第二十二話 大商公と童女(side:フィリア)
「フィ、フィリアね、知らない怖い人達に連れて来られて……それで今から、ポメラのいるところに帰るところなの」
「おお、そうかい、そうかい。よくここまで逃げて来られたね、さぞ怖かったことだろう、それは」
グリードは相変わらず、気味の悪い猫撫で声で話す。
ガインは不安な気持ちで二人のやり取りを眺めていた。
ガインは長らくグリードの側近として行動してきたが、グリードのこんな醜態を目にしたのは初めてであった。
いったい何が彼をこうさせているのか。
いつも掴み所がなく、飄々としていて、それでいてまるで世の流れや人の心を常に見透かしているような、ガインから見たグリードは、そうした聡明で底知れない人物であった。
そんな彼が見知らぬ子供にこのような態度を取っているのは、明らかに異様であった。
「ほうほう、名前はフィリアちゃんというのだね、うむ、うむ。どうかな? また悪党に襲われるかもしれないし、ここは治安が悪い。そうでなくとも、お嬢ちゃんのような可愛い子が一人で出歩くのはよくない。それに、怖いことがあって、疲れただろう? お嬢ちゃん、吾輩の館へ、休憩がてらに寄っていくといい。何があったのか、お嬢ちゃんのお話を聞きたいんだ。吾輩の館には、美味しいお菓子もたくさんあるぞ?」
「で、でも、知らない人についていくのは、よくないって……。危ないし……それに、とっても迷惑掛けるかもしれないから……。さっきも、よくないことになって……」
「ふふ、賢い子だ。吾輩の名前はグリードである。この都市で吾輩を知らんものなどおらん。お嬢ちゃんも、名前を聞いた覚えくらいはあるだろう? ほうら、知らない人ではない」
「う、ううん……し、知らないっていうのは、そういうことじゃなくて……。それに、ポメラが心配するから……」
グリードはそれを聞くと、さっとガインの方を振り返った。
「ガイン君よ、今すぐ例の魔導細工師の店に向かい、フィリアちゃんはグリードの館に遊びに来ているので、帰ってくるのは夕刻になると伝えておけ。嘘はいかんぞ、この子との約束だからな」
「え、ええ、ええ!? な、何故ですか!」
ガインが声を荒げる。
「そっ、そもそも! 何のためにここまで来たのですか! グリード様が何をなさりたいのか、さっぱりわかりません! 計画の前の、念のための情報収集だったのでは!? 大事だからとわざわざ直接出向いたのに……なぜそんな、唐突に中止にして……! だ、第一、貴方ともあろう御方を、護衛もつけずに単身で暗黒区に放り出すわけにはいきません!」
「吾輩の言うことが聞けんのか、ガイン君? キミは何も考えず、ただ吾輩に従っていればいい。キミは吾輩の言葉を全く疑わないから、こうして今まで重宝してきたのだ。いつもそう言っているだろうに」
グリードが額に皺を寄せ、不快そうにそう漏らす。
「う……うぐ……ですが……こればかりは……」
「はぁ……吾輩は、キミ如きとは見えているものが違うのだよ、ガイン君。吾輩の判断には、何一つ口出しするな。いいかな? 吾輩は、キミのような凡人の助言や心配など求めていない」
「は……はい。失礼をいたしました……今すぐに、伝えて参ります」
ガインは不安げな様子ではあったものの、グリードの言葉に従い、さっと駆けて行った。
「さぁ、これで問題はないね、お嬢ちゃん」
「でも……」
「わざわざ遣いの者まで送ったというのに、まだ不満かな?」
「それは……その……」
「おっと、威圧するような言い方をして悪かったね、ごめんよ。でもおじさんは、この都市でと~っても偉いおじさんでね。この都市はちょっと複雑な形になっていてね、キミ達の店……このポロロックで上手くやっていくのはとてもとても難しいことなんだけれど、おじさんが少し口利きすれば、何一つ心配はいらなくなる。そうしたら、そのポメラっていう子も、とても喜んでくれるよ。どうかな、ほんの少しの時間、おじさんと遊んでくれるだけでいいんだ。おじさんはね、寂しいからお嬢ちゃんと遊んで欲しいだけなんだ。お嬢ちゃんには嘘は吐かないよ。それとも、どうしてもおじさんのことは嫌いかな?」
「カナタ達に、酷いことしない?」
フィリアは恐々と、グリードの目を見つめながらそう口にした。
「うん、うん、勿論だとも。そんなことはしないよ。誰であろうとも……お嬢ちゃんのお友達であれば、この吾輩に危害を及ぼそうとしない限りは、絶対におじさんから手を出さないと約束しよう」
「……おいしいお菓子、あるの?」
「たくさんあるとも! おじさんは菓子は食べないのだが、客人に向けるためのものや、もらいものがたくさんあってね。それにどれだけ人気で手に入れるのが困難なお菓子でも、吾輩の名前を出せば、すぐにでも直接持って来るともさ。帰るときには、お土産もたっぷり持っていくといい」
「じゃあ、ちょっとだけ……」
「うん、うん、そうするといい」
グリードは薄気味悪い満面の笑顔のまま、フィリアへと嬉しそうにそう答えた。
「さあ、付いてきなさい。少しだけ歩くから、足が疲れたらそう言うといいい。おじさんが背負ってあげよう」
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