第十九話 女商人との密談
店が忙しいため、メル、ポメラに表を任せ、俺とロズモンドでイザベラより話を聞いていた。
「《妖精の羽音》に対する多額の出資金に、流通ルートの手配、宣伝、特例を用いたグリード商会内の契約見直し提案……話が上手すぎて信用できんな。貴様もウォンツの同類なのであろう? 貴様の立場で、ここまでやる理由が全くわからん」
ロズモンドは用意された書面に目を通しながら、そう口にする。
「利益が見込めてるからよ。現場の即戦力相手に契約で搾り取ろうなんて甘いこと考えてたら、都市ポロロックじゃやっていけないわ。そんな非効率的なことしてたら、ワタクシはグリード商会のナンバーツーにまでなってなくってよ」
「煽てて乗せようとしているようにしか見えんな。メルの奴を外させておいてよかった。奴なら疑いもせず飛びつきそうな話であるからな」
ロズモンドが溜め息を吐く。
……確かにメルであれば、ここまで言われれば大喜びで手放しにイザベラを盲信していただろう。
さすがにウォンツに騙されていた手前疑い深くはなっていたが、メルは褒められるのにとにかく弱いところがある。
ロズモンドはよく彼女を見ている。
「自覚がないのかもしれないけれど、今の貴方達って金塊なのよ? いや、金鉱と言った方が正しいわね。ウォンツとグリード様が睨んでいるからどこも動いていないだけで、そうじゃなかったら身軽な別の商人がとっくに声を掛けてきているでしょうね。でも、真っ先にワタクシと組んでくれるのなら、別に焦る必要もないわ」
イザベラは堂々としている。
「どうしても判断しかねるっていうのなら、先に出資金の一部だけ受け取ってくれても構わないのよ。先にワタクシが唾をつけたっていう事実だけでもあれば、周囲への牽制にもなるし」
「ぬ、ぬぅ……」
イザベラの言葉に、ロズモンドが呻く。
「……ロズモンドさん、慎重には判断するべきだと思いますけど、この人、完全にノーガードで交渉に来てませんか?」
「な、何かきっと、落とし穴があるはずなのだ。こういう話は、一見穴がなくても、後ろ暗い部分を上手く隠して話しているもの……」
ロズモンドが書面へ顔を近づける。
……半ばムキになってきていないか?
いや、ウォンツのことがあったばかりなので、このくらい疑って掛かるべきなのかもしれないが。
「そうである! イザベラ、貴様はグリードがこの件について不快感を示していると言いながら、随分とそこについては軽視しているようであるな? 発端がウォンツのミスであるから、たとえ自分がメルを庇い立てしても責められない……と。そう単純な話だと、我にはとても思えんがな。グリードに目を付けられて、この都市で上手くやっていけるものか! 何か隠し事をしているのではないか?」
「グリード様が怒っていらっしゃるのは、ウォンツがケチな小銭稼ぎをしようとして派手に失敗して、その結果商会内の勢力を引っ掻き回していることよ。その様子があんまり無様だから釘を刺されたに過ぎないわ。それに……」
イザベラはちらりと周囲を窺い、声を潜める。
「……ああ見えてかなりのご高齢だから、グリード様も耄碌していらっしゃるのよ。商会内でのグリード様の力は、実質的には今、ワタクシとほとんど大差ないところまできているわ」
「イザベラ様、その話は……!」
護衛が慌ててイザベラを止めようとするが、彼女は構わず話を続ける。
「ワタクシもグリード様から敵視されないように、水面下で名義を使い分けて根を張ってる。でも、そんなことをしなくても、咎められもしなかったかもしれないわね。グリード様は既に商業にはほとんど興味がないみたい。領主としての責務もあるのでしょうけれど、それだけじゃないわ。グリード商会でやってることと言えば、妙な決まりを作っては一部を不必要に締め上げたり、夢破れた商人の話を集めて悦に浸っているくらいよ」
「そ、そんな状態だったんですね……」
大商公グリードといえば、都市を立て直して領主の座を得た伝説の大商人である。
今でもさぞ猛威を奮っているのだろうと思っていたが、どうやら実態はそうではないらしい。
「暗黒区との癒着にばかり力を注いでる。そこで治安の悪さを隠れ蓑に、黒魔術の研究にご熱心みたい。資金も全盛期の内の何割なのかわかったものじゃないわ。八十歳を超えているはずなのに若く見えるのも、黒魔術で何かやってるんじゃないかって、グリード商会上層部の間じゃ噂になってるわ」
そこまで妙な事態になっていたのか……。
グリード商会を実質的に支配しているイザベラとしては、老いて衰えたグリードの発言に振り回されるつもりもない、という考えらしい。
しかし、イザベラの言っていることが本当なら、とんとん拍子過ぎて怖いくらいだ。
これから急伸していくイザベラ派閥に乗っかる形になる。
まずウォンツもグリードも怖くない。
「ご結婚もされていないから跡継ぎもいないのよ。彼が死んだら、彼の遺産や利権もそうだけれど、築き上げた負の産物がどうなることか。確かに影響力が途轍もなく大きいことは間違いないけれど、馬鹿正直にグリード様の顔色だけを窺っているウォンツも哀れなものね」
「黒魔術に傾倒して、身を滅ぼし掛かっている……」
一代で限りない成功を重ね続けてきたグリードが、何故そのようなことになったのか。
或いは、それほどまでに極端な人物だったからこそ、ここまでの成功を重ねることができていたのか。
「最近、王国騎士が都市ポロロックを嗅ぎ回っているのよ。ワタクシも調査に協力したから詳しいのだけれど、近い内にグリード様を捕らえるつもりみたいね。王家から任された領地で犯罪組織を育てて、違法な実験を繰り返してるんですもの。だから、本当に、グリード様については心配する必要がないのよ」
「こ、この都市……今、そんな怪しい状態にあったんですね……知りませんでした」
「ここまでオープンに話したのは、一切隠し事は無しでいくって決めていたからよ。今日すぐとは言わないけれど、またメルちゃんと話し合って、早めにいい返事をもらえることを期待しているわ」
イザベラの言葉からは、一切含みを感じなかった。
椅子から腰を上げ、護衛と共に《妖精の羽音》を後にしていった。
「ロズモンドさん、イザベラさんの言葉は信じてもいいのでは?」
二人の背を眺めながら、俺はロズモンドへとそう提案する。
「一応日を挟んで考えたいが、我も正直そう思っておる……」
ロズモンドも頷いた。
「ただ……きな臭ないな。グリードが怪しげな魔術に傾倒していて、近い内に騎士団がそれを摘発する……というのが。グリードがいくら衰えているとはいえ、一代でポロロックを大都市へ導いた怪物であるぞ。大人しく王国騎士団に捕まるようなタマだとも思えな。妙な事件が起きなければよいのだが……」
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