第八話 不愉快な訪問者

「なるほど……鉛筆は既に存在するんですね」


「ええ、ただ芯の素材になる黒鉛があんまり手に入らないとかで結構貴重なので、カナタさんが言ってるほどは流通していない印象ですかねぇ? 高いんで、ウチもわざわざ持ってません」


 俺の言葉にメルが首を捻る。


「ほら、造るために結構纏まった大きさの鉱石が必要になるんで。割れた時点で使えなくなっちゃうんですよぉ」


「なるほど……素材の方を別のものから錬金するか、欠片を合わせて纏まった形に錬金できれば、安価で出せる可能性はありますね。因みに鉛筆を消せるものって、何か出回ってたりしますか?」


「うーん……ウチは鉛筆なんて、ほとんど使ったことないんで。ああ、パンで消すってなんか、聞いたことありますねぇ」


「なるほど、消しゴム出してもあんまりありがたみがなさそうですね」


 俺は紙に書いていた候補を一つ、斜線を引いて消した。

 候補の中にはモーターや蓄音機なんかもあったのだが、どちらもゼロから造れる自信がなかったため既に消去済みである。


 俺とメルが話し込んでいる間に、ついて来られなくなったフィリアが、机に突っ伏して気持ちよさそうに眠っていた。


「うう……ごめんなさい、ポメラにはその、聞きなれないものばかりで……」


 ポメラも必死に理解しようとはしているらしいが、顔にクエスチョンマークが浮かんでいる。


「ふむ、なるほどな」


 ロズモンドは仏頂面でたまに気持ちの入っていない相槌を打ってくれるが、多分話を理解してはいない。

 俺を巻き込んだ立場上、無責任に投げるわけにもいかないと思っているのだろう。

 素直にわからないと言えないところは、彼女の高いプライドのためか。


 ただ、これに関してはポメラ達に非があるわけではない。

 俺の話す異世界の文化を聞いて、この世界の文化と近いものと繋げる、幅広い知識と柔軟性が必要だ。


 ロズモンドはメルが魔導細工師としては天才だと口にしていたが、確かにそれは本当かもしれない。

 俺が逆の立場だったら、俺の言っていることはきっとほとんど何もわからない。

 四人の中で、そもそもロークロアの世界における鉛筆を知っていたのはメルだけだった。

 

「開発もそうですけど、メルさんがもう少し錬金術を勉強したら一気にできることが増えそうですね」


 メルと話していて気が付いたことだが、俺から見て、ロークロアでは最初の発想よりも、既存技術を有効に活かすブラッシュアップが足りていないことが多い。

 俺が日本で手にしていたものは、何十年、何百年と掛けてより便利な形へと作り替えられてきたものなのだろうから、当たり前の話ではあるが。


 たとえば鉛筆にしても、恐らく日本では既存の黒鉛から削り出すような真似は決してしていなかったはずだ。

 ブラッシュアップの答えの方向さえ知っていれば、技術そのものは俺にとってブラックボックスでも、ある程度は錬金術で代用が利きそうな気もする。


「ううん……でも、今から錬金術を学んで技を増やしても、間に合わない気がするんですよぉ。一朝一夕で身につくものでもないわけでぇ……」


「少し教えましょうか? 俺もちょっと実験してみて、もし錬金術一つで大幅にコストを下げられるようなものが見つかったら、それだけでもどうにか伝授するという手もありますし」


 それに最悪の場合でも、錬金術と魔導細工の両方ができる優秀な人材を危険な仕事で使い潰すような真似はしないだろうと思いたい。


「ありがとうございます、カナタ神さん……!」


「カナタ神さんもやめてください……」


「もしウチがどうにか生き延びたら、ポロロックの中心にカナタさんの大きな純魔銀ミスリルの像を建てますね……!」


「絶対にやめてください」


 地価の高いこの都市で、なんてことをするつもりなんだ。


 そのとき、ポメラが真剣な表情でメルの肩を掴んだ。


「……メルさん、カナタさんに魔法を教わるときは、寿命を半分捨てる覚悟を以て教わってください。薬漬けになりますよ」


「どしたんですかぁ、ポメラさん? そりゃもう、勿論、人様のお時間をいただいてご厚意で教えてもらうわけですから! ウチは命懸けでやりますよぉ!」


 メルはぐっと握り拳を作り、そう断言した。


「メ、メルさんがそう言うなら、ポメラはこれ以上は止めませんけど」


「それにぃ、ウチはこのままじゃ、寿命半分どころか人生全部持ってかれちゃうんですよぉ! 暗黒区の噂話なんですけど、借金塗れになった人間を閉じ込めて、死ぬまで働かせる地下労働所があるって話なんです! すっごい汚いところで、その辺にガリガリに痩せ衰えた死体が打ち捨てられるって! ウチそんなの絶対嫌ですぅ……! 普通に働いて、普通に結婚して、普通に死にたいですぅ!」


