第七話 商品開発

「えっ! カナタさん、異世界転移者なんですか!」


 メルが俺の両肩をがっちりと押さえる。


「え、ええ、はい……」


「異世界のアイテムの情報持ってるんですか!?」


 顔が滅茶苦茶近い。

 少し唾が飛んできた。


「一応……」


「ウチをあのゲロカス詐欺師のゴミウォンツから助けてくれるんですかぁ!?」


「やっぱり詐欺だってわかってたじゃないですか! 認めたくないだけで!」


 ウォンツのあまりに陰湿で周到な手口を前に、現実を直視できないでいたのだろう。

 微かにしろ光が見えたため、ようやく現実に目を向ける気になれたのかもしれない。


「ありがとうございます! ありがとうございますぅ! カナタさん! いや、カナタ様! このままじゃウチ、奴隷として使い潰された挙句、髪の毛から歯、足の爪先まで売り飛ばされちゃうんですよぉ!」


「様は止めてください!」


 ポメラがメルの背中を押さえ、俺から引き剥がしてくれた。


「お、落ち着ていくださいメルさん! カナタさん、困ってますから!」


「でも、でもウチ、このままじゃ本当に殺されちゃいかねないんですよぉ……」


 鼻水と涙で顔がぐしゃぐしゃになっている。


「なぁ、どうにかならんか、カナタ? メルは魔導細工師としては本当に天才なのだ。少しアイディアを出してくれるだけでいいのだ、少し。助けてもらった手前、実情を知った上でこのまま放置する気にはなれん」


 この人、どれだけ面倒見がいいんだ。

 ラムエルの騙し討ちを知って真っ先に安否に安堵していたのも、案外本心だったのかもしれない。

 普通だったらまず先に怒りが来るだろう。


「……う~ん、お金に換えたいけど換えられないでいたアイテムが複数あるんで、そっちを店に並べてもいいですよ」


 人目を引くのには丁度いいかもしれない。

 やり過ぎれば厄介なことになりそうなので、せいぜい出せるのはA級以下のアイテムであるが。


「個人の冒険者の持っているものなど、たかが知れているであろう。それにここは、魔導雑貨店である。やはり商品で勝負せねば、顧客になってもらうことはできんであろう。現状、他所の方がずっと品揃えが良くて、価格も安く抑えられているのだから」


「まあ、そうですよね……」


「それより異世界のアイテムで、何かよさげなものはないのか? 我はそれに期待しておるのだが……」


「ウチも、ウチもそれに期待してます! お願いですう! 命さえ助かるなら、奴隷にでもなりますし、内臓でも何でも売りますから!」


 メルが俺の服を掴んでくる。

 あまりに必死過ぎる。

 相当追い詰められているのだろう。


「わ、わかりました! わかりました! 頑張って考えてみますから!」


 俺だってできることなら何とかしてあげたいとは思う。

 それにロズモンドからの頼みでもある。

 知識を貸すくらいで解決するならば、いくらでも貸す。


 ただ、過去にも知識を貸した異世界転移者なんて珍しくなかったはずだ。

 そもそも俺は技術も専門知識も持っていない。

 

 俺、メル、ロズモンド、ポメラ、フィリアの五人で机を囲んで、真剣に《妖精の羽音》の商品開発を始めることになった。

 まず俺はこの世界に何があって何がないのか、魔導細工師にどこまでできるのかさえ知らないのだ。


「何かあるかと思ったんですが、想像以上に何もありませんね……」


 会議が始まって十分、俺は頭を抱えていた。

 一通りメルから魔導細工のできる範囲を聞かされ、一応アイディアとして持っておきたいのでなんでも気楽に話してほしいとも言われた。

 ただ、驚く程に何も出てこない。


「はいはい! フィリアね、フィリアね! クマさんの形のコップが欲しいの!」


 フィリアが手を上げる。

 メルがフィリアをひょいと抱き上げで自分の席につき、彼女の頭を撫でる。


「よ~し、よ~し、フィリアちゃんは可愛いですねえ。ウチ、頑張ってクマさんのコップ作りますからねぇ~」


 メルがフィリアに頬ずりしている。

 凄い、この人。

 自分が切り目の入ったロープでバンジージャンプしている状況だと再確認したばかりなのに、どうしてこんなに気楽に構えていられるんだ。

 ロズモンドがそうだと言っていたが、やはりメルは天才なのかもしれない。


「じゃあ早速意見書いちゃいますねえ。皆さんも、なんでもじゃんじゃん言っていただければ」


 メルはそう言って、羽ペンにインクを付けて、そこに文字を書いていった。


「そういえば、プラスチックはいいかもしれません」


 この世界では見たことがない。

 既存製品をそのままプラスチックに置き換えるだけで、低コストの商品がいくらでも造れることだろう。


「プラスチック……? なんですか、それは?」


「安価で扱いやすい素材ですよ。主に石油から造られるんです」


「おおっ! 凄そうです! それでそれで、どうやったら造れるんですか!」


 メルが目を輝かせて俺を見る。


「そ、それはちょっと……。別に、そういう知識はなかったので」


「ああ、はい……。仕方ないですよねぇ、ええ、はい……」


 メルががっかりしたように肩を落とす。


 俺も錬金術はそれなりにルナエールから学んできたが、石油から合成樹脂を生成する類の方法はこの世界には全くなかった。

 俺の知っている範囲のヒントを出せばルナエールにはもしかしたらできるかもしれないが、俺ではちょっとどうにもなりそうにない。


「安価で扱いやすい金属くらいならどうにかなりそうな気もしますが……」


 使用用途ごとに分けてそんな金属の簡単な錬金方法を見つけ出すとすれば、莫大な時間が掛かるだろう。

 それに大してインパクトがあるとも思えないので、費用対効果があまりいいとは思えない。


「お願いしますよぉ、カナタ先生! 経費を差し引いた純利益の九割は、先生に流しますからぁ!」


 メルが俺の手を取ってぺこぺこと頭を下げる。


「先生は止めてください……。利益も、そんな話されても困ります」


 俺はひとまずメルから羽ペンを受け取って、紙へと思いつく限りのことを書いていった。


 自転車からトランプのような簡単に用意できそうな玩具の類、シャンプー、缶詰やら霧吹き。

 ひとまず書いていけば何か一つくらいは使えるものがあるだろうと思っていたのだが、正直こちらの世界にもありそうなものか、再現できそうにないものばかりになってしまった。


「おおっ! なんかっ! なんか使えそうなのがいっぱいあるじゃないですかぁ!」


 メルが声を弾ませて言うが、正直俺としてはあまりピンと来ていない。


 字が掠れたので、俺は羽ペンへとインクを付け直した。

 付ける量を間違えてしまい、文字に大きなインク溜まりができた。


「……使い難いですね。もっといいものないんですか?」


「いいもの? 何のことですかぁ?」


 俺は少し考えてから、フェルトペン、サインペン、ボールペンを書き足しておいた。


 一番これがいいかもしれない。

 というより、羽ペンとインクが面倒なので切実に造って欲しい。

 第一号は俺が買い取ることにしよう。

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