第五話 《妖精の羽音》

 魔導雑貨店妖精の羽音の奥にて、俺達はロズモンドとの話し合いを続けていた。


「あの……ロズモンドさん、ラムエルと会うために桃竜郷まで来てくれたりしませんかね?」


「なに?」


 俺の提案に対し、ロズモンドが露骨に表情を顰める。


「いえ、実はラムエルが、ロズモンドさんを面会に寄越してくれるのなら、《神の見えざる手》の一人……ノブナガについて教えてくれると言っているんです」


「ふざけるでないわ! 奴はどれだけこの我を馬鹿にしておるのだ!」


「ごもっともです……」


 さすがに駄目だった。

 当然の反応である。ロズモンド視点、一切ラムエルに会いに行く意味がない。


「結構困ってるんですよ。ラムエルが言うには、他の面子は彼女よりもずっとレベルが高いらしくて」


 何せ世界を裏から牛耳っている連中だ。

 ラムエル以上のレベルを持つ人間がごろごろいるとなれば、さすがに俺より高いレベルを持つ相手が出てきてもおかしくない。

 それに連中は、レベル以上に厄介な武器を有している可能性が高い。

 ラムエルも、竜穴を用いて俺を倒そうと考えていた。


「お願いします。現状、ロズモンドさんの力を借りるしかないんです」


「チッ、諄いわ。元々、貴様らの事情だろうに。我には関係ないわい」


 ロズモンドは舌打ちをして目を細め、机の上に気だるげに肘を突いた。


 この様子だとロズモンドの手は借りられそうにない。

 ラムエルからノブナガの情報を引き出すのは、リムドに頼った方がよさそうだ。


「まぁ、乗り掛かった船である。どうしてもと言うなら言ってやらんでもないが、引き出せるかどうかは知ったことではないぞ。我を厄介事に巻き込んだら承知せんからな」


 や、優しい……!


「え、ええ、協力していただければ、それだけで本当にありがたいです! それにラムエルも、ロズモンドさんに害意はなかったみたいですよ! 騙して都市に残したことにも罪悪感を覚えていたようでしたし、そのことを謝りたい気持ちもあるのではないかなと……」


「ラムエルが? 罪悪感?」


 ロズモンドが怪訝な表情で俺へと問う。

 俺は必死に記憶を遡り、ラムエルの言葉を思い返す。


『はいはい、あの弱っちい冒険者なら、都市ポロロックで適当に振り切ってきたよ』


 駄目だ、どこを切り取っても悪びれた様子を一切感じない。

 罪悪感とかとはやっぱり無縁だったかもしれない。


「……すいません、協力してほしくて、ちょっと大袈裟に言いました」


「やっぱり行くの、やめていいか?」


「お、お願いします、本当に! 謝礼でしたら、きっと満足してもらえる額を用意してみせますから! 時間さえ少しいただければ、何億ゴールドでも、何十億ゴールドでも……!」


「そんな怖い額もらえるか! 貴様ら、金銭感覚が麻痺しておるぞ!」


 ロズモンドが強く机を叩いた。

 その後、ふと思い出したように自身の顎へと手を当てる。


「いや……待てよ、金か……ふむ。貴様、そういえば異世界転移者の一人というのは本当か?」


「あれ、どこからその話を聞いたんですか?」


 あまり能動的にはその話はしてこなかった。

 ロズモンドが知っているというのは意外だった。


「《軍神の手アレスハンド》が異世界転移者なのは有名な話であるからな。貴様らは名前も容姿も似ておったし、『漫画』を出す際には貴様が形式を整える協力をしたことも知っておる」


 そうか、そこからだったのか。

 ……もっとも、漫画を出す際に俺が協力したのは、コトネ本人の望むところではなかった。


 ただ、俺がやったのはせいぜい基本的な用語をガネットに教えたくらいで、後はページ数の調整、ルビや簡単な修正メモ書きの解釈への口出し程度であり、どの道俺がいなくても刊行されていただろうが。

 

「それは認めますけど……それが、何になるんですか?」


「よかったですねぇー、ロズモンドさん。ラムエルって子は見つからなかったみたいですけど、解決はしたんですよね?」


 店の表の方から、目立つ赤いミニハットを被った、片眼鏡の女の人がこちらを覗いて声を掛けてきた。

 彼女は魔導雑貨店妖精の羽音の店主、メルである。


 元々地方の魔導細工師であったが、都市ポロロックの商人の目に留まり、ポロロックで店を構えて商売をするべきだと勧誘を受けてここへとやって来たらしい。


 魔導細工師とは、錬金術師の親戚のようなものである。

 錬金術師が物質そのものの変化に比重を置いているのに対して、魔導細工師は物質の変形・形成に比重を置いているのだ。

 境界線は曖昧で複雑であるし、錬金術師も魔導細工師の技術がある程度必要になるし、魔導細工師も錬金術師の技術がある程度必要になる。


 要するに土塊から金属を造り出すのが錬金術師で、その金属から螺子を造り出すのが魔導細工師である。

 魔導細工師は錬金術への理解や幅よりも、発想力と病的なまでの魔法精度が求められる。


「全く、くだらん顛末であったがな。チッ、貴様にも手伝わせて悪かったな、メル」


「いえいえーウチなんか、なーんにもできませんでしたし」


 メルがけらけらと笑いながら手を振る。


「すいませんメルさん。営業中なのに、長らく話し込んでしまいました。表にも声……結構響いてましたよね?」


 ロズモンドが結構な大声で叫んでいたし、椅子も倒していた。

 何人か客が逃げたのではなかろうか。


「……ああ、いやいや、その、ウチの店……普段、全くお客さん入んないんで……」


 メルが気まずげにポリポリと頭を掻く。


 ただ、店の外装や商品に力を入れているのはわかるし、このポロロックの中でそれなりにいい位置を取っているように思う。

 恐らくただの謙遜だ。

 今日客が来ていないとすれば、俺達が話し込んでいた声が漏れたせいだろう。


「これ以上迷惑は掛けられませんよ。ちょっと別の喫茶店にでも移動して……」


「安心しろカナタ、本当にこやつの店は人が入らんのだ」


「ちょっとロズモンドさん、そんな言い方は」


「ラムエル捜しも手伝ってもらっていたが、店だと聞いて期待していたが、思いの外何も進展が得られんかった。そもそも人間が入ってこんから情報が集まらんのだ」


 気まずげな空気が部屋内に漂った。

 仮にそうだとしても、そこまで包み隠さず話さなくてもよかろうに。


「手伝ってもらっていたんですよね? そんな言い方しなくたっていいじゃないですか! ポメラ、ロズモンドさんのこと、少し見損ないました!」


 ポメラがロズモンドを睨んでそう言った。

 ロズモンドが何か言い返すかと思ったが、彼女は小さく溜め息を吐くと、机の上の水をゆっくりと飲み、それから重々しく口を開いた。


「……詐欺であったのだ。田舎の世間知らずで夢見がちな小金持ちを誑かすためのな」


 ポメラが閉口した。


「や、やですねぇ、ロズモンドさんったら、ウフフ! だからずっと言ってるじゃないですか、今はちょっと、色んなことが裏目に出てるだけなんですよぉ! 勝負はこっからです、こっから!」


 メルが声を張り上げ、ぐっと握り拳を構えた。

 だが、その様子は俺にはカラ元気にしか見えなかった。


「で、でも詐欺って、実際に店は出せてますし……」


「それがポロロックという巨大な魔物の恐ろしいところなのだ」

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