 メルはおいおいと泣きながらポメラに抱き着く。


「ちょ、ちょっとメルさん、落ち着いてください、ほら」


「でも不相応に、ちょっと都会でお洒落な店を構えて、カリスマ天才魔導細工師とか持て囃されたいって思っちゃったんですぅ! そんなに駄目なことだったんですかね?」


 ポメラが必死にメルの背を摩っていた。


「でも、今でもまだちょっと、ここまで散々騙されて追い込まれても、諦めきれずに夢見ちゃってるんですぅ……!」


 気持ちの浮き沈みが激しい……賑やかな人だ。

 メルの場合、追い込まれている不安によるパニックのせいもありそうだが。


「……とにかく、フェルトペン、缶詰と缶切りを中心に考えてみましょう。この辺りでしたら、俺の記憶とメルさんの技術を合わせて、どうにかなるかもしれません」


 サインペンとボールペンは、仕組みの複雑さと俺の知識不足から、現実的ではないという考えに達した。

 トランプやチェスなどの遊戯の類は、既に似たものが存在しているらしい。


 ハンドスピナーも提案したが、ロズモンドから却下されてしまった。

 メルはアリかもしれないと言ってくれたが、俺も正直厳しいかもしれないと思っている。

 恐らくハンドスピナーを流行らせるには、時の運と大元の発信力が必要になる。

 今造るべきものでは絶対にない。


 缶詰は中身に入れるものはないが、こちらの世界で技術を確立させられれば、他所の店が興味を持ってくれるかもしれない。

 何なら外で買ったものを詰めて保存食を作ればいい。

 ……ただ、実用性のアピールに時間が掛かりそうだが。


「いえ、ボールペンと自転車で行きましょう! ウチならやってみせます!」


「……どうでしょう、難しいんじゃないですかね」


「お願いします……ウチにやらせてください! あのゲロカス詐欺師のゴミウォンツに勝つには、インパクトが必要なんです! 実際使って便利かどうかじゃなくて、まずガツンと関心を引けるフックが!」


 それはわかるのだが、なかなか難しそうな話だ。


「でも、カナタさん達のお陰で、どうにか希望が見えてきましたよぉ! 絶対これなら勝てるはずです! ウチの中、インスピレーションでいっぱいですもん! 脳味噌が、今すっごい蠢いています! 今のウチは無敵です! 一緒に大富豪になって、ポロロックを牛耳りましょう!」


 別にそんな野望は俺にはないのだが……。


 そのとき、玄関口から鈴の音が聞こえてきた。

 扉に鈴が設置されており、開閉時に音が鳴るようになっているのだ。


「おっ、お客さんです! ちょっと待っててください、様子を見てきます!」


 メルが嬉しそうに立ち上がり、大慌てで店の方へと走っていった。

 その後、勢いよく扉を閉める音が聞こえてきた。

 明らかに力が強すぎる。


「な、何か不穏でないか? 我が様子を見てくる」


 ロズモンドと共に、俺も席を立って様子を見に行くことにした。


「どうも、お久し振りだね、メルちゃん。店の調子はどうかな?」


 目付きの悪い、痩せた男だった。

 身なりは整っており、綺麗な礼服に身を包んでいる。


 彼の背後にはガタイのがっしりした、顎髭の濃い男が立っていた。

 腰には剣を差している。

 どうやらボディガードらしい。


「お、お、お、お、お久し振りですぅ、ウォンツさん!」


 メルは引き攣った表情で、何度も何度もぺこぺこと頭を下げていた。


 あれがどうにも、ゲロカス詐欺師のゴミウォンツらしい。

 もっともメルの口振りに、さっきまでの勇ましい雰囲気は残っていなかったが。

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