという。飢餓が続き……親兄弟も、餓死、或いはそれが発端の諍いや事故で失くしていった。村に賢者を名乗る旅の男が現れたとき……毎日必死に教えを乞うて知識を得て、逃げるようにその村を去った。以来、他の者が嫌がる危険な区間を中心に活動する、行商人を始めるようになった」


「……おじちゃんのお話?」


 フィリアの質問には、グリードは答えなかった。


「危険ではあったが、男は順調に富と実績、そして知識を積み上げていった。そうしている内に、危険視されているがさして危険ではない行路……他の商人が美味しいとは知らない行路を覚えていくようになる。そうだ、自分を救ってくれたのも知識だった。村の奴らは何も行動せず、未だに飢餓に喘いでいる。知識を得て、他者を出し抜く……それが成功の答えであると、男はそう学んだのだ」


 グリードは席から立ち、客間の中を歩く。


「なりふり構わん行動力が功を成したのか……他者を何とも思わぬ冷酷さが武器となったのか、男は成功を重ね続けた。いや、天運が味方をした、というのが結局のところ最も大きな要因だったのだろうな。そんな折、交易に適した位置にありながら、全く目敏い商人達から手を付けられていない夢の都市……眠る金塊、ポロロックを見つけたのだ。その地で歴史的な大成功を納めた男は、やがて王国より領主として認められ……ついには大商公の通り名を得るに至った」


 グリードは歩きながら、語り続ける。

 フィリアは黙って、彼の話を聞くことにした。


「しかしながら、男はまるで満足せんかったのだ。底なしの欲望を持っておった。或いは、そうでなければ、ここまで来る前に、ただの少し成功した行商人として満足して終わっていたのか。男の次の目標は、王国そのものを支配することであった。そうして隠れ蓑として犯罪区域こと暗黒区を周到に築き上げ……金銭と物資を流し、王国に対抗するための武器を作り始めたのだ。単純な武器は勿論、禁じられている黒魔術の研究に、制限されているゴーレムや、魔物を組み合わせた合成獣キメラの製造……」


 絵画の前で足を止め、フィリアの方を振り返った。

 グリードは、どこか自嘲気な笑みを浮かべていた。


「……そして、錬金生命体ホムンクルスの研究である。だが、後に男は、この錬金生命体ホムンクルスの研究を心から後悔することになる」

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