第二十三話 大商公の豪邸(side:フィリア)
グリードの豪邸の客間へとフィリアは招かれていた。
天井には豪奢なシャンデリアがあり、壁には大きな絵画が飾られている。
大きな赤茶色の長机には、金の装飾がふんだんに用いられ、ダイヤモンドが埋め込まれている。
「すっごい、王様のお部屋みたい!」
フィリアが内装を目にし、声を弾ませる。
「はは、お嬢ちゃんに気に入ってもらえたようで何よりだ」
椅子に座っているのはグリードとフィリアのみで、入り口付近にグリードの部下が三人並んでいる。
グリードの部下達は、なぜグリードが突然見知らぬ童女を招いたのかまるで理解できておらず、顔を顰めて、互いに目配せをしていた。
「おじちゃん、あの絵の子は?」
フィリアの指差す先には、女の子の絵が飾られている。
丁度フィリアくらいの歳の女の子が、花畑で木に吊るしたブランコに座っている絵である。
「あの絵は有名な旅の画家に描かせたものでな。フフ、気に入ったので、事前に取り決めた額の十倍を支払ってやったよ」
部下達は二人の会話を、怪訝な表情で窺っていた。
部下達はこれまでグリードの絵画の趣味について特に気に留めていなかったが、突然フィリアを客人として招いた事実を鑑みるに、どうしてもそこに意味を感じてしまう。
「おじちゃんの娘さんなの?」
「いや、お嬢ちゃんよ、吾輩は結婚してはおらんよ」
「じゃあ元になった子はいないの?」
「吾輩の……そうだな、友人のようなものだ。もっとも、もう吾輩の記憶の中にしかおらん。画家にも注文を細かく付けはしたが、モデルを本人に見せたわけではない」
「……グリード様、大事な計画の前に、何故このような……その……」
部下の一人が聞き辛そうにグリードへ尋ねようとしたが、睨み返されてすぐに口を噤んだ。
「ね、ね、おじちゃん! お菓子は? フィリア、お菓子が食べたいの!」
フィリアも出会った当初は警戒していたものの、グリードの自身に対する態度に気を許しつつあり、豪邸の内装に浮かれていることもあって、すっかり警戒を解いてしまっていた。
「子供とはいえ……グリード様に、なんと失礼な態度を!」
部下の一人がフィリアに声を荒げた。
「黙っておれ! 吾輩の招いた客人に無礼を働くとは、何様のつもりか!」
グリードは握り拳を作って机を殴打して勢いよく立ち上がると、部下へと大声で怒鳴りつけた。
「も、もも、申し訳ございません、グリード様……」
「んん? 吾輩に頭を下げてどうする? 物事の道理がわかっておらんようだ。こんな無能を、吾輩は雇っておったのか。キミは今日限り……」
「おじちゃん、フィリア、怒ってないから。ね? ね?」
「お嬢ちゃんがそういうのなら……。すまなかったね、せっかく来てもらったのに、不快な想いをさせてしまって」
グリードはすぐに表情を切り替えてフィリアに笑顔を向けた後、また素早く部下達の方へと冷たい目を向ける。
「で、どうしたのかね、キミ達? 温かいミルクチョコラテと、菓子の準備は?」
「少し……その、混乱しているのではないかと……。私が様子を窺って来ましょう」
部下の一人が素早く外へ出る。
それからすぐに、机の上が色とりどりの菓子が並べられた。
チョコレートで絵の描かれたクッキーに、フルーツソースの掛かったプディング、装飾のなされたケーキ。
あっという間に豪勢な菓子が大きな机を埋め尽くしていった。
「わぁ……すごい!」
「フッフ、全部は食べきれないだろうから、好きなものだけ、少しずつ手を付けるといい」
「フィリア、食べきれるよ! がんばる!」
「おお、それは心強い。吾輩は菓子など口にしたことはなかったのだが、どれ、今日は少しだけ口にしてみようか」
部下達は並んで、グリードへと冷たい眼差しを向けていた。
近い内に大事な計画を始める予定だったのだ。
タイミングは状況に応じて調整するとのことで、今はグリードにとって本当に大事な時間のはずである。
こんな子供を客人として招いて遊んでいる場合ではないはずなのだ。
「この兵隊さんのクッキー、かわいい!」
フィリアが兵隊の描かれたクッキーを手に、大はしゃぎする。
「そうかい、喜んでくれて何よりだ。それを作った者にまた礼を言っておかねばならんな」
「おじちゃん怖い人かと思ってたけど……とっても優しい人でよかった! フィリアね、フィリア、今、すっごく楽し……」
そのとき扉が勢いよく開き、慌てた様子の部下が飛び込んでくる。
「た、大変です、グリード様!」
「わっ!」
驚いたフィリアが、クッキーを皿の上に落とす。
兵隊の首が割れて落ち、フィリアは泣きそうな目で二つの欠片を手にする。
「兵隊さんが……」
「……おい、客人を招いているところであるぞ。せめてノックくらいはしたらどうかね? 吾輩に恥を掻かせるつもりか?」
グリードが鬼の形相で、飛び込んできた部下を睨みつける。
「し、しかし、それどころではないんです! 王国騎士が、二十人ほど館の前に並んでいます! 一人一人が、それなりのレベルを有していることかと! グリード様を内乱の画策の疑いで、王都の高等法院に掛けると言っています! 同時に、暗黒区の方にも踏み込んでいる可能性が高いです!」
「ほう、せいぜい様子見に来ているだけかと思ったのだが、随分と吾輩の想定よりも行動が早いのだな。裏切り者がいるのか……それとも、吾輩が認知していない、特異な力を王家が有しているのか」
さすがのグリードも、その報告に顔の笑みを消した。
「な、何かあったの、おじちゃん……?」
「いや、大したことではないよ、お嬢ちゃん」
グリードはそう口にした後、部下達を振り返る。
「キミ達だけで例の計画を始めて……王都より遥々やってきた無粋な招かれざる方々には、お引き取りいただけ。アレらには、充分その力がある」
「私達だけで、ですか……?」
「今となっては連中など恐れるに足らんよ。吾輩はこの子の相手で忙しいのだ。……それから、余程のことがない限りは、しばらくここへは入って来んように。つまらんことで、吾輩の興を削ぐなよ」
「……わ、わかりました」
グリードの部下達が全員部屋を出て行った。
「おじちゃん……何を始めるの? 悪くこと、するの?」
フィリアの質問に、グリードはにっこりと微笑む。
「ははは、大したことではないよ。少し物騒に聞こえたかな、お嬢ちゃん」
「あ、あの……おじちゃん。フィリア、帰るね。お菓子、用意してもらったのにごめんなさい。その、ポメラ達が無事なのか、確かめに戻らないと……」
フィリアは遠慮がちにそう口にしながら、席を立った。
「ふむ……やはりお嬢ちゃんは、見かけよりもずぅっと聡明なようだ」
グリードが笑顔を緩め、目を細めてフィリアを睨む。
「人工的に造られた
続く言葉に、フィリアはぎゅっと拳を握り、グリードに対して身構えた。
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