第二十話 恐怖神誘拐事件(side:フィリア)
魔導雑貨店、《妖精の羽音》は大忙しであった。
カナタとメル、ロズモンドは女商人イザベラの助言に従い、彼女の紹介を受けて三人で都市ポロロックの有力商人達への顔見せや交渉に向かっていた。
《妖精の羽音》に残ったのはポメラとフィリアのみ。
ポメラが一人で客対応を行うことになっている。
「……お金の計算が合わない。ポメラ、間違えたんでしょうか?」
ポメラはげんなりした表情で、必死に硬貨を数えていた。
「ポメラ、大変そう……。大丈夫?」
フィリアがポメラへと声を掛ける。
「大丈夫ですよ、フィリアちゃん。まあ、ちょっと大変ですけど……イザベラさんの伝手で人手を回してもらえる手筈になっているみたいですからね。そうなったら、ポメラ達もお役御免ですよ」
元々、メルの店の立て直しのために少し協力していただけなのだ。
立て直しは充分過ぎるくらいにできている。
今は急速な発展に対して人手が足りないため、臨時でカナタ達が手を貸しているだけである。
騙されやすいメルがグリード商会でいいようにされないためにもう少し地盤ができるまで補佐を行う……という側面もあったのだが、その役目もグリード商会の重鎮であるイザベラが担ってくれる流れになっている。
イザベラさえ信用できそうならば、カナタも《妖精の羽音》から手を引くつもりのようであった。
そもそものカナタの目的が、ロズモンドの頼みを聞くことで彼女に桃竜郷について来てもらい、《空界の支配者》ことラムエルから《神の見えざる手》の情報を引き出すことなのだ。
「ね、ね、ポメラ! フィリアにも手伝わせて!」
「フィリアちゃんにはちょっとまだ難しいかなと……」
ポメラが苦笑する。
ぷくっとフィリアが頬を膨らませた。
「フィリアも皆の役に立ちたい!」
「ごめんなさいフィリアちゃん、今は忙しくて……。ほら、また後で遊んであげますから、ね? 今は大人しくしていてもらえるのが一番助かるんです」
「むぅ……」
そのとき、また客がポメラの前へと立ったかと思えば、その後ろに一気に二人、三人と並び始める。
「わ、わわ! ちょっと今はお喋りしてる場合じゃなさそうです!」
ポメラは客の相手に専念する。
フィリアは手持無沙汰な心持ちで、頬を膨らましたまま店内をふらふらと歩いていた。
「つまんない……」
そんなフィリアの前に、進路を遮るように二人組の男女が現れた。
「キミがフィリアちゃんね?」
女の方がフィリアに声を掛ける。
「え……? う、うん。フィリアが、フィリアだけど……」
「少し大変なことになっていてね、フィリアちゃんをすぐに呼んで欲しいって頼まれたの。今すぐ私達についてきてもらえるかな?」
「た、大変なこと? カナタに何かあったの?」
二人組はフィリアの言葉を聞いて目配せし合う。
「そう、カナタ君が今、面倒なことに巻き込まれているの。さ、行きましょうか」
女はフィリアの手を掴み、強引に引っ張った。
「でもカナタに何かあったのなら、ポメラにも伝えておかないと……」
フィリアはそう言い、ちらりとポメラへ目を向ける。
ポメラは今、忙しなく客の対応を行っているところだった。
声を掛けられそうな様子ではない。
フィリアは顔を顰める。
「とにかく大急ぎでキミについてきてもらいたいの。ほら、付いて来て! 急いで!」
「う、うん……。フィリアが呼ばれたってことは、錬金術のことなのかな……?」
フィリアは急かされ、訳も分からぬまま、彼らについて《妖精の羽音》の外へと出ることになった。
すぐに華やかなで賑やかな表通りを離れ、段々と人通りの少ない、怪しげな雰囲気の場所へと入り込むことになった。
フィリアは不安げに周囲を見回す。
「あの、カナタは……?」
フィリアの声に二人は応じない。
「ね、カナタは大丈夫なの? ねぇ!」
「煩いガキだ、いいから黙ってついて来い!」
片割れの男が、途端に雰囲気を変えてそう恫喝する。
「う、うん……ごめんなさい、お兄さん」
フィリアはそう口にし、戸惑い気味に頭を下げる。
「見られてなかったわよね? 表で商人のガキ攫うのは、さすがにルール違反って奴よ。大事になったらちょっと厄介だわ」
「問題はない。今回の仕事の依頼者が誰か、忘れたわけじゃねぇだろ?」
フィリアを連れる二人は、声を潜めて話し合う。
「クク、しかしウォンツ様に喧嘩を売った状態で、ガキを野放しにしているとはな。甘い、甘いよなぁ、警戒心がなさ過ぎる。厄介なマナラークのA級冒険者も不在とは、あまりに都合がいい」
彼らは都市ポロロックの暗黒区の犯罪組織……《血濡れの金貨》のメンバーであった。
大商人の依頼を受けて動き、都市の裏側から市場を支配する、暗黒区の犯罪組織の中でも指折りの危険な連中である。
「あの女冒険者……マナラークじゃ、《殲滅のロズモンド》の二つ名で恐れられているらしいわ。奴が乗り込んで来たら、ちょっと面倒な事態になるんじゃない?」
「ハッ、手出しなんざできるものかよ。人質がいるんだぜ?」
女の言葉を、男が鼻で笑う。
「それに、俺らの頭が誰か忘れたわけじゃないだろ? 貴族の暗殺で表の世界にいられなくなった、元A級冒険者……《笑う断頭台マーダス》様がいるんだ。冒険者だった頃は、いずれS級になるとされていた御方だ。ロズモンドなどが来ても、相手にもならんよ」
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