第六話 ポロロックの罠

「我もしばらくこの《妖精の羽音》を拠点に情報収集をして、メルの愚痴を聞いていく内に、ようやくわかったことである。この都市は、一つの巨大な鼠捕りバサミのようなものなのだ」


「な、何があるんですか?」


「メルは、ポロロックの商人から店を出す話を持ち掛けられたと、そう言っておったであろう? そこから罠だったのである。こやつはポロロックの一等地が空いていると甘い言葉に騙され、地方で蓄えた財産を引っさげて飛んできたのだ」


 ロズモンドが呆れたように話す。


「だ、だから、ウォンツさんはウチの才能を見込んでくれたんですよぉ! 初期費用だって、半分も出してくれたんです! 半分も!」


 メルが必死に弁解する。

 ウォンツ、というのがどうやらメルに声を掛けた商人らしい。


「見返してみれば、土地も建物も、全て法外な値段であったのだろう? 貴様もそう愚痴を零しておったではないか」


「で、でも、ポロロックの一等地ですしぃ……」


 ロズモンドは俺の方へと振り返った。


「要するにウォンツは、最初から物件や土地の業者と繋がっておったのだ。元から値段を吊り上げておいて、絶対に成功する、今なら場所が空いている、今なら自分も投資すると言って冷静な判断力を奪い、法外な契約を吹っ掛ける、ポロロックの詐欺師であったのだ」


 こ、このロークロアにも、その手の詐欺があったのか。

 商業都市ポロロックを甘く見ていた。

 かなり闇の深い都市なのかもしれない。


「ついでにこの都市では、グリード商会が流通のほぼ全てを取り仕切っておる。グリード商会に登録せねば、ロクに商売できん状態になっておって、当然メルも登録したそうだ。ただ、このグリード商会であるが、ゼロから登録するためには、多額の金を預けておかねばならんようになっておる。商会の信用を毀損するような行為に出られた際には、賠償金としてその金額の一部を没収するという名目でな。これは二年間店を継続すれば返してもらえることにはなっておるそうだが……」


「……変わった契約形態ですけど、それって」


「ややこしいところを省いて簡単に言えばだな、仮にこの契約で出した店が二年以内に畳めば、商会の名前を利用して雑な商売を働いたとして、預けた金を全て没収されるのだ。つまり、二年以内に廃業させれば預けた金銭を全て巻き上げられる仕組みになっておる」


 俺は顔を手で覆った。


「もう一つ言えば、グリード商会への預金でメルには初期投資の金が足りなくなっておる。ありがたいことにグリード商会は、そんな商人のために金貸しまで行ってくれるのだ。複雑な金利形態で誤魔化そうとはしておったが、だいたいマナラークで条例規定されておる金利の五倍近い驚きの額でな」


 ……どうやら金を担保に取った上で、高金利で金を貸しつけて雁字搦めにしているらしい。

 話を聞く限り、ウォンツは物件から土地の売買に顔の利く大物である。

 当然商会の中でも重鎮なのだろう。

 色んな所と結託して、効率的にカモから金を毟り取ることのできるシステムを構築しているのだ。


「どうしたカナタ、顔色が悪いぞ? まだまだあるが」


「もう聞きたくないです……全てわかりました」


 聞いているだけで頭が痛くなってきた。

 さっさとこの都市からは離れた方がいいかもしれない。

 華やかな街並みを、実情を知ってから歩くと気が滅入りそうだ。


「やですねぇ、ウフフ、ロズモンドさんったら。カナタさん、この人、ウチを脅かそうとしてちょっと露悪的に歪めて言ってるだけなんですよぉ」


 メルはそう言って笑うが、顔中冷や汗だらけになっていた。

 現実を見てくれと言いたいが、見たところでどうにもならないところまで来ようとしている気がする。


 ポメラはともかく、普段何があっても笑顔を浮かべているフィリアさえ、引き攣った表情をしている。

 小難しい話ではあったが、とんでもないことになっているらしいということだけはよくわかったそうだ。


「優しいウォンツは、なんとメルが破綻したときのために暗黒区での働き口も手配をしているそうである。地方の家族に迷惑が掛からんようにとな」


「もう聞きたくないんで止めてください……」


 俺は思わずロズモンドに頭を下げた。

 暗黒区はさっきもロズモンドから聞いた。

 貧富の格差によって生まれた、無法地帯のスラムである。


「あれ? でも……この店が奮っていないこととは、あまり関係ないんじゃ……?」


「うむ、そこである。ウォンツの詐欺は、初期投資に金を掛けさせた後、捨て値で土地や物件をさっさと吐き出させる必要がある。特に二年以上居座られては、預けた資金を返却することになる」


「つまり……?」


「グリード商会には元々、一部の上澄みが利益を独占するために、新規を締め付ける規定がいくつもあるのだ。つまり似た系列の店舗とぶつかれば、絶対に新規店では既存の店に勝てんのだ。元々、知名度と規模の差もあるがな。どうにもウォンツは、初期の動きが意外と好調であった《妖精の羽音》の様子を見て、周囲の店に『この方針の魔導雑貨が儲かる』と吹き込んだらしい」


「ああ、はい……だいたいわかりましたので、もう結構です。聞いてると気が滅入るので」


 まだまだ話したそうにしていたロズモンドの話を俺は中断させた。


「ちょっとタイミングが悪かったですね!」


 すかさずメルがそう口を挟む。


「ポジティブだけではどうにもならないところまで来てますよ!?」


 現実を見なければ、このまま梯子を外されて転落死するだけである。


「わかるか、カナタ? ウォンツの詐欺には隙があるのだ。好条件を餌に初期投資でふんだくって、とっとと追い出すのが奴のやり口である。仮に不利を覆して商売を安定さえさせれば、初期投資分を取り返した上で一等地を陣取り、奴の鼻を明かせるというわけだ。そしてこの先、もしもこの都市で成功して地位を築くことができれば、いずれウォンツの詐欺を告発して正式に商会から叩き出す機会も生まれよう。それこそ夢物語のようだが、我はメルにはそれだけの才能は実際あると考えておる」


 ロズモンドは俺へとそう熱弁する。


「やですねぇ、ロズモンドさん。へへへ、ウチは確かに天才ですけどぉ、褒めたって何も出ませんよ」


 メルが顔を赤くして頬を掻く。


「どう考えても照れてる場合じゃありませんよメルさん……」


「この実態を放っておくのは胸クソ悪いと思わんか? そこでカナタ、貴様に頼み事があるのだ。我が桃竜郷へ行く代わりに、メルの商品開発を手伝ってやってくれんか?」


「商品開発……?」


「貴様、異世界転移者なのであろう? であれば……何かこう、別世界の売れそうなアイテムの、一つや二つは知っておるのではないか?」


 なるほど……そこで異世界転移者の話が繋がってくるのか。

 メル本人の前で散々嫌な話を聞かせてくると思ったら、俺を説得するためのものだったらしい。

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